うつ、うつ病

 黒い私

 

 

 私の中に、

 

 黒い私が確実にいる。 息づいている。

 

 無慈悲。 無関心。 無気力。 無感動。

 

 それはそれはひどいもんだ。

 

 無表情。 暗冷。 蒼白。 澄み渡るぐらいに醒めている。

 

 どうでもよくなってしまう心。

 

 怠惰このうえなし。 放置。 不潔。 不浄。

 

 貪り食う心。 執着。 隠れた強欲。 強すぎる自我。

 

 成功願望の奥に潜む、巧みな功名心。

 

 自己に 利 しようとする心。

 

 確かにいる。

 

 

 ゆえに孤独。 不安。 臆病。 神経症。

 

 真の豊かさ、安心感は何処。

 

 貝が分かれると書いて貧、木が囲まれてしまっている様が困だな、などと考えている。

 

 そして何より、

 

 この、どこまでも続くかのような自己否定。

 

 うん。 確かにいる。

 

 今日、私はこれを告白させてもらいました。 

 

 

 深層意識を制御したり、長年の間に身に付けてしまった癖を変えていくのはなかなか難しいと思う。 ほとんど無理かもしれない。

 

 

 最近、この黒い私とでも呼ぼうものが、私を覆っています。

 

 以前にも増して。 はっきりとコントラストを携えて。

 

 からだの症状としても表れてしまうから、困ったもんだ。

 

 太陽と向き合っている時、農場で働いている時、私はこれらから解放されています。

 

 私にとって、そんな時期なのかなあ。 クリーニングの最終段階だろうか。 また、今はそんな時代の空気でもあるのかな、やはりなにか変容が起こっているのかな、などと思ったりもする。

 

 とにかく困ったもんだ。

 

 

 でも、

 

 その、どれを表に出すか出さないか、

 

 その選択権が私にはあるんだったなあ!

 

 自由意志、という領域が私には許されているのだったなあ!

 

 一歩直前で踏みとどまる事のできる 自由 が私には許されているのだったなあ!

 

 見直し総点検の時期が私に許されていると思えば、とても有難いな、などと、今更ながらに気付いたりもして。

 

 

 なんとかなるか。

 

 なんとかなるさ。

 

 なんとかするさ。

 

 それが大人だもの。

 

 

 

 感謝、感謝。

 

 感謝だったよなあ!

 

 なんてやりとりを最近はしたりしてます。

 

 

 

 

 

 

 ありのままに。 あるがままに。

 

 

 今、ここに感謝をsun

 ごめんなさいね。 ありがとうございました。

 

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 本当にお久しぶりです!

 

 

 こんばんは。 お元気ですか? 本当にお久しぶりです!

 

 前回の更新から、はや3ヶ月余り。 季節も夏から秋、そして気が付けば、もう朝晩が冷え込む季節となりました。 ほんとに月日の経つのはますます早く、決してひとつところに留まっていてはくれませんね。 タイムウェーブ・ゼロ理論というのがありますが、まさに、そういった方向に進んでいるのではないでしょうか。 これは地球規模の出来事のような気がします。 近い将来、人類にとっての時間の概念が、今のものとはまったく違うものになっているのかもしれません。

 

 しばらく更新が途絶えてしまった間にも、コメント、メール等にて心配して下さった方々、たびたびチェックして下さっていた方々へ、本当にありがとう! おかげさまで、こうしてここに新しい記事をお届けできました!

 

 実はあれから色々あったのです。 あれから私は、安定した生活の基盤を失う事態となったのです。

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 17年在籍し勤め上げてきた会社を8月31日付けで退職致しました。

 

 下記のメッセージは会社のみんなに送ったものです。 実名でいきます。 本意であり、隠すような内容ではないと思うからです。

 

  志村運送の皆様へ  みなさんお疲れ様です。

 日々の安全運転、本当にご苦労様です。  このような書面にて、皆さんとの別れの挨拶とさせて頂く無礼をお許し下さい。

 私事、この度、一身上の都合により、2009年8月31日付をもちまして、17年在籍させて頂きました、この志村運送を円満退職させていただく事と相成りました。 在籍中は、愚直で捉えどころの無い性格、世間知らず、かつ傲慢、さらに若い時分は生意気盛りで、諸先輩方、同輩、あるいは後輩においてまで、多大な迷惑をお掛けしたものと記憶しております。 反省するばかりです。 しかしながら、その折々において、大きな心で堪忍頂き、あるいは叱咤激励、そして影で黙して支えて頂いた数々の皆様の心遣いのおかげでこうしてつらくも楽しかった17年を過ごせてきた事に、今、ただただ感謝の言葉を申し上げたいと思います。 私がここまで生きてこられたのはまさに、この志村運送というこの会社と皆さんがいてくれたからです。 重ねて感謝を申し上げます。 ありがとう。

 これから私は、己の障害を受け入れながら、ゼロから人生の再出発の歩みを、じっくりと吟味しながら進めていく所存です。 どんな苦しい状況にあっても、自力の歩みをあきらめず、心を開き、手を差し出し続ける勇気があれば、支えてくれる人はどこかに必ずいる。 理解してくれる人がいる。 今、私はこうして何も出来ない人になってみて、そんなことを周囲の人々の中で学んでいます。 感じています。 この新たな歩み、そしてあらたな夢は、あらたな社会復帰への道を示してくれるものと確信しております。  いつの日か、別の形で、今度は、少しは皆様のお役に立てるような人間になって、喜んでもらえるような人間になって、またお目にかかることが叶うのならば、こんなに幸せな事はないでしょう。

 今まで、長きの間、本当にありがとうございました。

 もうしばらく、私は東京におりますが、そう遠くない将来、私は東京を離れる事になると思います。 現在の連絡先を別紙に記しておきます。 なにかありましたら気楽に、あるいは重くとも連絡を下さい。 食や農業の事、健康、病について、福祉、こころ、人と人、自然、宇宙の話、目に見えない世界の話、これからの世界の話など、結構話せるかと思います。

 2009年9月1日 好日

      原 康彦    

 

 どうやめるかは、私にとってとても大事な事でした。 身体的、心情的な影響を考える事はもちろんの事、その後の生活の心配もあり、不安がほぼ毎日押し寄せていました。

 

 現状、以前のような正規の就労が難しいであろう事や、そのような状態における雇用は会社としてもできないとの話があり、また、健康保険組合の傷病手当金は1年半の期限が迫っていました。 いくら病気であろうとも、それ以上の手当てはもらえない決まりがあるのです。 果たして私はやめざるを得ない状況となった訳です。

 就労支援センター、生活支援センターの方々や、市役所の障害福祉課、生活保護の必要も考えられたので生活福祉課の担当の方など、出来うる限りのいろんな人たちに相談を受けてもらいました。 もちろん主治医の先生とも話をしています。 実際にやめるという意思が固まってからはハローワークの障害者相談窓口にも通い、不明な点を問い合わせ、生活が可能な、最善の選択を探りました。 幸い、有難い事に、相談を受けてくれる人、皆さん良い人で、親身になって私の話を聞いてくれました。 その度どれだけ心が安らぎ、和らいだ事でしょう。 人を信じ、頼る、甘える事が苦手で屁のツッパリだった私も、おかげで今、だいぶ変ってきています。 これはあきらかに、鬱という病にかかり、自分を見つめなおし、そしてこのような新たな人たちとの出会いもあって、気付かされ、変ってきた事です。 日々の散歩と共に、それらの行動も良いリハビリになっているかもしれません。 以前の記事にも記しましたが、この世知辛いと思われがちな世の中で、このようなやさしく奇跡的なふれあいが、そしてセーフティーネットがあるんだ、という事に私はとても感動しています。 いろんな人やものとのつながりの中で生かされているんだなあ、と感じています。 健常者として勤めていたときには、これらはむしろ感じ得なかった事です。 普通の社会がなぜこのようにならないか、と思えてきます。

 

 結局、私は、現状において障害を持つ者として、自己都合による退職とし、新たな職探しを始めるという決断をしました。 とにかくやめざるを得ない状況になってしまった訳で、会社都合による退職を主張することもできましたし、医師の判断等、病状を考えれば、生活保護があるいは妥当だったかもしれませんが、私は私の意志で、これを選びました。 いや、流れの中でなんとなく、と言ったほうが正しいかもしれません。 導きにのったというかなんというか・・・。

 

 在籍中の苦楽はおそらく並以上にあったでしょうが、むしろ、だからこそ、まがりなりにも長年お世話になったこの会社に、波風を立てたくはありませんでした。 互いに笑顔で、感謝の中で幕を引きたかった。 会社で離職票に離職理由を記入する際、お前の事情にあわせるからという意味だったのでしょう、会社側の離職理由欄等、すべて何も書かれていない白紙の離職票を渡されたときには最初戸惑いましたが、後になって社長の懐の深さを感じました。 意味がわかりました。 ここで自分の権利の主張をするのは、なんか違うな、と思いました。 それが私のメンタリティーです。

 

 障害者手帳を申請していた事が幸いして、ハローワークでは、やむを得ない事情による退職が認められ、待機期間なしで雇用保険を受ける事ができる事となり、私の生活はなんとか保たれる事となったのです。 

 

 会社に残していた私物を整理、処分しに行った際には、乾いていたはずの私の心にも、さすがにいろいろな思い、自分史があふれて来ました。 やはり、愛着、執着があるのです。 若き日、過ぎし日の映像が、ひとつひとつ、浮かんできます。 そんな情景を、含み、味わうかのようにして、ゆっくりと思い返し、昇華し、処分しました。 最後のあいさつの際には、感極まり、涙のような感情がぐぐっ、と来ましたが、涙でこの別れを締めくくるまい、それは違う、と、湧き上がるものをこらえました。 きっと変なぐちゃぐちゃな笑顔になっていたと思います。

 

 そんなこんなで、おかげさまで円満退社となりました。 なんとも有難き。 感謝です。

 この顛末が、同じように悩んでいる人の参考になれば幸いです。

 顛末はまだ続きます。

 

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 ありがとうございました。

 

 

*この記事を含め、新たな歩みの軌跡を、新たなブログで綴っていく所存です。 今まで応援、コメント、ありがとうございました。 新たなブログアドレスは、http://inochi-no-kagayaki.cocolog-nifty.com/blog/ になります。 タイトルは「空と大地に導かれて。」です。 今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。

 

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 今日の一言。 (  自 戒  )

 
 
 
 
 
 
 
 世間を否定する事は、
 
 
 あなたを否定する事。
 
 
 その世間を生きているのは、
 
 
 他ならぬ、
 
 
 あなた なのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

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 障害ってなんだろう?

 

 病ってなんだろう?

 病人ってなんだろう?

 そして病はどこからくるの?

 

 障害ってなんだろう?

 障害者ってどういう事なんだろう?

 

 正常ってなんだろう?

 じゃあ、僕は異常なの? 人として。

 生まれて来てはいけなかったの?

 それは違いますよね!

 

 何をもって「正常(健常者)」とするの?

 何をもって「正常ではない」とするの?

 その境目は必要ですか?

 

 最近、こんな事を考えています。

 

 私はこの社会の中で、今、間違いなくそのボーダー(境目)にいます。

 

 そのボーダーから感じる事、見えている事があります。

 

 先日、就労支援センターへ行ってきました。

 

 担当の方とお話させて頂く中で、

 

 障害は、個人の中にあるのではなく、

 

 社会の中に障害があるんだ。

 

 という話が出てきました。

 

 一瞬、簡単に解釈してしまいそうになる言葉ですが、

 

 非常に示唆に富んだ言葉で、含蓄もあるなあ、と思いました。

 

 読み取る角度によって、そしてその深さによって、いろんな受け取め方ができます。

 

 こういう方が、今の福祉の現場におられる事にとても安堵致しました。

 

 私は、私の心の中にこそ障害があると感じています。

 

 

 

 

 

 

 生きてるだけでいいんだよ。

 

 そう思えたならきっと・・・。

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 ありがとうございます。

 

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 リハビリ日記 (今日は通院日)。

 

 去年の2月、

 追い詰められた気持ちになって、不安で、半ば衝動的に、私はいろいろな病院に電話をかけまくっていた中で、ここだけは応対の雰囲気がとても親身だった。 決していまどきのクリニックとはちがう、精神科然とした佇まいの病院ではあった。 うん、ここでいこう。 ここなら大丈夫、お世話になろう、と思った。

 初診からもう1年5ヶ月目になる。

 今まで34回もの面談、診察を重ねさせてもらって、やはりこの病院と先生とめぐりあえて良かったな、と、今、つくづく思う。

 今日は特にそう思える問診だった。 

 何も隠す事はなく、ありのままの今の私の状況を伝えた。

 そしてそれは伝え切れたと思う。

 とても呼吸が合っていました。(合わせてくれていたと思う。) 

 今までのやり取りの中では、

 若干、突き詰め、問い詰めるような言葉を送った時もありました。

 若干、荒い調子の言葉になる時もありました。

 私の皮膚病の事を皮切りに、ケムトレイルや陰謀について語ったところ、統合失調症の可能性ありと診断され、PZCを処方された時は、「いや、これは事実としてある事なんです。」、「統合失調じゃない!」、と、声を若干荒げてしまうような場面もあったのです。

 それでも先生は、先生なりに私の話を可能な限り受け入れ、いつも聴こうとしていてくれたのです。 PZCの処方は、一度きりで終わりました。  

 いつも私の病状を冷静に判断してくれていて、今の私の社会における立場、職場での状況もしっかりとわかっていてくれて、私の思いも汲みながら、押し付けをせず、その上での的確なアドバイスをしてくれていたのです。

 私の場合は、わかりやすくまとめて皆さんにお伝えすると、神経症的な気質と若干の統合失調的な不安などによる抑うつ状態、鬱病、という事だそうです。

 今回の診察で、この事を先生は、先生の言葉で、もっと細かいニュアンスで、先生の感じているところのありのままを私に伝えてくれました。 これで、互いの認識に接点が持てた様な気がします。 私は、私の症状が、いわゆる典型的な鬱病の症状と違いがある部分があった為、何か違うな、という思いがいつもあったんです。 今は納得です。

 また、いきなりの農業はきついんじゃないか、例えば週3日とか、半日の仕事など、ステップを踏んだほうがいいという事はもっと以前から言ってくれていました。 でも、いや、そんな事はない、とあせり、強がり、聞く耳を持たない私にいつも先生は、急がば回れ、と言ってくれていたのです。 そうかもしれないな、と最近は思うようになってきました。

 投薬に関しても、私の状況、信条を理解してくれながら、そんな中での最善の判断をし続けてくれてきた事に感謝したいです。 僕が薬嫌いで、出された薬、出された薬、ほとんどすべて副作用がきつく出てしまい、期待するところの効き目が何一つ表れなかったので、先生は苦労されてきたと思います。 それでもあきらめず、ベストの処方を共に探してくれてありがとうと言いたいです。 感謝致します。

 二週に一回の通院ではあったのですが、今まで本当にとても良い診察時間を過ごさせてもらったと思います。 感謝しています。

 S医院のS先生。 そして受付の方。 感謝しております。 これからも、こんな私ですが、宜しくお願い致します。

 

 

 今、ここに感謝をsun

 ありがとうございます。

 

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 リハビリ日記。 (感動)

 

 今日はほぼ一日沈んだ一日になってしまった。

 いったいなんなんだろう。

 訳も無く、何の前触れも無くそれはやってくる。

 こんな時だ。

 私は私が病人である事を自覚せざるを得なくなるのは。

 ポジティブ思考などと良く言うが、それが出来るのならば何の苦労もないのだ。 それができない何かがそこにはあるのだ。

 理屈じゃない世界、目に見えない世界の大きな大きな仕組みがきっとそこには働いている。 間違いなく。 体感からそう思うのだ。 無理なものは無理なのだ。

 深層意識の制御というものはほとんど無理なのではなかろうか。 おそらく、何らかの法則があるに違いない。 私達は、生きているのではなく、生かされている。 暗いなら暗いなりに、つらいなら、つらいなりに、そこから何かを学びなさいと、日々、手を変え、品を変え、宿題を出されているかのような気がします。 最近とみにその思いが強くなっています。

 

 今日も危なかった。

 5時前に一度目が覚め、そのまま寝て、浅い眠りを繰り返した。

 9時に目を覚まし、一度起き上がったが、不安がやって来る。

 その不安から逃れるかのように、しばらくしてまた横になってしまう。

 正午になってようやく外出出来た。
 
 また何者かに突き動かされるような感じだった。

 寝ちゃいけない、寝てちゃいけない、と。

 私は、これが私を守護してくれているもののお陰ではないか、と思っています。

 感謝しています。
 
 

 しかし何故こんなにもだるいのだろうか。

 何故こんなにも元気が出ないのだろうか。

 何もやる気が起きないのだろうか。

 こんなにも不安なのだろうか。

 

 今日は外に出て散歩をしていても終始体が鉛のように重かった。

 何なのか。

 やたらと体が重い。 公園一周も出来ない。

 何もかもがどうでもよくなって来る。

 何で私はこんな人間になってしまったのだろう。

 そんな思いにやられてしまう。

 スクワッドをしても、腹筋をやっても、腕立て、背筋をやってもダメ。

 ここ最近の反動が出ているのだろうか。

 そう思いたい。

 そうすれば、

 こんな日もあるんだ、

 明日はきっと今日よりはマシだろうと希望が持てるからだ。

 

 夢が遠のく思いがする。

 こんなことでは到底やってはいけないだろうと思ってしまうからだ。

 でも、あきらめたくない。

 

 今日は外食をしてしまった。 770円。 痛い出費だ。

 

 孤独も手伝って、今日は自立支援センターにSOSの電話をいれてしまった。

 とにかく話を聞いてもらいたかった。

 一人黙っていると、頭がおかしくなってしまう。

 

 

 ご飯は炊けてあったが、晩御飯はつくる気力が無かった。

 ロメインレタスをちぎって塩をかけて、さらにマヨネーズをかけて食べた。

 面倒だけど、これくらいは出来た。

Rimg4009

 

 塩をかけたのは、塩が体と心を引き締めてくれるような直感がしたからだ。 体が欲していたのだ。

 マヨネーズも体の事を考えると本当はこだわりたいのだが、お金の事を考えると贅沢はできない。 味の素のもので我慢している。 と言ったらこのマヨネーズに失礼だな。 安心・安全の松田のマヨネーズタイプは500円近い価格で、常食するものとしては高価でなかなか手が出せない。

 健康にお金がかかる世の中はおかしいと思う。

 お金持ちは安心安全な食材を自然食品店などで購入する事が容易にできるが、お金の無い人は、普通のスーパーで農薬のかかった、大量生産された、見栄えは良いが、元気の無い画一化された食材を買うしかないわけだ。 私などはさらにそこから閉店間際で半値に下げられるのを待って購入したりもしているのだ。

 基本の調味料や加工食品にしてもそうだ。 スーパーに大量に並ぶ安価なものは、その製造工程において、必ず不自然な化学処理がなされている。 おかげで保存も効くし、便利だ。 そして化学調味料は安価に手軽に大量に、旨味を”加味”する事に成功している。 しかし、これはにせものの旨味だ。 これにみんなだまされてしまっている。 本来旨味とは”引き出す”ものだ。 本来、元気に育った野菜はそのまま食べても旨いものなのだ。 味噌や醤油などの発酵食品はじっくりと時間をかけてこそ大豆本来の旨味が”引き出される”のだ。 HAARPや電磁兵器による終末の演出を危惧する以前に、闇の世界政府がどうのこうのと言う以前に、そして日本の政治を語る以前に私達はこの、食の世界の”演出”にだまされてしまっているのである! 微量に体内に蓄積されてゆく、真の健康を阻害するであろう要因は、なかなか数値で、そして一つのものさしのみで推し量りきれるものではないだろう。

 なぜ不自然に保存をきかせるか。 それは経済的に効率が良い、究極ただそれだけの理由だ。 盲目的な利便性の追求だ。 化学調味料による旨味の加味も同様だ。 私達は加工食品の原材料欄にこれらの表示のないものを探し出す事は、今や非常に困難になってしまっている。

 経済的効率、人的省力、人的効率化、大量生産、大量消費を我々が標榜したとき、農薬や化学肥料、加工食品における添加物の使用は、おおいにそれに貢献してきたのです。

 また、生産者の立場からすれば、今の生産物の値段では生活がままならないのが現状のようだ。 今、日本に兼業農家が多いのは、そうせざるを得なかったからである。 国の行ってきた農業に対する政策や現在の農協という組織、そして流通システムに目を向け、見直してみる事はもちろん大切だが、野菜や穀物は本来もっと高く買ってあげなければ農家の方々は専業ではやっていけないのである。 ちなみに現在、有機生産農家の平均年収は120万くらいだという。 現状、専業で生き残っている農家は前述した、「効率」を標榜し、達成した大規模農家である。 あるいはニッチな視点を取り入れながら、なんとか経営をやりくりしている、という感じではないだろうか。 「効率」を標榜し、大量に、画一的に、”命”をもつ植物を扱う事がどれだけ人間や地球の環境に不自然な事であるかは、去年のたった2度の農業体験のなかで私は感じ取ってしまっている。 おそらくこれから、私が農業のフィールドに立ってから直面する問題となる事は想像に難くない。

 安価なものにはきちんと”理由”があるのである。

 強いものが、弱者を切り捨てたり、囲ったりしながら更に富み強大になり、弱いものはますます窮地に追いやられていく。 そんな傾向はここでも垣間見る事ができる。

 わかっていながら、高く買ってあげられない。 お金の無いものは、健康な食生活も送れず、病気になっても思うように医療が受けられず、人知れず苦しみ死んでゆく。 このつらさが、そしてこの世の中の矛盾がわかってもらえるでしょうか。 これが資本(お金)主義というものです。 人の健康や、心の問題など二の次でいいよ、というのがこの資本(お金)主義という世界の仕組み、宿命なのです。 私達の国は資本主義国家です、と宣言した時、それは、私達の国はお金第一主義国家です、と宣言したのと同じ事なのです。

 こんな世界に、私達は暮らしているのです。

 政治に問題がある、社会のシステムにも問題がある、いや、もっと大きな、闇の権力の陰謀もある。 でも、今の世界の諸問題の本質は、実はもっともっと身近なところにあるのではないでしょうか。 あなた と わたし。 両者の間にあるものは何でしょう。 実はそんなところから始まっているような気がします。 誰か具体的な人物、組織、あるいは対象となるシステムなりを悪者にして、それを叩き、消し去れば解決するような問題ではないと私は思います。 もはや対症療法で解決できる問題ではなくなってしまっているような気がします。 

 そんな中で、農業という世界に私は飛び込んでいこうとしている訳です。 農業、いや、農を主軸とした生き方への転換に、今はまだはっきりとはしていないのですが、なんというか、これからの世界の創造という希望を感じているのです。 と、言うか、理屈抜きで、「お前は農業へ行け!」という心の声が、奥深い所でいつもしている訳なのですが。

 

 

 ちょっと脱線してしまいました。 そうそう、この半値で50円に下げられたロメインレタスの話をしていたんですよね。

Rimg4010

 今日の晩はこれを食べたのみ。 虫さんになったかのようだ。

 

 しかし、これがうまかった。 感動した。

 今の心と体にぴったりと はまったようだ。

 よかった。 感動できて。 唯一これが今日の良かった事だ。

 

 きっと人間の体内では、元素転換等もっと高度な事をやってくれているだろうから大丈夫という事に今日はしておこう!

 ありがとう。 ロメインレタス。 塩。 マヨネーズ。 他、すべてのもの達へ。

 

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 暗い話で御免なさいね。

 ありがとうございました。

 

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 リハビリ日記 (心の海)。

 

 こんにちは。 お元気ですか。 こちらは今日は梅雨の晴れ間が見え、蒸しています。

 とても暑いです。 あぢぃー。 あぢぃー。 皆さんいかがお過ごしですか。

 鬱からの社会復帰、心の快方を目指して今日も私は散歩に出かけました。 そして今、帰ってきたところです。

 今朝もマイナススタートでした。 朝から疲れています。 とても体が重く、心は沈み、というか、ここにあらずといった感じで麻痺していて(離人感と言うらしいですね)、当然感情も希薄で、愚鈍な朝を迎えていました。 6時半に目覚めて、床で先祖や亡き父母、大神様に感謝を述べた後(形だけになってしまった。)、気分に流されるまま誘惑に負け、再び寝てしまいました。

 再び目が覚めたのが8時半。 後悔の念で押しつぶされそうになります。 が、最近はこのような状況が続いていますので慣れています。 以前ならそのまままた眠ってしまう事も多かったし、そのまま目が覚めない日々が続いていた時期もありました。 「いかん。 まずいぞ。」 すばやく気持ちを切り替えて、というか、何かに動かされるかのように、軽く前屈などをして、重い心身のまま、それをスライドさせるかのようにして、表に出て、いつもの公園に向けて歩き出しました。

 とってもちぐはぐ(笑)! ミスマッチ! 歩いてはいけない人が外出して歩いている。 というような感覚に襲われます。 でも、そんな感覚を押し黙らせながら私は歩みを続けます。 当然人とすれ違いますが、受け入れる事ができません。 私一人が浮いているような感覚と戦いながら歩みを進めます。 ハリネズミが歩いているとでもいいましょうか・・・。 そんな時でも私は、受け入れよう、溶け込もう、と、心で努力はしているのです。

 公園に着きました。 緑を見ると若干心が留まります。 でも、心は暗いままです、多分。 いつも暗いところにいるので、果たしてそこ(私の心)が暗いかどうかも解からぬようになってしまっているのです。 いつもの目印の木に手を触れながら、「おはよう。 いつもありがとう。 きょうもよろしく。」と声を掛け、公園散歩の始まりです。

 今日は2週(約4キロ)しても、心も体も重いままでした。 溶け込めない感もそのまま。 滅入りそうになります。 ここのところ快調な日が続いていたので、ちょっとショックです。 ですが、まあ、こんな日も過去にはよくありました。 もっとひどい時もありました。 鬱ってなんだろう。 また考え込んでしまいそうになります。 いかん、いかん。

 ここらで休むか、と重い体をベンチに腰掛けさせます。 あ゛ぁ~。 束の間の解放を味わいます。 この時点で視野はまだ狭いままでした。 蝶々がひらひらと草花の上を舞っていますが、あまり心が和みません。 あまり何も感じませんでした。 しかし、今日はここからが良かったのです。 ここから先の私の行動の中に、私は気付きを見出したのです。

 さて、充分休んだ後、というかボーっと放心状態で過ごした後、なんとなく私は嫌々(本当に嫌々です。 仕方ないな、という感じです。)スクワッドを始めました。 まずは30回。 最後のほうは、「うっ、うわっ、うおしっ。」と声が出てきます。 あれっ? 終えてみると、私は体が軽くなっている事を感じました。

 よしよし。 まあ、無理はせず。 と、ベンチにゴロンと寝転がります。 しばらく(かなり)休み、またやってみます。 体がうっすらと汗ばんできました。 「うわしっ。 よしっ。」、そしてまたベンチに腰掛けます。

 緑が目の前に生き生きと息づいて広がって見え始めました。 シロツメクサの白が飛び込んできました。 ミツバチが花から花へ、らんらんと渡っていました。 二羽のモンシロチョウが時折交差し、楽しそうに生を謳歌しているではないですか!

 その後、私はベンチを利用して腹筋、腕立てなどじっくりと休みを挟みながらマイペースでこなしました。 汗がだらだらとでてきました。 額から汗がしたたり落ちます。 程よく疲労し、息が上がり、高まる体に、そよぐ風が心地良い。 青い空が広がっていました。 そのままゆっくりとヨガのポーズやひねり体操も軽くやりました。 なんだか周囲を思いやる気持ちも復活してきました。 

 

 「なんだ。 こんな事か! 体を使ってあげればいいんだ!」

 気付きました。

 

 しかし、私の場合、ちょっと酷使するくらいに使ってやらねばならないようです。 それでようやく普通の朗らかな心に回復するようです。 マイナスの海を人より少し深く持って生まれてきてしまったのかな、と帰り道で考えていました。 やっぱり農業が最適なのかな、と考えていました。

 

 私はそろそろ自分で自分の鬱のエピソードを断ち切らなければならない時が来ているのかもしれません。 鬱であるというアイデンティティーを手放す時が来ているのかもしれません。

 

 結局最後は自分で立ち上がるしかない。 最近は主治医も抗鬱薬投与を止め、あえて「頑張れ」という言葉を私に使っています。

 

 夕方からは、またMEWに行って来ました。 到着し、息を切らしている私が、いっぱいいっぱいに映ったのでしょうか。 ケアサポーターさんに、「もっと楽にいきましょう。」と、諭されました。

 

 確かに。 でも、楽にいこうとするとなあ・・・

 

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 いつもありがとう。

 

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 大変、ご無沙汰しておりました。

 

 皆さん、お元気ですか。

 大変、ご無沙汰しておりました。

 皆さんのコメントに返事もできず申し訳ありませんでした。

 今日の記事を返事代わりに受け止めてもらえると幸いです。

 

 

 ここのところ、私の心はとても不安定です。 足元がぐらぐらとぐらついてしまっていて、なかなか落ち着かないのです。 それはあきらかに私のこの先の生活の不安から来るものでしょう。 上げ、下げの幅が尋常じゃありません。 その都度、ブログに状態を書き連ねる事が、同じように苦しんでいる人の支えになるかもしれないとは思うのですが、とてもこの心模様、移り変わりををうまく表現する事が私にはできませんでした。 一日の中でも何度も波はやってきますし、日によっても違いがあります。 ネット自体、憂鬱を引き起こす鍵になる危険性があるので、最近は距離を置いていました。

 放っておくと、油断するとすぐに不安がやってきます。 陰鬱、闇、無気力、死がやってきて、私をひきずりこもうとするのです。 よく、ブラックホールに吸い込まれるようだとか、蟻地獄のようだとか、奈落の底に落ちてゆくようだとか言いますが、まさにそんな感じです。 底の知れない恐怖でいたたまれなくなります。 負けて日中眠ってしまうと、さらに拍車がかかる事が多いです。 最近は、いよいよお尻に火がつきそうな感じがしています。 あるいは熱湯風呂の底に身体がつきそうな感覚があるのです。

 うわっ、これじゃイカン、やばい、まずい、と、すったもんだで、危機せまりながら、命からがら私は散歩に出かけているのです。

 一日一散歩。 これが今の私の生命線です。 これをしなければ、即、死がやってきます。 直面すると、死はやはり私にとって怖いものです。

 一歩一歩歩みを進めていると、なんとか、少しづつですが、気が紛れてきます。 心がほぐれていく事を感じる事ができます。  好調な時もあれば、なかなかほぐれてこない時もあります。 蒼白、暗冷の中を鉛のように重い体をもって歩み始めるのです。

 幸いな事に、日々の積み重ねは尊く、一日一回でも、毎日続けていると、歩いたりひねると痛かった腰や股関節、膝、足首、筋も徐々に定位置におさまり始め、ガタガタだった体力が少しづつ戻り始めてきます。 その戻りつつある体力が精神を支えてくれているなという実感を感じる事が出来るような日も最近は出てきました。 堕ちて行く日々の中で、私の足腰、肉体はすっかり弱ってしまっていたのです。

 歩く事は明らかに全身、そして精神に確実に良い作用をもたらすようです。 暗闇から糸をたどる様に、「生」の方向に導いてくれます。 もしもあなたが回復期にあられるのならば、おすすめします。 ついついだらだらしてしまい、夕方から、あるいは夜からになってしまってもまったく問題ないと思います。 朝の通勤時間帯などはかえって精神的なストレスになる危険性もありますのでね。 実はそんな失敗もしています。 その時気分は最悪でした(笑)。 逆に、まだすずしい夜明けの朝に気持ちよく歩く事ができたら最高ですね! 

 おかげさまで今日は午前と午後、二度の外出を達成できました。 午前中は公園二周、スクワッド、ベンチを使って腕立て。 午後はJRで二駅のところにある、障害を持つ人の為の就労支援センターあいる、そして一駅のところにある自立支援センターMEWへ。 この二つは、とても素晴らしいセーフティーネットだと思います。 今の私の心の支えとなってくれています。 感謝です。 そんなこんなで、今日は10キロ以上は歩いたと思います。 そして帰ってきて、風呂に入ってからこの記事を書いています。 ちょっと無理してしまったかな。 いや、かなりだな・・・。 反動が起きない事を願っています。

 

 明日は「有機ねっとちば」という、農家の連合組織の合同説明会に参加してきます。 まだまだ気持ちは揺れ動いています。 私は模索を続けています。

 

 早起きするぞー。

 

 ブログ書いてたら眠れなくなっちゃったよ。

 

 眠剤だ。 眠剤だ。

 

 

 ありがとうございました。

 では、また。

 

 お元気で。

 

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 

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 告白、鬱。(未完)

 

 皆さん、お久しぶりです。 お元気ですか?

 実は、3月、4月始めと、かなり不調な日々が続いていました。

 何にもやる気が起こらないんです。 鬱、自律神経失調、自閉の典型です。

 ほとんど布団の上にいることくらいしかできていませんでした。

 玄関の外に出る事なんかとてもとても・・・。

 排泄行為すらめんどくさいものなのです。 しかしなんとか一日一度、良い排泄はしてましたが・・・。 ヨーグルト(カスピ海ヨーグルト)をてんさい糖(オリゴ糖=ラフィノース)で食べていたのでそれが良かったのかもしれません。

 風呂なんか入る気力などはとうぜん無い。 お湯を張るところからしてすでにしたくない。やってられない。 顔を洗うのも面倒。 当然しない。 髭も生やしっぱなしで、ぼうぼう。 歯も当然磨かない。

 1週間以上も経ったでしょうか・・・。 体臭もし始めてきます。 どうしようもなくなって、しょうがなく、思い腰を上げ、長時間かけてやっとこさ、と、先日入浴しました。 顔を洗う、食べる、など、身の回りの事、人間として最低限の事が出来なくなってしまうのです。

 昼間は起きている事自体が苦痛でしかなく、なにもかもがストレスになってしまいます。 特に自身の将来について考えています。 に、対する自分の今を考えています。 横になって眼を閉じているのが、一番の最善策なのです。 回避です。 逃避です。 分かっていますが、そうする事しかできないんです。 それでも、この問いかけは終わらない。 それはあまりにも大きくのしかかっている。

 太陽とまともに相対できない。 ああしなければ、こうしなければいけないと思えば思うほど、分かっていれば、分かっているほど真逆の事をしてしまいたくなる。 ご先祖様ごめんなさい。 当然覇気など無く、どんより・・・、まほ~っとしてメランコリー。 無表情。 アメーバーみたいにうねうね、時折寝返りなどしながら、息苦しくなったりして、目はどんよりと、もちろん死んだ魚のようになっていると思う(鏡など見ない)。 食べた食べかすもそのまま、器も食べっぱなしのまま放置。 台所には洗っていない食器が積まれています。 シンクは汚れてきて、乾ききっています。 

 時折、てんぱってしまってひとりの部屋で、寝ながら震えたり、体を突然突っ張らせてみたり、突然ひとり唸りを上げてしまう私がいます。 「ウオー。」とか、「うあ~っ!」、などと、言葉にならぬ奇声を叫んだりもします。 そんな気さえも起きない追い詰められ感、無力感が根底にしっかりとあります。 寝ながらなにか近くの物に指をトントン、トントンとします。 そうしていないと、落ち着かないのです。 時折ふとんをどかんと殴ったり、ばん、とひっぱがしたりします。 寝苦しいんです。 やがてはその布団を再び優しく掴み、静かに眠る・・・。 「ようし、よし。」、「うーん。うん、うん、うーん。うーん。」と、小さなかすれ声ともうなり声ともつかない音を発し、なだめながらかろうじて呼吸をしている。 生き地獄のひとつの状況です。 今日は冷静に分析できています・・・。

 眠りも浅く、早朝覚醒してしまい、もがき苦しみ、また覚醒、そしてまた眠剤ダブルといった感じでした。 さすがに眠剤はかなりいい感じになれます。 ぽあーっとした気分の良い感じになるんです。 不安が飛んでいきます。 いい酒に酔った時の感じに似ています。 足元がおぼつかなくなります。 やがて眠れるようになります。 いつまでも眠れず、ついついトリプルまでいったりもする時もあります。 

 昼間はただただ不快で無気力、なんもやる気がしね~よ。 太陽から背きたい気持ちがあり、部屋から出られず、部屋の中のなにか小さな音にもビクッと反応してしまう私。 ぶーん、ぶーんと低めの変な電磁波の音が私の部屋に最近鳴り響いています(日中のみ、冷蔵庫のコンプレッサー音とは違う。 外部からのもので、共振しているようです。)。 何なんでしょうか? こんな繰り返しの日々です。 とうてい社会的に行動する事に無理があります。

 こんな時の私の心理の根底には、こんな世の中、全然お門違いで、やってらんなくて、対応なんかしたくないという反社会的気持ちがうずまいていて、過激に言えば、壊れてしまわないかな、いっそのことめちゃくちゃになって終わってしまわないかな、と言う(非常に怖い、実行力は行使しませんが)願望を心根に持っています。 そしてその先に、その先に私達は行きたいんだよ。 という思いがとても強いんです。 そういった事が、はっきりとその思いを体を持って表してしまっているのではないかと思います(鬱、無気力)。

 

 だた、私が、きょうのこの記事に残していおきたいのは、今日も寝て、明日、きっとまた生かされてしまうのだろうということです。

 これには、さすがに頭が上がりません。 最悪の朝でさえも、ありがとうの気持ちを私は伝えずにはいられません。 父方、母方、見た事も無い、でも必ずいらっしゃる先祖の霊たち。 そして全ての霊を生かしていただいている、全てを司る、全てを無償で与えている、きっと大きな大きな太陽のような方がおられるに違いない。 それには感謝を捧げたいと思います。 鬱で落ち込んで、非力な思いだとしても。 これだけは本能的に続けていたいと思っています。

 

 今日の記事はまだまだ未完です。 かなり頭がアーパーな状態で書いています。 ごめんなさい。 以降推敲します。 皮膚病の経過、今いる運送屋のと事、復職の願いを伝えた事、鬱の真っ只中から散歩を再びはじめてみた事、そして将来の展望、色々書いていこうと思います。 ご期待下さい。 今日は眠剤がいい感じに効いてきました。そろそろ寝ます。 ではみなさん、おやすみなさいませ。・・・z z ZZZ

 

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 新しい朝。  (今日の一言。 ~2月15日)

 

 

 おはようございます。 皆さん。

 起き抜けの私に、またメッセージが降りてきました。 文章化してお伝え致します。

 このメッセージは、私への私的なメッセージというスタイルをとってはいますが、その内容は普遍的な意味合いがあり、このブログを訪れた方々にお伝えする事に、私は意義を感じています。 このメッセージが、あなたの気付きの一助となれば幸いです。

 

 

昨日は一日中、あなたは、自身の、突き上げてくる不安な想いや肉体的痛みに苛まれ、まったく落ち着きがありませんでしたね。

 

本来のあなたではありませんでしたね。 他人と比べていましたね。 世間の 常識 を考えていましたね。

 

あなたはまた、そんな自分を責めて、追い詰めていましたね。 だから私はあなたをまた深い鬱に閉じ込めさせてもらいました。

 

この宇宙に、はたらく という喜びはあっても、働かなければならない というつまらぬ縛りなど一切無いのです。

 

ぷらぷら出来るときは、ぷらぷらしていればいいんです。 あくせくしない時間は、あなたの視野をひろげてくれます。 そんな時間こそ、大切なんです。

 

やりたい事をおやりなさい。 感じるままを、観じなさい。

 

私があなたを認めているように、あなたはあなた自身を認めてあげて下さい。

 

何なら、今からでもどこか遠い空の下へ、旅に出たって良いのですよ。

 

地中海、アフリカ、オセアニア・・・。

 

妙な義務感から、またあなたが働く道を選ぶのならば、それはあなたにとって元の木阿弥でしょう。

 

これからのあなたは、お金の為に、生活の為に働くのではありません。

 

人と地球の喜びの笑顔の為に はたらく のです。

 

その はたらき に義務などありえません。

 

 

 

眠りから醒めたあなたに。

 

新しい朝を用意させてもらいました。

 

 

 

(緊急追伸:”アセンション”は、とても巧妙な、新たなる選民思想です。 注意して下さい。 情報を鵜呑みにせず、受け入れられる部分とそうでない部分をしっかりと感じ取る様にされた方が良いと私は思います。 注:この追伸は、上記記事との直接の関連はありません。) 

 

 

(さらに追伸:落ち着きがなかったのは、どうやら抗鬱薬の副作用だった事が判明致しました。 私は普段、実は主治医さんには内緒で断薬しているのですが、その主治医さんとのやり取りの中で、新しい処方に切り替わった時だけ、そのお薬の作用を体で解かる為にしばらく服用して試してみると言う事をしています(ごめんなさい、投薬治療自体をあまり信頼していないんです)。 ちなみに今回の新薬は”エビリファイ”というお薬でした。 なにかじっとしていられず、ひとつの姿勢を保つ事が出来なくて、貧乏ゆすりがしたくなったり(私は普段は貧乏ゆすりは一切しません)、腕を盛んに動かさずにはいられなくなったり等の症状が出ました。 ひとつの事に集中が難しく、パソコン作業等は5分と集中できず、ON/OFFを繰り返してしまう始末でした。 起き上がって体を動かす事はできるのですが、何だか無理やり動かされているような感じがして、本来の自分ではない様な感じが強烈でした。 参考になれば幸いです。)

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 ありがとうございました。

 

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 「ある」 か 「ない」 か。 再び・・・

 

 こんにちは! お元気ですか?

 

 厳しい寒さも日に日にやわらぎを感じさせ、なんとなく、春の予感を感じさせる今日この頃、皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。

 去る1月の26日は、今年の旧正月だったようですね。 私的にはなにか、2月の4日からまたひとつ流れが変ったような、新たなサイクルに入ったかのような、そんな感覚がしています。 何の理屈も根拠もありませんが・・・。 私にとっての新年が、ようやく訪れたような気がします。 ちなみに今年の1月1日の元日には、世間的には新年でしたが、私としてはまったくそのような感覚を覚えるような事は無く、ただただ前日の続きに過ぎず、悶々としていた事が思い出されます。

 そんな2月4日を含んだ今週一週間でしたが、私にとって、いろいろと考えさせられる一週間となりました。

 

 ”「ある」 と 思えばある。 「ない」 と 思えばない。”

 

 は、以前に私が記事として取り上げた題材( 遊んでみませんか?  ある か ない か?  意識 と 存在 )でもあった訳ですが、そんな事を想わされる事が沢山あった一週間でした。

 

 世の中には、本当にいろんな人がいます。 国内にとどまらず、世界に目を転ずれば、さらにいろんな人達がいます。 そして、陸には、さまざまな動物達、昆虫達、植物達、海にも、やはり数えきれぬほどの多種多様の水生物達がいる事でしょう。 未開の土地や深海等には、私達には未だ確認できていない生物もまだまだいるやもしれません。 これらの他に、無機物といわれている鉱物、そして、水や大気など(私は、このすべてが生きている、と思っていますが・・・)、この地球は本当に多くの見えるもの、見えざるもので構成されています。 そして、宇宙には、さらなる拡がりがあることでしょう。 

 さらに続けます。

 

 ”ある人が、見たり聞いたり匂ったり触れたり味わったりして感じ、観じている事は、紛れも無くその人にとっての「真実」であり、他人が、その人の感じ、観じている「真実」を否定する事は決してできない。”

 

 例えば、霊が見える、という人がいます。 実は私には霊は見えないのですが、見える、という人にとって、それはまさに「実在」なのだと思います。 私はそれを否定する事はできませんし、その気もありません。

 しかし、見えない、という私を否定する事もまた、できないのではないかと思うのです。

 と言うのは、ある実在が、ある人の持っている波動(波長)と共鳴、調和しているかどうかによって、見えている世界が思いの他、異なっているのではないか、と私は思うのです。 「眼中に無い。」などという言葉がまさにそれを物語っているのではないでしょうか。

 

 この話をさらに進めます。

 

 例えば、ある光を見て、ある人は、「に見えた。」と言います。 また、ある人は、「に見えた。」と言ったとします。 また、「そんな光など見えない。」と言う人もいたとします。 これはわかりやすく説明する為の極端な例えです。 実際には青緑の色の光を見て、青とするか、緑とするかの違いのような、極々微細な違いだと思います。

 さて、その、「に見えた。」と観じた人にとって、それこそがまさにその人にとっての「真実」というか、「現実」であり、それは侵し難いものであり、また、それに即した人生が彼の目の前に展開されていくものと思うのです。 そして、一方、「に見えた。」と観ずる人には、青に見える人としての現実が目の前にまさに展開されていくのだと思います。 また、「そんな光など見えない。」という人にはやはり、それに即した、また別の人生が展開されていくものだと思うのです。 まあ、これは当たり前の事なのですけれど、この世に、その生から死まで、あなたとまったく同じ道をたどる人はいないと言う事を言いたい訳です。 この事は、動物や昆虫達を引き合いにだすと、もっと解かりやすいと思います。 例えば犬には犬の視点から見たり、聞いたり、匂ったりして、観じている現実があり、その現実に基づいた世界観を持っているでしょう。 あるいは犬は、嗅覚や聴覚が人間で言うところの視覚に近い感覚で観えているのかもしれません。 それはあきらかに人間のそれとは違うものでしょう。 そして犬は、いくら人と近いところにいたとしても、やはり犬の世界観に即した一生になっている訳です。 さらに、虫達は虫達で、それぞれの種が存在する分、それぞれに独特、固有の世界観があるはずです。 そして、その一生もさまざまであろう事は想像に難くありません。

 

 これは、「認知」、「認識」の世界の話であり、それぞれが持つ「意識」と密接なつながりがあるものと私は思うのです。

 

 同じ場所にいながら、UFOを見たという人と、UFOなどなかったという人がいる。 などという話も、今の私にとって、とても興味深い話なのです。 何と言いますか、ある事象について、引き寄せやすい体質というか、適性というか、その様なものは確かにあると思うのです。 「見え過ぎちゃってぇ、困るのぉ~♪」(古っ!)って奴ですかね・・・。

 

 先週の土曜日の1月31日は、宇宙塾の究極コースに出席してきました。 私は思いきって、以前から若干懸念していた”SEヒーリング”についての疑問をぶつけてみたんです。 それは、このSEヒーリングやSE骨格調整、はたまた、人生自体をイメージ通りに好転させうるこのエネルギーが、いったいどこからくるものなのか、霊的なものなのではないかという事。 そして霊的なものだとすれば、霊的貸し借りのような”邪”なものは存在するのか、という事を聞いてみました。

 答えは意外とあっさりとしたものでした。 このSEヒーリングは、霊氣や気功とはまた別のものだという事でした。 現に、SEヒーリングには、霊氣のようなシンボルやマントラといったものは存在しません。 ただ自分でイメージをするのみでOKなんです(そのイメージする、という所が実はなかなか難しいのですが・・・。 そして、このイメージの世界こそ、「ある」 と思えばある、「ない」 と思えばない、の世界なんです。)。 よって、霊的存在に、治療をお願いするものとは、根本的に違うものなのです。 実践する中で、若干気功に似たアプローチもありますが、気功は自分が溜め込んだ氣を使うのに対し、SEヒーリングは宇宙にあまねく存在し、充満している無限のエネルギーを使うもので、差し引きというものはまったくない(疲れない)のです。 つまり、施術者である私は、その無限の宇宙エネルギーと同調し、それを流すと言う事になる訳です。 それはある意味パイプ役という事なので、その点においては霊気に似ています。 無限の宇宙エネルギーについては、量子力学まで話が及びました。 さらに私は、そこに霊的貸し借りのような”邪”なものが入り込む余地はありますか?と聞いてみたのですが、そんなものは無いとの事でした。 それは4次元の世界ではないかな?と言っていて、それは見た事がないからわからないという事でした。  私も正直、いわゆる「霊」は見た事がないので良くわかりません。 が、しかし、目に見えない何らかのエネルギーが存在する事は、現に、実際に肌で感じる事ができます。 私は霊というものは、エネルギー体なのではないかと思っています。 そしてそれは、それを使う人、見る人、受ける人などの「意識」で、如何様にもなるものだと思っています。 それはまさに、「ある」と思えばある、「ない」と思えばない、の世界なのではないでしょうか。 つまり、霊的貸し借りのような”邪”なものが「ある」と思えばある、「ない」と思えば、その人にとって、無いに等しい、という事になると、私は思うのです。

 

 2月2日には、私の部屋に、整体の先生が遊びにきてくれました。 以前の日記で私は、整体を無料で教えてくれる人がいないかなあ・・・、と言っていたのですが、現在、それが実現しています。 私は今、整体も学んでいます。 この先生とは、実は運転手時代からの付き合いで、当初はお金を払って、施術を受けにお店に通っていたのですが、最近では先生の方から訪問し遊びにきてくれて、整体を私に教えてまでくれるようになりました。 これには本当に感謝です。 思わぬ形で思いが実現してしまいました。 思いが現実を引き寄せてしまった好例です。 これも「ある」と思えばある、「ない」と思えば無い、の世界かもしれません。

 

 2月4日は通院日でした。 この精神科の先生とは、もう、通い始めてから一年という事もあり、結構いろいろと話せる間柄になっていました。 そして、この医院では、皮膚科も併設されてると言う事で、今回、問診の流れの中で、ケムトレイル、モルジェロン症候群、そして闇の権力の存在の話を伝えてみました。 

 

 先生は、私が突然突拍子もない話をするので、びっくりしたようです。 また、どうにかして私の話を否定しようとしていました。 ケムトレイルというものが、米軍主導で、ナノ加工された様々な物質を空から散布されていたとして、モルジェロン症候群のようなものがあるのだとすれば、どうして、皆にその症状が出て来ないのか、また、どうして手のひらなどの露出された部分に症状が現れないのかと、すぐに反論され、なかなか理解してはもらえませんでした。 さすがに医師である故、科学的、実践的な根拠に乏しいものは、なかなか受け入れられないんだなと感じました。 私の説明もいまひとつになってしまいました。 問診を終えて、私はちょっとさびしく、悲しい気持ちになりました。 そしてそれは、先生も一緒だったと思います。 また、仮に理解してもらえたとしても、この、ケム話は、やはり、人を悲しくさせる話だな、と思いました。 ただ、今回の問診は何らかのきっかけにはなったかもしれません。 あなたはそんな事を考え、勉強していたのかと、先生は驚いていました。

 

 病院から帰って来て、先生との言葉のやりとりを思い返す中で、私はいくつかの気付きを得ました。 先生の言う、「どうして、皆にその症状が出て来ないのか」、これは実際、大いに興味深い事です。 こんなケム空の下でも、まったく気にもかけず、意識下に無く、症状も出ず、元気にしている人が実際にたくさんいるのです。 それはまるで、こんな現代なのに、鬱にもならず、元気に働いている人が確かにいるという事実となんだかオーバーラップしてきます。 ケムトレイルなど「ない」と思っている人は、その人の意識下に、そんなものは、まるごと無いのであって、そんなものなど無いままに、それはそれで日常の営みが淡々と行われている、という事実がある訳です。 今度また、先生と話をさせてもらえる時には、「それは、こんな時代なのに、何故、すべての人が鬱にならないのか、と言っているようなものですよ。」と、伝えようと思います。

 

 やはり、「ある」 と思えばある、「ない」 と思えばない、なのか・・・。 私は「病」に、引き寄せの法則のようなものを感じています。

 

 その翌日、2月5日には、休職させてもらっている会社に、診断書を提出するのと、現状の報告をしに私は行って来ました。 ここでも私は、やはり、この、治りの悪い皮膚病に悩まされている事を伝えました。 そして、「これから、とんでもない、とんちんかんな事を話し出すかも知れないけれど、そんな事も、まあ、あるかもなあ、くらいで聞いて下さい。」と、前置きさせてもらった上で、ケムトレイルやアメリカという国と日本の話をさせてもらいました。 上司とは付き合いが長い事もあり、それなりの信頼関係もできているので、落ち着いて、かなりの説得力をもってきっちりと伝える事ができたと思います。

 上司は、「そんな事があるのかぁ。 俺達は、お前みたいにそこまで深く物事考えないで普段の生活をして、毎日を生きているからなぁ。」と、言ってくれました。 そして、「そんな事もあるかもしれないが、お前も、現実の生活というものを考えていかなきゃいけないだろ。」、「傷病手当もそろそろ終わるわけだし、その先は生活保護もあるかもしれないが、お前はそういう生き方をしていくのか、それとも社会へ出て前向きに生きていくのか考えなきゃいけないだろう。」と、話してくれました。

 

 これは、とても示唆に富んだ話でした。 そうなんです。 ごくごく一般の方々は、ケムトレイルやお金による支配のカラクリ、仕組みの事など知る暇も余地も無く、日々の暮らしに追われてしまっているのが現状なんだな、と思いました。 ここでも、「ある」 と思えばある、「ない」 と思えばない、なんですよね。 「ない」 と思えば、「ない」 ままに、暮らしてはいけるのです。 かく言う私だって、ケムトレイルには気付いていたものの、1年前までは、生活に追われて、日々の仕事に追われて、あくせく働いていた訳ですから。

 

 非難を恐れず、あえて申し上げさせてもらいますが、私は、今のお金本位になってしまったこの世の中を、目先の景気を回復させようと、そして、私的な利益をあげようとがんばる事が、果たして前向きなのだろうか、と思う事がしょっちゅうあります。 立ち止まり、ひきこもり、一旦じっくりと考えて直してみる事と、どっちがいったい人類として前向きなんだろう、と。

  

 私は鬱という病にかかり、幸いな事に、いったんこの社会から距離を置く事が出来ました。 そして、その間、インターネットや書籍による情報をたくさん得る事ができました。 また、宇宙塾にも参加できたおかげで、しっかりとこの世の仕組みを観ずる事ができるようになりました。

 やはり、世の中とは、つながりながら生きていきたい。 こうして長い間篭ってみて、良く良く、しみじみと感じられる事は、やはり、最終的には人とのふれあいの中で生きていきたい、という事です。 再び社会に出て、地味でも人様の役に立つような、そしてそれをしっかり実感できる生き方をしていきたいと思っています。 お陰様で、今世この世における、新たな私なりの青写真は既に出来ております。

 

 今週末、ふと立ち寄ったいつものタバコ屋の親父さんが言っていた言葉です。

 

 「細かい事気にしないで、気持ち良く吸えばいいんだよ。」

 

 これまた考えさせられました。 真理だと思います。

 

 

 

 「ある」 と思えばある。 「ない」 と思えばない。

 

 そんな事を再び考えさせてもらった一週間でした。

 

 

 

 とは言え、ケムトレイルなど、これからの地球にはあってはならぬ事で、この世からなくなって欲しいと思っている事に、変りはありません。 ケムトレイルについては、これからも”横目”で、しかしながらしっかりと見て、情報発信をしていきたいと思います。 皆さん、最近、空が、世の中がなんだかおかしいな、と思う方は、ぜひ、右のサイドバーにある、「ケムトレイル・気象操作 掲示板」に立ち寄ってみて下さい。 そして、意見等、お寄せ下さい。

 

 長々と最後まで、この私の、訳のわからん世界の話にお付き合い下さった方には、本当に感謝致します。 今日の話題について、ご意見、感想などコメントを頂けるとうれしいです。 目に見えない世界を始めとして、森羅万象について共に語り合えたら本望です。

 

 これからも当ブログでは、私の目に映る「真実」を、伝え続けていきたいと思っています!

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 ありがとうございました。

 

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 なんだかヘンだ。

 

 こんにちは。 お元気ですか?

 こちらはどうも調子がおかしいです。 実は昨年12月に東京に戻ってきてからずっと調子が悪いんです。 9~12月は、鬱は回復基調にあったのですが、ここのところどうも何事も意欲が湧かず、世の中のほとんどの事を否定したい気持ち、ハッキリ言えば、終わらせてしまいたいような気持ちに覆われてしまっています。 いつも心の奥に妙な胸騒ぎのような感じがあって、それが収まりません。 そうかと思えば、だるさがやってきてぐったりしてしまう。 ぼ~っとしてなかなか物事に集中できず、メランコリー状態が続いています。 そして惰眠を繰り返してしまいます。 療養生活も、また一からやりなおしといった感じです。

 なるべく朝は早めの時間に起きるようにして、共有部分の掃除をしたり、散歩にもなるべく努めて出るようにはしています。 散歩も料理も掃除も、やるとそれなりに楽しいです。 この、楽しいと思えるのが救いだと思っています。 しかし、その先になかなか行けない。 そうこうしてるうちに何もかもがおっくうになってしまう。 否定的な気分に覆われてしまう。 そんな感じでしょうか。

 耳鳴りが結構頻繁に起きています。 多い日で、一日に5回程度でしょうか。 1回5~10秒程度続きます。 以前よりも低めの周波数のものも出てきました。 つい先日は、訳の解からぬ頭痛にまた苛まれてしまいました。 セルフヒーリングをして、ぐっすり寝たら治りました。 頭部の圧迫感は若干残っています。 

 また、原因不明の皮膚病に苛まれています。 もうすぐ一ヶ月ぐらいになります。 非常に治りが悪いです。

 腕や脚部、肩、腹部、そして腰周り。 非常に広範囲です。 なんなんでしょうか。

 

2009年1月2日 入浴後 撮影

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2009年1月15日 撮影

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2009年1月19日 入浴後 撮影

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 一日数回、痒くてたまらなくなる時があります。

 なにしろ原因がハッキリしないのと、治りが悪いのが不気味です。 風呂に入ると、ヒリヒリして痛いです。 腫れや痛み、痒みが治まり、その後の状態が良くなるので、今日は入浴後、塩をもみ込む荒療治をしました。 もちろん全身ジンジンと半端なく痛みが走り、ゾクゾクと震えも来ましたが、塩が体内の邪気を引き出して、戦ってくれているような気がしました。

 今回の発症は、昨年12月25日くらいからです。 食べ物が悪かったにしては、長引き過ぎです。 18日から23日まで、私は、やむを得ず、肉食をしたり化学物質の入った食事をしていました。 また、仕事も確かにハードでした。 化学肥料も多少吸い込むような事もあったかもしれません。 ですが、それにしては今回の皮膚病は長引きすぎのような気がします。

 今までも、仕事がきつい日が続き、疲れがたまっているのでは? と思われる時などにこのような症状になる事はありました。 内蔵機能が弱り、解毒が追いつかなくなることによるものだと思います。 歯周病というかたちであらわれる事もありました。 ですが、今までは、ここまで広範囲に皮膚病が拡がる事はありませんでした。 また、発症から1週間もあれば、大体、自然と治っていました。

 今回はどうも治りが悪すぎます。

 ケムトレイルによるものなのでしょうか。 モルジェロンでなければ良いのですが・・・。

 何となくですが、ここのところ、腸の機能も弱っている気がします。 ここ1ヶ月、便通が思わしくありません。 すぐに出てみたり、詰まってみたり・・・。 腎臓、肝臓などとともに、大腸の機能も解毒の重要なポイントだと思います。 なんとかしたいところです。 コーヒーによる腸内洗浄をまたやってみようと思います。 食事には気をつけ、糖分はなるべく採らないように気をつけています。 数年前までは毎日飲んでいたアルコールも、今は特別の日以外はやめています。 タバコもそろそろやめ時なのかな・・・。

 

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 今日の空は、一見、何となく合格と思ってしまいがちですが、とんでもありません。

 

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 おそらく、薄く撒かれています。 もしくは前日の残り、ないし、夜中の散布の残りではないかと思われます。 何らかの粒子状のものに、光がが反射して、私達の目に白っぽく映っているのです。 あえて断定はしません。

 今現在、頭部の圧迫感があり、目がしょぼしょぼしています。 あきらかにおかしいです。

 このような状況にでさえ、私は感謝しなければいけないのでしょうか。

 だとするならば、私は、この体に感謝したいです。

 痛みや痒みや出血を伴いながらも、懸命に体内の毒素や異物を外に出して、良くなろうとしてくれているこの体に。 目や耳や頭、そして内臓など、すべてが反応して何かを気付かせようとしてくれている事に。

 

 

 

 

 今、ここに感謝を。

 ここのところ、暗い記事が続いてしまっていますね。 ごめんなさい。

 

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 ここまでやられてしまっています。

 

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 こんばんは。 皆さん、お元気ですか?

 これが今日の空模様です。

 どう見てもおかしいですよね。 皆さんそろそろ気付いてください。 私はもう、ケムトレ記事は書きたくないんです。 こんなものとは一切関わりたくないんです。 しかし、こちらが関わりたくなくても、これほど巧妙、かつ大胆、そして大掛かりにやられてしまっていると、生きている限り、これらと関わらざるを得ない訳です。 私が死ねばよいのでしょうか? とんでもないです。 巻き添えは御免です。 戦争なんかアホらしい、と思っていても戦争に巻き込まれざるを得なかった人達の気持ちもきっと同じようなものなのではないでしょうか。 これは決して大げさな表現だとは思いません。 ケムトレイルの向こう側に、世界の人口を大幅に削減しようという意図があるのです。 パンデミック・フルーも同様の意図があります。 食の世界の戦略も同様です。 お金の流れを常に掌握し、人間を弱体化させ、奴隷のようにしておきたいという、あちら側の意図があるのです。

 戦争は、まさに、この事に絶大な効果があります。 

 あれよあれよという間に、人々は巧妙に企てられた戦争という愚行に足を踏み入れてしまいます。 経済が衰退、崩壊しつつある今、危機はすぐそこです。 私達は、もう、決して同じ過ちを繰り返してはならない。

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 世の中の空気に注目するならば、「年越し派遣村」に対する、心無い人々の反応はどうでしょう。 ここで、人心はきれいにふたつに分かれたと言っても良いでしょう。 自己責任と吐き捨てる事のできる人達の言葉にはどうしても相容れぬ違和感を覚える。 胸がつまる。 人を思いやるという、あたりまえの感覚が欠如してしまっているからだろうか。 ある種の哀れさを感じる。 でも同じ人間なんだ。 市場原理主義、新自由主義が人々の心をここまで蝕んでしまっているのか、と私は愕然としてしまった。 この人達は逆の立場に立たされたなら一体どのように身を処するのだろう。 この寒空のもと、なにも好き好んでなりたくて、ホームレスになった人などいないのではなかろうか。 帰る家の無い不安を想像してみよう。 腹を空かせながら頼るあてのない日々の繰り返しは如何ばかりか。 こんな時に右だ左だ言ってる場合ではないのではなかろうか。

 この何とも言えぬ不安感、無力感、侘しさ、貧しさ、緊張感の向こうにあるさびしさのようなものは、何も帰る家の無い人に限った事ではないのではないだろうか。  

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電磁波かな?

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 とにかく皆さん、気付いて下さい。 この世の中のおかしさ加減、危うさ加減、そしてそのからくりに・・・。 長いものに巻かれていたらこの先とんでもない事になるのは間違い無いでしょう。

 

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 1万円持っている人と100円しか持っていない人、どっちがすごい人でしょう? どっちが人として偉いでしょう? 

 という問いは、その問い自体がそもそもおかしいのです。

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 テストで100点取った人と10点しか取れなかった人、どちらが偉いでしょうか? どちらが人間として大切でしょうか?

 という問いも同様です。 問い自体がおかしいんです。 人は、いとも簡単に、数字に踊らされてしまうんです。 著しい視野狭窄に陥ってしまうのです。 これが、数字のマジックなんです。

 10点だった人は、生きる価値が無いのでしょうか? 消えてしまっていいのでしょうか? そんな事はないはずです。 いえ、それ以前に、そんな事、誰にも決められないはずなんです。

 その、誰にも決められないはずの問いを、この現在の貨幣経済による市場原理主義、競争社会は人に突きつけてしまうという決定的な欠点を持っているのです。

 100点とされている人も10点とされている人も、どうしたら互いに心地よく持続し、万物と共に生きられるかという命題に取り組むのが本来の政治の原点なのではないでしょうか。 この命題に、今こそ人間の叡智を注ぎましょう。

 

 以前から申し上げていますが、私達人間は、その行動を見直す時が来ていると思います。 世の中甘くないんだ。 食べていかなきゃいけないから、嫌な事でもやらなきゃいけないし、人にも言ってきかせなきゃいけないんだ、などというあたりから、考え直してみませんか。 この時点で私達は既に何者かに踊らされてしまっているのではないでしょうか。 そして、できれば、人間の営みの根本までさかのぼって共に考え直してみませんか。 世の中変えていきませんか。 「なぜこうなってしまったのだろう?」 と、素朴に疑問を持つことからそれは始まると思います。  案外、人は、大きなものに対しては、それに疑問を持ち、おかしさに気付くという事をしないものです。

 政治も環境も食も医療も、巨大な”虚”が大手を振ってまかり通っています。 圧倒的に多勢であるはずの私達一般市民ひとりひとりが真理に気付き、真実を見通す目を持って、今、目の前に拡がる世界をそれぞれのまなざしで見つめ、この巨大な”虚”を取り囲む事ができたならば、世界はひとつの終わりを告げて反転し、新しき時代の扉が開かれ行くものと私は信じています。

 

 

 

 最後まで読んでくれてありがとうございます。 感謝致します。

 

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 これが、ケムの無い、自然な空です。 ちょっとガスってますが、まあ合格。

 私達が本気で望めば、きっと、もっときれいな、わくわくする空にできると思います。

 

 

  

 今、ここに感謝を。

 ありがとうございました。

 

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 言葉にならぬ想い達がつながって・・・。

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 帰ってきました~。

 

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 今回受け入れて下さったのは、群馬県は伊勢崎市の農業法人、 「あずま産直ねっと」 さんです。

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 とてもきれいな宿舎でした。 この環境なら私には充分過ぎる程です。 私が今、東京で住んでいる部屋より広く、天井が高い(笑)!

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 ミニトマトやいちごなど、ハウス栽培を大々的にされていました。

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 播種から2ヶ月弱経過したミニトマトの苗です。 ここからさらにポットに植え替えていくようです。

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 トマトの苗を植える土造り(培土)の模様です。 会長の松村さんは、この工程をとても大切にされていました。 神聖なひとときでした。

---  ◆◆  ---  ◆◆  ---

 今回は2度目の研修体験でしたが、有難い事に、またまたとてもこの記事では語りつくせぬ多くのものを私は受け取らさせて頂きました。 農を共有し、魂が触れ合った6日間。 言葉ではなく、言葉にならぬそれぞれの思いがつながって、この世界はまわっている、という事を実感致しました。 なにしろ受け入れてくれた松村夫妻がはじめからおわりまでとても温かかった。 本当に感謝。 ちょっとした鬱や人間不信なら、ここに来ればいっぱつで治ってしまうのではないだろうか。 

 帰り際にわざわざ会食の席を設けて頂いて、いろいろお話をしながらいっしょに食事をさせてもらった時に、「電車賃だから・・・」と、松村会長が言葉少なに胸のポケットから差し出された封筒に、私は驚いてしまった。 まったく考えていなかった事だからだ。 じん、と心が熱くなった。 まるで質の低いゲームのように、人の心を分断する危険性を孕んだお金というものを今までちょっと嫌っていた私だが、このお金だけは、本物のお金だった・・・。 

 12時間以上に及ぶ、日々の作業ははっきり言って楽なものではありません。 ですが、それを補って余りある充実感が確かにありました。

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 東京に戻ってきて、再び雑踏を歩く中で、私は私自身の心が変化している事に気がつきました。 

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 私の心は今、開かれつつあります。

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 それは、鬱を受け入れ、超える過程で、さまざまな気付き、出会いがあり、

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 この許された私の人生の中に、

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 明確な目標を見出す事が出来たからかもしれません。 

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 大筋において、もう迷う事はないでしょう。

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 今までの私の人生のすべては、

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 今、ここに至るまでに必要だった事。

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メリー・クリスマス!

 

 後日、私から「あずま産直ねっと」さんへ宛てた、感謝のメールです。 

 
 
    ☆☆☆☆☆    あずま産直ねっとの皆様へ    ☆☆☆☆☆
 
 
 
 お元気ですか?

 おかげ様で、23日午後6時頃、無事に東京へと戻る事ができました事を此処にご報
告申し上げます。
 
 あずま産直ねっとさんでの研修体験の6日間は、鬱からの回復も含めた、私の人生に
おける大きな転換点にあって、とても意義深いものとなりました。
 
 日々の作業のみに留まらず、出会いから別れまで、体験期間中の全ての事が、振り返
れば素晴らしく、まるで水を吸い上げるスポンジが如く、良き糧となって吸収されて、
今の私に息づいています。 眼を閉じれば今もなお、赤城山の麓、皆さんとのふれあい
の様々な光景のひとつひとつがめくるめく蘇って止みません。
 
 例えば、ネギの調整、箱詰め作業一つをとってみても、商品として流通され、お客様
の手に取られる以前においてどれほどの人たちの思い、大地とのつながり、そして労苦
が込められているものかをしっかりと体感する事ができました。 あの、ネギの香りを
嗅げば、畑の土と皆さんの顔と出荷場での光景をこれからも思い出す事と思います。
 
 かぶの収穫から洗いまでの体験においては、資本主義、貨幣経済下の現在の日本にお
ける農”業”というものをまざまざと経験の中で味わう事となりました。 ひとつひと
つのかぶさんとお話するかのようにゆっくりと作業をしている私を見て、「もっと急い
で、手際良く! ・・・3本100円にしかならないのよ! 考えてみて・・・」と、
あえて心を鬼にして叱咤してくれたスミさんの悲痛な叫びの中に、私は農業の現実の一
面を実感すると共に、とても深く考えさせられました。 これでは大量生産の工業製品
と一緒じゃないか!という何とも言えない苦い感覚を覚えました(私は印刷業や車体製
造工場で働いていた事もあります)。

 ひとつの”いのち”を軽視せざるを得ない現状、風潮は、私が15年勤め上げてきた
運送業界に於いてもまさにそうであるし、医療現場、食品業界等、見回してみれば現代
の社会自体が抱える問題点ではないかと思われます。 本当の豊かさとは何か、一人一
人が立ち止まって考え直すべき時が来ていると思います。

 まあ、ですが、そうやって深刻に考える前に、待っているお客さんの事や一緒に働く
皆の事を思えば、単純に、私自身の作業全体のスピードを早める事は大事だな、と思い
ました。 思いやりを忘れず丁寧に、かつ、速く、美しく。 私の大事な課題でありま
す。 皆さんの手際の良さを見習いたいと思いました。 もっとうまくなりたいな~(
笑)。
 
 疲れも峠を越えた最終日は、とても気力の充実した一日になりました。 松村夫妻に
食事の席を設けてもらった時には緊張してうまく伝えられませんでしたが、この日の培
土の作業は、あるいは一番興味深く、楽しい作業だったかもしれません。 宮下さんや
高瀬さんに教えてもらいながら一緒に作業をさせてもらう中で、酒蔵の仕込みと同じよ
うな神聖さを共感させてもらえたのはとても大きな収穫でした。 作物の元気な生育に
は、諸条件があるものと思われますが、土への想いを教えてもらえたのはとても嬉しか
ったです。
 
 現代社会に傷つき、孤独を味わい、翻弄され、希望を失いかけていた、何処の馬の骨
ともわからぬ新顔の私を分け隔てなく扱ってくれた皆様に本当に感謝致します。 ハウ
スや圃場や出荷場での休憩時間の和気あいあいとした自然な皆さんの顔が思い出されま
す。 食事の時間も思い出されます。 感謝致します。 そしてそれを大きく包む松村
夫妻のうまく言葉にできぬ人間くさい優しさと温かな思いはしっかりと私に伝わってき
ました。 農業ってほんとにいいですね! おかげさまで、私はこの国、人々の営みを
想い、あらためて好きになりました。 大地に根付き、いのちを見つめ、農から人々を
支えて生きたいという志を更に強くするに至りました。 きつかったにもかかわらず、
こういう気持ちになれているという事は、もう、この気持ちは本物だと思います。
 
 今の時点で正式にそちらを研修先として決定し、お願いするかどうかをお伝えする事
は残念ながらできませんが、もし、決意した際にはあらためて引越しの日取り等、相談
の連絡を差し上げる事になるかと思います。 どうか、その時はよろしくお願い致しま
す。
 
 
 皆さん、本当に、ありがとうございました。
 
 お体には、くれぐれも気をつけて。

 お元気で・・・。
 
 
 
                原 康彦

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 今、ここに感謝を。

 ありがとうございました。

 

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 またまた農業体験、行ってきます!

 

 こんばんは。 お元気ですか?

 また、更新が滞ってしまいました。 その間もチェックしてくれていた人達には、本当に感謝を申し上げたいと思います。

 10月の初めての農業の体験以来、東京に戻ってきて、私は多少の記事の更新こそすれ、実はずっとダウン気味の日々を過ごしておりました。 どうも、今いる環境が、もはや、この私には合っていないようです。

 さて、よく人は、「自分の意思」などと言いますが、それはどの位まで自分を掘り下げて言っているのでしょうか。 私には良くわからなくなって参りました。 鬱・ひきこもり状態というものは、その生態こそだらしのない状態ではあるものの、精神面においては、まるで修行僧のようなもので、体が動かない分だけ、嫌というほど、日々、「自分」というものと真摯に向き合わざるを得ない生活が続きます。 私はこのような療養生活を1年間繰り返してきました。 そんな中で、「自分の意思」というものを深く掘り下げれば掘り下げるほど、私は、”「自分」以外の存在”を感じずにはいられなくなりました。 その、”「自分」以外の存在”が何であるかは、私には今はまだよくわかりませんが、それが、今の私の正直な感覚なんです。 まるで何かに導かれているかのようなんです。

 皆さん、突然ですが、明日、また私は農業体験に行って参ります。 今度は群馬県の”あずま産直ねっと”さんです。

 今回は、前回とは違い、少々鬱々とした重い気分の中での出発となります。 面倒くさい気持ちも正直あります。 そんなものですから、今回はいったいどんな事になるのやらさっぱりわかりませんが、こんな私を受け入れてみようと思ってくれている人がいると言う事をとても有難く思っています。

 真実を知りたがる性癖ゆえに、今の世の中に、ほぼ希望を見出せなくなっている私が、唯一希望のようなものを感じる事ができるフィールドが植物たちの世界であり、農の世界なんです。 いつもいのちを見つめていたい。 そしてそれを支え、育む、極々まっとうな人になりたい。 人を悲しませる人ではなく、喜んでもらえる人になりたい。 しかめっ面じゃなく、あまねく人の笑顔が見たい。 私は今、そんな気持ちなんです。

 では、行って参ります。  皆さん、どうかお元気で。  なにしろ生きて下さい。

 この人類の大禊の時を何とか生き抜いて下さい。

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 ありがとうございます。

 

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 一粒の種子(たね)。

 

 (今日の記事は鬱関連記事です。) 

 

 

 あなたは種子。 一粒の種子。

 

 あなたがこの世に合わせようとして、

 本来のあなたと違う事ばかりしようとしているので、

 見るに見かねて、

 神の手によって拾い上げられた一粒の種子。

 だから、

 嫌な事ばかり考えてしまう自分を責めてはいけないよ。

 

 

 あなたは種子。 一粒の種子。

 

 今度は何処で生きようか、

 誰とも違う、あなたの道を、

 

 わた毛の傘につかまって・・・、

 風に吹かれて ス~イスイ。

 

 だから、

 この世を責めてはいけないよ。

 

 

 あなたは種子。 一粒の種子。

 

 芽吹くその日を窺って、絶好の時が訪れるまで、

 暗く、重~い土の中、

 じっと待ってる一粒の種子。

 だから、

 部屋を出られぬ自分を責めてはいけないよ。

 起き上がれぬ自分を責めてはいけないよ。

 太陽に背く自分を責めてはいけないよ。

 

 

 誰も責めてはいけないよ。

 

 

 種子には適度な暗闇が必要なんだもの。

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を。

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 やっぱり掃除は気持ちがいい!

 

 こんにちは。 お元気ですか?

 

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 彼らは、今日もやってくれています。 一日一善ならぬ一日一ケムでしょうか。 まったくご苦労様なことですね。 そんなに私達を貶めたいのでしょうか。

 まあ、ケム話は今日はこれくらいで。   気を取り直して・・。

 

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 今日は2週間に一度の通院日でした。 病院に行く前にちょっと私用で外出しようと自宅マンションの階段を、1階の共用部分まで降りたところ、落ち葉やほこりやゴミでちらかっていたんです。 まあ、恥ずかしながらいつもの事(!)で、いつもならば、気にしながらもそのまま出かけてしまう(!)のですが、今日はなんだか気になってしまい、自分からすすんで掃き掃除をしました。

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 まあ、以前から、郵便受けのところが、勧誘やその他もろもろのチラシ等でちらかっているな、と思った時などは、人知れず拾って持ち帰り、自宅で捨てたりはしていたのですが、私は、恥ずかしながら、10年ここに住んでいて、一度も共用部分の掃き掃除をした事が無かったのです(!)。

 3階部分に管理人で大家さんのおじいちゃんが住んでいて、このおじいちゃんが大体の事はやってくれていたので、皆、それが当たり前、というか、それに甘えるような感じだったんです。

 そのおじいちゃんも御高齢で、体調を崩されているようで、最近とんと見かけなくなってしまい、どうしてるのかな~、と思ってはいたんです。 おそらく今は、3階部分には住んでおらず、娘さん家族のところで療養しているのかもしれません。 元気なときは、たまには遊びにきなさいよ、なんて、話しかけてくれる、いいおじいちゃんで、私の友人が突然車で訪ねてきたりした時には、車を一晩停めさせてもらったり、マンションの蛍光灯のつけかえを手伝ったり、大きな廃棄物の処分を手伝ったりと、とてもいい付き合いをしていました。

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 まあ、そんなこんなの事情がありつつの今日な訳なんですが、掃除をして綺麗になると、やっぱり気持ちがいいものですね。 また、義務じゃない感じがとてもイイんですね。 これが持ち回りの当番制なんかになると今日のこの気分は味わえないと思うんです。 気付いた時に気付いた人が・・・、という感じがとても良いな、と思うんです。 そして、たまたま目に付き、手の届く所に箒とちりとりがあって・・・、という様なこの感じ。 これがイイんですね。 御大層な場所に、これまた御立派な箒とちりとりがしっかりと御偉い様に管理されていたならば、こうはいかない。 素直で素朴な気持ちも捻じ曲がってしまうというものです。 今日私が言いたかったのはこの事なんです。

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 なんの縛りも無い中で、自然に、自発的に奉仕したい気持ちが出てきた時に、たまたまそれをフォローするものを、何となく人とのつながりの中で見つける事が出来て、それぞれがそれぞれのスタイルで行う事ができる。 そして、その行いが、さりげなく、人知れず、人の役に立っている。 そこ(自発的奉仕)を基準に人と人とがつながり、ひろがっていく・・・。

 

 言わせてください。

 

 

 

 そんな状況を現代に見出すのが、私の

 

 

 浪漫だ~!!!

 

 

 

 干渉するでもなく、かといって放って置く訳でもなく・・・。 そんな、絶妙な距離感。

 決して効率的ではないが、そんな世の中になって欲しい。 求めず、与える事が誰からともなく始まり、連鎖し続ける世の中・・・。

 今の日本は、効率、成果主義で廻り、廻らされ過ぎていると思うんです。 皆が本来持っている、与えたい気持ちが、疲弊してしまっているのではないでしょうか。

 値踏みと駆け引きの中で、はたらく、という本来の意味を見失っているのではないでしょうか。

 人が、はたらく、という事は全て等しく尊い事で、本来、値踏みするような次元のものではないと私は考えています。 「労働に対する対価」、などと言いますが、私は「労働」という言葉も、「対価」という言葉も人間にとって、本来、無用のものであると思っています。

 結局、私の考えはここに落ち着いてしまうのです。 それは、「自給自足を基礎とする、無償奉仕の有機的不規則連鎖社会」 なんです。

 そうです。 夢は、貨幣制度の撤廃です。

 

 

 

 

 ご清聴ありがとうございました。

 

 今、ここに感謝を!

 

 

 

 

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 地域活動支援センターに行ってきました。

 

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 今日は、「相談支援事業・地域活動支援センター、ライフサポートMEW」という所に行って来ました。

 相談支援事業・地域活動支援センターライフサポートMEWは、精神障害を持つ方々が住み慣れた地域で自分らしくのびのびと、そして多くの人と共に暮らせるように応援する場です、との事で、NPOとして活動されているようです。(HPはこちら→http://www5e.biglobe.ne.jp/~sapo-mew/) 

 先日、いつものかかりつけのS医院を受診した際に主治医の先生に、こんな所があるみたいだから行ってみたらどうですか、と勧められたのがきっかけです。 私も日中はいつものお気に入りのI公園の散歩や図書館の他、特に行き場がないのが現状で(お金があれば整体を学びたいのですが・・・、誰か出世払いという事でタダで教えてくれないかな・・・。) 、ひとり部屋に篭っているとまた余計に重くなって自分にとって良くないと思っていたのです。 まあ、一度はのぞいてみるのもいいかなと思い、なんでも経験、という事で、先方に連絡を入れ、行ってみました。

 そこは、とあるマンションの一室で、部屋を仕切る壁が取り払われたような感じになっていて、皆で食事ができるキッチンスペースがあったり、ソファーでくつろげる場所があったり、ちゃぶ台にテレビやビデオでゆったりできる場所があったり、パソコンスペース、ベッドなども置いてあり、その中で、めいめいが好きなように過ごせるようになっていました。 その他浴室、トイレはもちろん、壁を隔てて喫煙スペースもありました。 いくつかの決まり事の他は一切縛りは無く、会員さんは好きな時間にそこを訪れ、自由に過ごし、好きな時間に帰る、と言った感じです。 

 曜日によって、はた織り教室、パソコン教室、英会話教室等、ボランティアの方を招いての各種教室(もちろん無料)が開かれており、好きな講座を予約をして好きな時に受ける事ができます。 また、週2日、有料(380円)ではありますが、栄養士さんによる夕食サービスもあり、しっかりとご飯を頂く事ができます。 また、希望者みんなで役割分担をしてのカレーの日なんかもあります。

 事務作業などや食事の支度などをしながら、常に5人のサポーターの方がそこにはおり、カウンセリング等、相談したい事があれば、別室にて、いつでも可能になっていました。 茶話会やミーティング、学習討論会、サポーター養成講座等から、自発的かつ自治的な基礎で運営がなされているようです。 

 

 と、まあ、初日でわかった事はここまで。 初日という事で、最初は身の置き場に少し困りましたが、テレビのところでくつろいでいたら、二人の方が声を掛けてきてくれました。 二人とも20代で、私より若かったのですが、どちらも私より重度と思われ、それぞれ症状が違っていて、うつの他に強迫神経症など複数の症状を患っている事など話してくれました。 現在飲んでいる薬の話や仕事の話、休職の期間、復帰の事などを話しました。 一人の方が、この病をわかっている人と話ができるのがとてもいいと、神経症の体を震わせながら心の底から語ってくれました。 途中から横になり始め、ひとしきり話が終わると最後には3人とも閉館の時間の19時30分まで、たまに一言二言、言葉を交わしたか交わさないかという感じで、横になっていました。

 

 また行くかどうか、会員になるか、はたまたサポーターになるかどうかはまだわかりませんが、こういうスペース、”場”があるということはとても良い事だな、と思いました。

 

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 本棚の本があまり充実してなかったので、こんな本でも置いてこようかな・・・。

 

 

 

 今、ここに感謝を。

 ありがとうございました。

 

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 サンポマスター?

 

 皆さん、こんばんは。 お元気ですか? 前回の記事をUPして以来、当ブログへのアクセス数が減ってしまいました。 どうやら皆さんが望んでおられるものとのギャップができてしまったのかも・・・。 ちょっと心配です。 しかしながらこのブログは、あくまでも日記ブログなのであります。 人生初体験の鬱を患ってからの足取りを皆さんに伝えていけたら、と思っています。 なんとなく読者のことも感じながら・・・。 どうかご了承下さい。 これからも応援よろしくお願い致します。

 さて、サンポマスターと題しまして、今回は、私の最近の動向をお伝えいたいと思います。

 

             サンボマスター   Very special !!

 

 なかなかいいですね・・・。 って、音楽の話じゃないんですっ。 今日はっ。

 

 最近、私の鬱はお陰様で回復期に入りだしたようなんです。 なんとなく自分の内側からグルグル、ゴロゴロ、ブクブク、といいながらエネルギーが沸き立っている事を感じずにはいられないのです。 そう、種から芽が出てくる直前の様な感じとでも言うか、竹が節目の部分を終えて再び成長しはじめる直前とでも言いますか、マグマがいよいよ動きはじめたか、と言う感じなんです。 今までは、気力も希望も無く、家で、ほとんど寝ているだけで、何ということも無かったのですが、ここのところ、「退屈だ」、という感覚を覚えるようになってきたのです。 家にずっと篭っている事が苦痛になってきたのです。 家に篭って退屈を感じる事は、普通の人にとっては当たり前の感覚なのでしょうが、鬱だった私にとって、これはものすごい変化なのです! 「もう、いてもたってもいられない!」という感じなんです。

 それで最近、散歩を始めたんです。 (サンポ→散歩。そういう事かい(笑)!)

 家を出るのが・・・、いや、ふとんから起き上がる事すら出来なかったり、嫌だったりした私が、みずからの足で立って、表へ出て、みずから歩き始める。 信じられない事なんです。 元々の人間の持つ生命力の凄さを感じています。

 狂ってしまっている私の睡眠リズムを、意識的に(←ここが大事)地球のリズム、そして一般社会のリズムに合わせようとする試みも始めました。 日の出と共に目覚めるという事。 そしてそれなりの時間に寝るという事。 これが結構つらいんです。 まあ、いきなりあまり無理をせずに、失敗したときは自分を責めずに試行していきたいと思っています。 健常な、普通の人からすると、何言ってんだ、何甘えてるんだ、という感じかもしれませんがね。 まあ、気にせず、一歩一歩です。 わかる人にはわかると思います。

 

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 朝、早い時間に意識的に目覚め、屋上に行って、体をさらす(残念ながら、私の部屋は朝日が入らないのです)。 こうして体内時計のリセットを試み始めました。 体がいう事を聞かず、時間がかかる日もあります。 具合が悪い日もありますが、回復期なのでちょっと自分に厳しくし始めています。 しばらくすると、大丈夫になってきます。

 朝日に向かいながら、両手を大きく広げ、円を描くように動かしながら何度もゆっくりと深呼吸をして、太陽のエネルギーを全身に浴び、受け取ります。 同時に体を上下に振動させたり、揺らしたり、左右交互に回転させながら心身の浄化も試みます。 

 きれいになったと感じることができたら、今度はしばらく両手振り運動で調子を整えて力を蓄えていきます。 これは船井幸雄さんもやっている健康法です。 なかなか良いと思います。 フォーグという補助器具はちょっと高すぎると思いますが・・・(笑)。 

 そろそろ良いな、と感じたら、次はつま先を離さずにその場で足踏みをします。 かかとが地面につく時に、大地をイメージし、感じながら、尾骨のちょっと上にある、手のひら大の「仙骨」と言う部分に意識をもっていき、その響きを感じ取りながら行います。 これは私がMRTという無痛仙骨療法を展開している治良院と出会って、最近始めた健康法です。 肉体のみならず、精神にも効いてくる様です。 散歩もその延長上にあります。 歩くことで仙骨のバイブレーションが上がり、体が整っていくようです。 考えてみれば、二本足で歩くことは、人間だけが持つ、人間の大事な基本動作のひとつですよね。

 余裕がある時は、これに加えてさらに四股を踏みます。 そうです。 お相撲さんがやる、あれです。 これは、私が鬱になる以前に、ジョギングが終わってからたまにやっていました。 四股が決まると、本当に気持ちいいですよ~(笑)。

 なんだか健康オタクのブログみたいになっていますが(笑)、それぞれの動作はとても簡単なものばかりです(四股はちょっと難しいですが)。 体と話をしながら気楽に楽しんでみて下さい。 そして極めようとすると、とても奥が深いんです。 おすすめしますよ!

 

 さて、気分も良く、散歩のはじまりです。

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 なんでもない道端の花ですが、ふと、目に留まりました。 きれいでした。

 

 ここからは、写真をたくさんのせていこうと思います。

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 水や土や緑に、心が癒されます。

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 かもさん発見です。

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 「よし、よし。」 などといいながら、さらに歩きます。

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 ふと、一本の木に目が留まったりします。

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 この木肌がたまらなく好きだったりします。 気が合うと、抱きついたりしてます。 多分かなり変な人でしょう。

 

 こうして、私は、散歩を始めました。

 

 

 なんていうか、歩けるって事が、それだけでうれしい・・・。

 この健康に感謝したいです。

 

 

 今回は、この辺で。

 

 サンポマスター、続編をお楽しみに!

 

 

 

 今、ここに感謝を。

 ありがとうございました。

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 お元気ですか?

 

 

       みなさんお元気ですか?

 

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Cocolog_oekaki_2008_09_08_02_09

 ココログにお絵かき機能が追加されました。

 

 で・・・。

 

 

 さっそく試してみました。

 

 

 まあ、こんな感じで・・・、 どうでしょう?

 

 あぁ、眠れない・・・。

 

 

 あぁ、もう朝の3時・・・。

 働いていた頃は、もう、弁当を詰めて、家を出ていた時間だ。

 

 

 

 以上です・・・。

 

 

 ありがとうございました!

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 

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 ひとりごと。 ~今が最高。

 

 

 当ったり前の事なんだけれど、

 

 休職する事になって、病院行って、

 鬱だと解って、

 こうして療養中だからこそ、

 いろんな事を考えていられるんだよな。

 

 最近はきつくて・・・

 まるで独房にいるみたい。

 来る日も来る日も、

 金銭事情を発端とする禁欲と・・

 これでもか、これでもか、と自問自答の毎日。

 「咳をしても一人・・・。」

 そんな感じの日々なんだ。

 頭がいっぱいいっぱいで、時に気が狂いそうになる。

 まったくいやになっちゃう。

 体は突然言うこと聞かなくなるし・・・。

 でも、

 

 これからの事。 これまでの事。

 こんなにも自分を深く問い詰め、

 これでもか、と言わんばかりに突き詰め、

 内側のわたしと話が出来る時って

 これからの人生の中にあるのかな?

 少なくとも、

 これまでの人生に於いては無かった。

 

 って思ったら、

 

 なんだかラッキーなんじゃないか!

 って思えてきた。

 いやいや、そんな軽いもんじゃなくて、

 

 感謝感謝。

 本当にやたらめったらにあるものではないな・・・。 

 って思うようになってきたんだ。

 

 いやいや、やっぱりラッキーなんだ。

 ついてるよ。 これは! 

 いやあ~、不思議!

 

 そう考えてみると、

 やっぱり、

 今が最高なんだ。 ベストなんだよなあ。

 

 なんなんだろう。 この感じ。

 とっても不思議~!

 

 

 ありがとうございます。

 ありがとうございますだよなあ。

 感謝、感謝。

 

 ちょっと畏怖を感じるくらいなのであります。

 

 

 このあと、自分の身の回りの空間、部屋にあるものひとつひとつすべてに感謝を伝えて歩いて回ったら、心が落ち着き、部屋の照明がだんぜん明るく感じられるようになりました。 まるで、私の念いをお返ししてくれているようです。 ありがとう。

 睡眠薬が効いてきたせいもあるのか、今、とても良い気分です。 あしたもこの調子である事をのぞみます。 皆々様におかれましては、どうか良い夢を・・・。 ありがとうございました。 おやすみなさい・・・。 

 

 今、ここに感謝をconfident

 ありがとうございます!

 

 

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 ありがとう。

 

 

 生きてるだけで、ありがたい。 生きてるだけで、ありがたい。

 とりあえず、

 

 食べられるお金があって、ありがたい。 食べられるお金があって、ありがたい。

 これはほんとうにありがたい。

 なによりも、

 

 一膳のごはんが食べれる、ありがとう。 ごはんが食べれる、ありがとう。

 苦しいけれど、

 

 息をしている、ありがとう。 息をしている、ありがとう。

 締め付けられそうだ、でも、

 

 脈を打ってる、ありがとう。 落ち着けよ。 大丈夫。

 

 ありがとう。 ありがとう。

 今日もこうして、不安だけれど、

 

 夢を見ている、ありがとう。 夢が見れてる、ありがとう。

 

 すべての事が、最善、最良。 すべての事は、今が最高。

 痛みがあるけど、

 

 今が最高。 今が最高。

 すべての事は、今が最高。

 

 

 ありがとう。 ありがとう。 ありがとう。 ありがとう。

 

 ありがとう。 ありがとう。 ありがとう。 ありがとう。

 

 

 

 

 きっと回復期の不安を伴った心の大きな揺れだろう。

 正直、今が一番つらい。

 でも、

 この鬱には負けない。

 すべてを受け入れて進む。

 

 

 今、ここに感謝をsun

 ありがとうございます。

 

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 たった一枚の空ダンボールだけど、

 

 今、私の銀行預金口座に入っているお金は、438円だ。 手持ちがあと2万ちょっとだ。 まさに赤貧、カツカツである。 これで月末か、来月月初か、中旬に入るかわからない18万の傷病手当までやり過ごさなければならないのである。 光熱費、電話代などの支払いがこれからどどっとやってくる。 家賃もこれからだ。 助けてくれ~。

 今日の私は、うつの晴れ間か、昨日、精神科に新たに処方にしてもらったパキシルとハルシオンが効いているのか、珍しく朝からまずまずの好調だ。 あの、どうしようもないだるさも無ければ、いつも心や頭に覆いかぶさる、黒く重い”もやもや”も無い。 有り難い。 生きている、というだけなのに、どことなく感謝の気持ちも湧いてくる。 こんな日は、なんとなく外出も可能だし、心地良く歩く事ができる。 しかしこれが、普通のまともな人間だろう。 鬱とお友達になる前は、私だってそうだったのだ。 いつもこうなら良いのだが・・・。 

 実は、私は今、ネットオークションに出品中なんです。 もう使わない、いらなくなったものを無駄にしないため、そして、もちろん、お金の事もある。

 

 ★ソニー・プレーステーション★おまけ多数!★ジャンク扱い★

 http://page16.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/u27741903

 ★任天堂 スーパーファミコン★おまけ付き★

 http://page18.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/w28002350

 

 おかげ様で2点とも落札されました。 ありがとうございます。 (8月19日追記)

 

 たいしたお金にはならないのはわかっている。 ただ、なるべく物が循環してくれるとうれしい。 欲しい、という人がいるのなら、その人のところに廻って欲しい・・・。 そんな気持ちのオークションなんです。 これが、高価なものなら、また、心持ちも違うのかもしれないけれども・・・。

 今日は、落札された時の発送の為のダンボールと布のガムテープ、あと、オークションとは関係のない単三乾電池を求めに外出しました。

 私は、近所にある西友に向かいました。 てくてくと歩く調子も、力むわけでもなく、だるいわけでもなく、とても好調! すれ違う人の顔を見ても、ぜんぜん嫌な感じがしない! この感覚だ! これぞ中道の歩みだ。 こんな当たり前の事が、私はできないでいたのだ。 それを今は、まざまざと感じる事ができる。 これも、鬱のおかげか。 今までの私は、かなり力んで歩いていたと思う。 よそ行きの歩みというか、戦闘態勢というべきか、基本的に人間不信で、今、という時を受け入れる事ができず、シャッターを閉めぎみに、目線は低く、なるべく周りを見ないようにして、攻めるようにして、逃げるようにして歩きがちだった。 真逆にノーガードを装って、ふざけ半分で歩いていた若い頃も思い出される・・・。

 6階にある100円ショップで、ガムテープと乾電池は手に入れた。 210円也。 しかし、ダンボールが置いていない。 私は、4階の日用品売り場に向かった。 めぼしいサイズ(中)のダンボールは値札を見ると378円。 378円もするのだ・・・。 末端までくると、たかがダンボールと言えども、こんな価格になってしまうのだ。 あっ。 こんな言い方では、ダンボールに失礼か・・・。 ごめんな、ダンボール。 嗚呼、高きかな、ダンボール。

 良く見るとその378円のダンボール。 在庫が切れている。 馬鹿でかいサイズのものが沢山売れ残っているのみなのだ。

 さて、困った。 どうしようか。 とりあえず店員さんに聞いてみた。 伺いながら、私は、私の話し方が以前とは違ってやわらかく、落ち着いて、丁寧になっている事に気が付いていた。 それは見せ掛けの丁寧さではなく、本意からくるものだ。 怯えというか、畏怖の念というか・・・。 こんな時に、こんな気持ちを表す言葉が日本語にはきちんと用意されているのだ。 「すみません」、「恐れ入ります」、というやつである。 日本語って素晴らしい。 日本って素晴らしい。 ずっと篭りっきりで、孤独で、悩み苦しんでいたせいだろう。 ただ、こうして人と会って顔を合わせて、意思が通じ合い、話ができるだけで嬉しいのだ。 魂がわくわくと喜んでいるのがわかる。 向こうにしてみれば、いつもの事だし、なんだこの人は? といった感じではあろうが・・・。

 在庫はない、との事だった。 残念。 さあ、どうしようか。 私は裏口にもう使わなくなって処分されるダンボールがあるのでは? と踏んだ。

 即、聞いてみた。 下の階の売り場にあるかもしれないとの事だった。 私は一階のサービスカウンターへ向かった。 おばさんだったが、少し疲れているようだった。 対応があからさまに面倒くさそうなのがわかる。 こんな小さな事でも、私の心は傷つくのだ。 でも、私は別に気にしなかった。 今は、目的の方が大切。 そのようにすばやく心を切り替えた。 地下の食料品売り場に行けばあるという。 私はそちらに向かった。

 確かに見つけた。 だが、そこにはペットボトル6本が入っていたであろう小さなダンボールがカートに沢山積まれていたのみだった。 

 残念。 これでは小さすぎる。 そばにいた店員さんにもっと大きいサイズのものはないか聞いてみたが、申し訳ありません、との事だった。 この店員さんの応対はとても良かった。 マスクをした、目がきらきらした小柄な女性だった。 マスクをせねばならない何か事情があるのだろう。 ご苦労様です、ありがとうございます。 心から言葉が出た。

 さあ、どうしよう。 西友では手に入らなかった。 また出直そうか。 いや、他で買えばいいじゃないかと迷った。

 結局、他もあたってみよう。 そんな気になった。 その時点で、私は、なんでもお金で済ませればいいんだ、と思っていた自分に気が付き、恥じた。 空ダンボール一枚に378円。 なんという無駄遣いだろう。 

 次にドラッグストアーへ向かった。 若くてかわいい、ちっちゃいおねえさんが裏口の場所を教えてくれた。 はにかんだ笑顔が、とても印象的で、初々しかった。 心地良い。 

 裏口へ回ると、バケツを灰皿にして体育ずわりで休憩をとっていたお兄さんがいた。 これまた丁重に伺ってみた。 この弱い私が、本当の私だ。 今までの私は、これをありのままに表現できなかった。 自分は今、精神の病人である。 ありのままの心を偽ったり、誇張したりする余裕などないのである。 お分かり頂けるだろうか。 声もか弱いものであったろうが、もはや、恥もつまらない外聞もないのである。

 休憩中にもかかわらず、しっかりと応対してくれた。 あるにはあるんだけど、ちょっと前に降った通り雨のせいで濡れちゃってるんですよね、との事。 私は青いビニールシートの掛かったカートを確認させてもらった。 さほど濡れてはいない。 ちょうどいい大きさの物が無いかと話しかけ探していると、さきほどのお兄さんが更に、濡れてしまっている事を強調してきた。 それは無理だよ、といった感じだ。 面倒くさいのかもしれない。 そりゃそうだろうな。 休憩時間だし。 せっかくのひとりの落ち着いた時間を壊されたくなかったのだろう。 私は変な気を察知して、探すのをやめた。 そして、丁寧にお礼を言い、その場を後にした。 なぜか、自然に胸のところで両手を合わせていた。

 その後、何軒か私の空ダンボール探しの旅は続いた。 最後にたどり着いたのは、とある乾物屋さんだ。 そこは、かなり昔から続いているお店であろう佇まいで、店の前にはズラーっとしいたけや昆布、煮干などが並べられ、それは軒先ぎりぎりまでうまく陳列されていた。 もう何年もこのスタイルなのだろう。

 「すみませ~ん。」 

 この時点で私の笑顔は違和感のない、かなり自然なものになっていたであろう。 表情筋の動きでそれがわかるのだ。 普段私は、いかに笑っていなかったか・・・。 そして、いかに人と話をしていなかったか・・・。

 もう何代もこの店を、そして商売をやってきているのだろう。 御高齢であるにも拘らず、全く偉ぶらない、癖を感じさせない、小気味良く、かつ実直な対応は、私にこの店の歴史まで感じさせた。

 「大きさはどれくらい?」

 ひょい~っと身軽にショーケースを飛び越え、私のところにやってきた。 市場からそのまま帰ってきたような身なりをしている。 まったく驚きだ。 きっとこの店主は戦争体験をくぐり抜けてきているのだろう(これは想像だが・・・)。 きゃしゃに見えるが、足腰はしっかりしている。 なんというか、存在そのものが有難い・・・(汗)。 私は煮干の空き箱に目がいった。

 「煮干のは、においが移ってるからねえ。」、

 いっしょに廃材置き場まで行った。 

 「(大きさはいいけど)これだと細すぎるんだよねえ。」 と、店主の言葉。

 買いもしない私のために、親身になってくれている。 すばやい動きは、まったく嫌味がない。 素晴らしい人だ。 表情少なく、淡々としている。

 「今、開けてきてあげるよ!」、

 そう一言言い残し、倉庫の狭い階段を上に行ったり下に行ったりしながら、私の身振りを一瞬で読み取った、まさにピッタリの大きさの空ダンボールをわざわざ開けて持ってきてくれたのだ! まったく何と言ったら良いのか!

 「ありがとうございます。」、

 この言葉しか出てこない。

 「今度買いにきますね。」、

 とっさにこの言葉も付け加えた。 店主は何も言わなかった。

 

 薄茶の空ダンボールを抱えた帰り道、私は何とも言えない充実感を味わっていた。 ウキウキしていた。 魂が喜んでいた。 数々のふれあいで、心が満たされていた。 丸儲け、丸儲け。 ただ、空ダンボールを手に入れただけなのに・・・。 感謝で心がいっぱいだ。

 こんな感じでいいんだ。 こんな大切な事があるんだ。 再び私は私をちょっと省み、そしてこの喜びを、大事さを何度も味わい、確認していた。 もし、378円を払って、ダンボールを普通に購入していたら、今のこの充足感は絶対に味わえなかったであろう。

 「これが、ほんとうのリサイクルだ!」

 私は、そう思った。 と、同時に、それぞれのお店の裏で、カートに溢れんばかりに置いてあった空ダンボールを思い出し、この世には、なんて無駄な事が多いのだろう、と思ったのだった。

 

 

          これが頂いた空ダンボールです。 感謝! 

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 今、ここに感謝をsun

 ありがとうございました。

 

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 今日の一言。

 

 

 人と比べて落ち込むな。

 

 あなたにはあなたの道があるはずだ。

 

 あなただけの道。

 

 

 

 

 その道ですでに成功している人と自分を比べてしまったら、落ち込むのは当たり前だ。 素直に尊敬し、見習うべきは見習えば良いのだ。 それだけの事だ。

 

 

 今、ここに感謝を。

 ありがとうございました。

 

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 これからの指針。

 

 人々が心の底から欲し、よろこぶものを、

 惜しみなく与える。

 

 人々が心の底から欲し、よろこぶものを、

 惜しみなく与える。

 

 人々が心の底から欲し、よろこぶものを、

 惜しみなく与える。

 

 人々が心の底から欲し、よろこぶものを、

 惜しみなく与える。

 

 人々が心の底から欲し、よろこぶものを、

 惜しみなく与える。

 

 

 私の呪文にしようと思う。

 これから私は、そんな人生を歩む。

 

 道は遠いが、あきらめない。

 

 

 今日も鬱で苦しい。

 

 

 

 

 今、ここに感謝を。

 ありがとうございます。

 

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 「鬱」 の正体。 (妄想通信)

 

 「鬱」 は 私の潜在意識の中にある

 偉大なる批評家であり、目の上のたんこぶであり、

 かつ、もっとも優しく、もっとも冷たく、

 かつ、もっとも永く私と人生を共にするであろう応援者だ。

 

 それが潜在意識の中に或る内は良いのだが、

 顕在意識の領域にまで顔を出し、

 心のみならず

 この肉体までをも絡め捕り、縛り上げ、痛めつけ、搾り取り、

 奈落の底へと

 突き落とさんとするのである。

 

 

 これこそ、「鬱」 の正体である。

 

 

 私は、この魑魅魍魎と瓦解、融和し、

 ただただ受容せねばなるまい。

 それは

 とても伍して戦える相手などではない。

 願わくば、

 客体化を試みるのみなのである。

 

 なぜなら、

 それは

 宇宙そのものに等しいからだ!!!

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を。

 お読み下さり、ありがとうございました。

 

 

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 ひとりごと

 

 あなたが、いま、ほんとうにやりたい事はなんですか?

 あなたの心が、魂が、欲して止まない状態はどんな状態ですか?

 これからあなたはどちらに向かっていくんですか?

 

 

 こんな問いばかりが浮かんできます。 ある意味つらいです。 

 

 

 どうしたらいいんだ!

 

 

 そうだ!

 

 私は若いとき、このつらさに耐えられず、自分をごまかし、安直、適当な道の選択をしてきてしまったんだ! それは大きく振り返ると、高校時代にまでさかのぼる事ができる。 そして、いろいろあって(「最近の殺傷事件について。」「”””ひきこもり、ほんとの話。」 参照)、今の、この鬱にたどりついてしまった・・・。 今ならそれがわかる!

 そして今、また、若かったあの時と変わらぬ問いが、深みを増して私を覆っているのである。 押しつぶされそうです。 あまりにつらく、一時、払いのけてみても、またやってくる。

 

 

 どうしたらいいんだ・・・。

 

 

 

 

 今、ここに感謝を。

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 「食」から「鬱」を見つめ直してみる。 

 

 こんにちは、生きてますか? 

 生きてるだけで丸儲け、丸儲け。 私はそう思うようにしております。 また、自然とそういう気持ちになる時もあります。 そんなこんなのひきこもり暮らしです。

 ちょっと高飛車ぎみな記事を書いたせいか、ちょっとここのところ鬱が訪れていました。

 頭の中がいつまでたっても晴れないのです。 いつも何かが詰まっていて、スキッとする事がまるでない。 だらだら、ぼーっとしてしまうのが当たり前、と言う状況なんです。 当然、動けない、動きたくない。 そのうち、将来に対する不安が湧いてくる。 お前は何がしたいんだ。 何やってるんだ、と自分を責めてしまう。 責めても仕方が無いのに・・・。 わかっていても、そうなってしまう。 いつもの鬱症状の典型です。 慣れてはいるが・・・。

 鬱なら、セルフヒーリングすればいいじゃないか。 あなたはヒーラーなんでしょ? と、どこかから声が聞こえてきます。 しかし、それがなかなか難しいのです。 頭痛や腹痛、ちょっとした傷、骨格のズレの調整等は、やりやすいし、効果も比較的短期で期待できるのですが、鬱は、ちと難しい・・・。

 ヒーリングエネルギーの特徴として、その対象となるものへ、必要なときに、必要なだけ流れる、と言う事がありまして、こと私自身の鬱に関しては、なかなか改善しないようなんです。

 よくよく考えると、私は、心のどこかで、鬱を治したくない、今のこの状態がいい。と思っている可能性があります。 さらに、宇宙の意思として、私を鬱に閉じ込めている。 そしてもっと、もっと自分の人生を深く、深く省みなさい。 と、導いてくれていると言う可能性も考えられます。 そのどちらか、もしくは両方が原因でしょうね。 わかりやすく言えば、ある子供が、やりたくない事を親に押し付けられ、その嫌な事を目の前にして、本当に頭が痛くなってしまったり、おなかが痛くなってしまったりする事がありますね。 そんな感じでしょうか。 自分で手招いてしまっている・・・。 ○○塾でチューニングを受けた私は、今、宇宙と同調してしまっているため、自分の想いと現実とが、以前よりもさらにつながりやすくなっていて、それが堅固なものとなって反映されてしまっている、と推測する事ができます。 なにグチャグチャ言ってるんだ。 という声が聞こえて来そうですが・・・。

 

 さて、いくら動きたくなくても、動かなくて寝てばかりいても、おなかは空いてきます。 ぎりぎりになってようやく動き出します。 ときどき、このまま食べなくても大丈夫なんじゃないか? などと思ったりもします。 空腹感には波があって、一つのピークを過ぎると、気にならなくなります。 そしてしばらくするとまたやってきます。 そこでも行動を起こさないでいると、また気にならなくなる、といった感じです。 

 実践思想家の 山田 鷹夫 さんが、「不食・人は食べなくても生きられる」という体験本を書いて、世に問うておりますが、決してうそではない気が致します。 そういう可能性が人類にはまだ残されているような気も致します。

 そうは言っても、腹は減ります。 私は肉食はとうの昔にやめておりますが(厳密ではありません。 だし等に、鳥、にぼしなんかを使う事はあります。)、さすがにまだ不食の次元にまでは至っていないようです。 何度か空腹感のピークがきて、やはり、食べたくなります。 「まだ、不食はしなくてもいい・・・。」 で、ようやく、もぞもぞと動き出す訳です。 

 

 ここに興味深い記事があります。 (MSN産経ニュース より)

 葉酸不足で「うつ」多めに 食習慣調査で判明

 

 う~ん。 確かに・・・。 言えてるかも。

 葉酸うんぬんもそうかも知れませんが、私の場合、鬱傾向の強い時は、気付いてみると、「食」そのものが等閑で、いい加減になってしまっています。 だるいから、食べるのも面倒。 面倒だから食べない。 もしくは手軽なもので済まそうとしてしまう。 外食や惣菜で、化調、保存料等、添加物バリバリの食でやり過ごす・・・。 そんな調子で余計に鬱を招いてしまう。 「食」と「生」における負のスパイラルの始まりです。

 そのスパイラルを断ち切るぞ!!

 

 今日は、オーガニックらっきょうカレーと地元東京産小松菜を頂きました。

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                     いただきます。

 生産、流通、販売等、全ての方々に感謝します。 地球の大地にも、いま、ここにある私にも、そして私にいのちを繋ぎ、紡いでくれた先祖様にも感謝。 今、目の前にある有り難き、この御いのち、頂きます。 米も豆も、野菜も水も微生物も御いのちです。

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                 納豆カレー、好きなんです。

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                  ごろん と らっきょうが。

 

 カレー、手作りです。 といいたい所ですが、 実は、私のお気に入りの自然食品店「ぐるっぺ」さんに置かれている既製品のカレーです。

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 無添加、手作り、安心食材使用で、めちゃくちゃうまいです!

 非レトルト処理、近隣の環境重視の生産者と協力等、意識が高いです。

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                  小松菜!  地元産!

                   葉酸 摂取!

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                    うーん。  元気。

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                       んめ~!

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                 ごちそうさまでした。 感謝。

 やおよろずの神様といっしょに、うれしうれし で いただききました!

 追記:) お箸がお行儀悪いですね。 反省。

 

 

 こうして、ブログを書いて、また少し、元気が出てきました。

 「食」 が 「鬱」 の全ての原因ではもちろんありませんが、少なからず、関連性がある事は、体で感じる事ができます。

 今度は、また別の角度から、私の鬱を切り取ってみたいと思います。 食についても、まだまだ語り足りません。

 

 

 今、ここに感謝をsun

 お元気で!

 

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 今朝の太陽さんです!

 

                 おはようございます!

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                  今朝の朝日です。

 

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                最後にもう一度。

 

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           エナジー感じますかーっ!

 

 

 ありがとうございました。 今日も一日お元気で。

 いってらっしゃい!!

 

 

 今、ここに感謝をsun

 

 

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 内側との会話。

 

 

 かなしいときはかなしいままに・・・

 さびしいときはさびしいままに・・・

 なみだが出るならそのままに・・・

 

  

 妄想通信でした。

 

 

 悲しいときは、どうもがいても悲しいようです。 特に訳は見当たりません。 いや、訳がたくさんありすぎて、気付けていないのかもしれません。

 ここのところ元気でした。 昨日は外出し、人に会い、楽しかった。 なのに・・・。

 深夜あたりから何か流れが変わった感じがします。

 ひとりおいてけぼりを喰らってしまったような。

 寂寥感とはこういうものなのでしょうか。

 どこか宇宙の深いところから無限のさびしさがやってきています。

 これもまた宿命なのでしょうか。 受け止めます。 ありがとう。

 

 今、ここに感謝を。

 

 

 

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 うつや引きこもりがこれから社会的にもっと注目されてくるだろう。

 

 こんばんは、お元気ですか。

 

 こちらは、久しぶりに低調で重く、苦しい一日です。

 でも、私は慣れています。 たぶん大丈夫、いや、大丈夫。

 慣れているとはいえ、やはりキツいですね。

 この重さ、だるさ、だらしなさ、気力の無さ、

 何もかも否定して終わりにしてしまいたくなるような感覚、

 面倒くさい。 何もかも。

 この原因不明の偏頭痛はなんだ?

 何処から来るのだろう。

 自分本来のものではないような氣がします。

 まるで、なにかに取り憑かれているかのようです。

 あるいは、これが神(天)の意思なのか!?

 

 今、途方もないだるさの中で、キーをちびちび叩いています。

 何かを伝えたくて。

 

 ここのところ比較的好調な日が続いていました。

 うつである事を忘れるくらい。

 傷病手当金をもらっている事を歯痒く、申し訳なく思うくらいに。

 早く社会復帰したいという気持ちはどんどん膨らんでいました。

 しかし、その思いとうらはらに、

 自分の中で、今ひとつ行く先が定まらない、

 状況が少しづつしか変わっていっていない事に

 少しいらつきがあったのも事実です。

 作家の五木 寛之さんが、「鬱」 という言葉のもともとの意味を解いて、

 「鬱というのは、エネルギーがあり、それが内部にたまっている状態であって、

 決して悪いことではない。

 たとえば、鬱という言葉を辞典で引くと、

 第一義は草木が盛んに茂るさま、となっている。

 鬱蒼(うっそう)たるというでしょう。むしろ無気力な人は鬱にならない。

 内部に十分なエネルギーがあるのに、ふたをされて、それが発揮できないときに鬱鬱たる気分になるのです。」

 と、述べていますが、まさにそのような感じです。

 

 自然と部屋の掃除がしたくなり、古くいらなくなったものの整理なども始めていました。

 やり始めると、いかに自分の身の回りがほこりだらけになっていたか、

 いかに、いらないもので埋め尽くされていたかに氣がつく事ができました。

 心も一緒だな。 などと思ったりもしていました。

 身動き取れなくなる訳だわ。 これじゃ・・・。 などと思っていました。

 ここでどれだけ捨てられるかで、この先の人生が決まる。 という直感がありました。

 好調そのものでした。 感謝していました。

 

 しかし、ここにきてこのだるさ・・・。

 なんなんだろう?

 昼頃から降り出した雨・・・。

 天候とリンクしているのも不思議なところです。

 最近始めた地球への祈りと関連があるのかもしれませんね・・・。

 

 おまえは やり始めるとがんばって

 何でも突き詰めすぎる。

 あせるな。 今のおまえじゃまだまだだ。

 と、言ってくれているのでしょうか。

 先日行ってきた精神科でも

 同じような事を言われました。

 

 直感ではありますが、

 私はこのブログで何度も言っていますが、

 この うつ は、

 私個人の小さな意思とは無関係の

 大いなる力が働いているような氣がしてなりません。

 一年位前から始まっている耳鳴りや眉間の少し上の部分のうずき、

 ここ数年における私の内面の急激な変化などが

 その思いにさらに拍車をかけています。

 

 そして、これまた直感で申し訳無いのですが、

 今後、こんな私の様な状況の人(精神疾患)がもっと目に見えて増えてきて、

 社会的にクローズアップされる。

 場合によっては、

 社会問題化するような氣がしてなりません。

 国家経済的なことが大きく絡んでくるからです。

 もっとも、その頃には、食 や 地球環境など

 もっといろんな問題が現象化しているでしょう。

 この世のものはすべてつながっています。

 

 そのような時に混乱しないためにも

 今の自分というものを、

 そしてこれからの世の中を

 いつもしっかりと冷静に

 捉えていたいと思います。

 これからお金は紙切れ同然になると思ったほうが良いかもしれません。

 

 そんなときにも常にしっかりと自分の足で立つ

 独立個人の存在。

 愛を確信した存在。

 愛 そのもの。

 

 

 医療関係者の方々、

 政治家の方々、

 そして、国民の皆様、

 

 これから先、どんな状況に世界がなっても

 ひとつの命を軽んじる事のない世の中にしていきたいものです。

 人としての喜びや幸せは、

 そこにしか存在しません。

 断言できます。

 何度でも言います。

 

 

 人としての喜びや幸せは、

 そこにしか存在しません。

 

 

 

 ちょっと書き疲れました。

 今日はこの辺で。 

 最後までお読み下さり、

 ありがとうございました。

 

 

 今、ここに感謝をsun

 

 

 

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 私のこの日記は前後につながりがあります。 月毎のバックナンバーで過去の記事もお読み下されば、より一層、理解が深まる事と思います。 よろしくお願い致します。 また、コメントも、広く受け付けております。 お気軽にどうぞ。 では、どうぞごゆっくりしていって下さいね・・・。

 

 

 

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 近況。  ―悪癖―

 

 どうも冴えません。

 また、落ちてしまうのかな。

 あまり考えずに、もう寝よう。

 

 

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 象さんのココロ。

 こんにちは。 また、お会いできましたね!

 今日もワタシ達の地球さんは時速1,700kmの速さでぐるんぐるんと回っております。

 そして、今、この瞬間も、みんなを乗せて時速11万kmで、太陽のまわりをガンガンにかっ飛んでおります。

 お元気ですか? いかが、お過ごしでしょうか!?

 さて、今日はおもしろ楽しいビデオを見つけてしまったので、それを皆さんにお伝えしようと思います。 奇跡のようなビデオです。 では、ごゆっくりどうぞ・・・。

 ”Waao! Oh My God!”、”Oh My Goodness・・・.”

 スゴいです! 絵心満載です! 単に仕込まれた芸をこなすという範疇を超えてしまっているような気が私はします。 確実に表現として成り立っている。 絵を描くことを楽しんでいるかの様です。

 同じ地球上の生き物として、アーテイスト同士としての対話が成立している・・・。

 う~ん。 たのしい。 たのしい。 こころが通じ合ってる。 象さん、楽しそう。

 彼らは独特の方法でコミュニケーションをとっている。

 

 私達は、もっともっと、彼らの”声”に耳を傾けるべきだ。 と思う。

 

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しっかりとだしを取ったうまい味噌汁。―うつと料理

 こんにちは、いかがお過ごしですか。 3月20日、春分の日のここ東京地方は、昨日から降り始めた雨が今日も降り続いております。 恵みの雨、浄化の雨でもありますし、こんな日もまた良し、と言った感じです。 特にうつの人にとっては、太陽がガンガン照っている日よりもやさしい一日なのではないでしょうか。

 さて、ここのところの私は、時間がたっぷりあるおかげで、食生活がとても充実しております。 働いていた頃は忙しくて、疲れていてとても面倒だった料理が苦にならないのです。 むしろ楽しめるものになっています。 うつ生活の中で、まさに生きる支えになっているのです。 

 おかげさまで私のうつは大分軽いものになってきています。 まだ波があって、時折重くなる時もありますが、その割合は大分減ってきています。 地球に見守られ、支えられ、周囲の人に支えられながら、自分の心が良い。 と思う方向に進んできております。 感謝です。 

★今日は、昆布とにぼし、かつおできちんとだしをとった、具だくさんの味噌汁をつくりました。

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              良く取れた だし。

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春ですねぇ。 ふきが美味そうなので買ってきました。

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ふきは、皮をむきます。 生きてますねえ。

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だしに具を入れて、火にかけます。

ふきに、しめじ、油揚げをあわせてみました。

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油揚げは、軽く湯通しをして、油抜きをします。

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こまめに灰汁(あく)をとりながら、弱火で軽めに煮込んでいきます。 その間にお椀に味噌を用意します。

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   この、食べる度にお椀に味噌を盛るというのがミソ! 

なんちゃって(笑)。 味噌の中の有用微生物をなるべく生かしたまま頂く。 これが、ひと味違う味噌汁の決め手なんです。 みなさんも試してみて下さい。 うまいですよ。

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 私のうつは終わっているのかもしれない。

 こんばんは、皆さんお元気ですか。 どんな日々をお過ごしですか。

 私は、うつはうつなのですが、日々、心の中は微妙な変化があります。 昨日は薬(トレドミン)の副作用と思われる頭痛に悩まされ、ほとんど寝て過ごしました。 頭痛のほかに、妙な発汗や、胸やけがありました。 トレドを飲むと、何かが頭に詰まっているような感じがするんですよねぇ・・・。 そして、本当の自分じゃない様な気がする・・・。 便秘時のいきみによる痔は、だいぶ良くなっているのですが、まだ完治しておりません。 気遣いながらの毎日です。 その為、昨晩は薬は、向不安薬の”リーゼ”のみを服用しました。

 今朝はまあまあでした。 私は食べる事が好きなので、それをきっかけにして、日常的な事は動作はゆっくりながらも何とか毎日出来ています。 最近はだるさもだいぶ解消されて来つつあります。 今日は夕方に病院にも行って来ました。 私はいろんな人に支えられています。 ありがたい事です。

 話が突然変わりますが、最近、耳鳴りがしなくなりました。

 もう、終わってしまったのでしょうか。

 実は半年以上前から私はほぼ毎日、数回、キーンという耳鳴りを感じていました。 それは別に生活に支障をきたすものでもなかったので、それに対して別に悩んでいたという訳ではありませんでした。 精神世界に興味がある私は、この現象をアセンションに伴うもの(カレントサウンド)、と捉え、医者に相談するでもなく、むしろ喜ぶ気持ちで、ありのままに、受け入れていました。 その後、明らかなうつ症状が私を襲うようになった訳ですが・・・。

 時の流れは速いですね。 特にここ数年は。 ここ一、二年の間に、一日一日、私の内面は劇的な変化を遂げ続けてきていました。 昨日とは明らかに違う今日の私というものをしっかりと感じ取ってきました。 それが、この3月に入ってからまた新たな局面を迎えているような気がしております。 

 うつ、という大峠に対面し、自分の中のだらだらや悶々をありのままに受け入れ、休職をし、自分を休ませてあげたおかげで、暗中模索の日々ではありますが、だいぶ状況は良くなって来ているような気がします。 少しずつですが、自分の新たな方向性と言うものも見え始めてきております。 人生いろいろありますが、とにもかくにもこれからは人に喜んでもらえる自分でありたいのです。 しかめっ面はされたくない。 やっぱり笑顔がいい。 本当の喜びを他と共に分かち合っていきたい。 そしてそれを、より確かに感じる事のできる状況に常に自分を置いていきたい。 そんな事を思っています。

 今、具体的に見えてきている方向のひとつは、医療的な方向。 日々の”食”を通じて病を防ぎ(未病)、整体やヒーリング、カウンセリングなどを通じて健康の喜びを実感して頂くという事。 皆さんのお部屋まで訪問させて頂いて施術させていただくかたちになるでしょうか。 訪問した際には、ご希望があれば、簡単な掃除などもサービスでいたします。 お部屋の環境はとても大事ですからね。 うつの経験も、生かす事ができます。

 もうひとつは、大地と共に暮らす。という事。 具体的には農業です。 日本人ですから、皆が安心して食べられて、元気の出る本当にうまい米を作ってみたい。 と言う気持ちがあります。 野菜もいいなあ。 さといも、ごぼう、ながいもなど、根のものがいい。 小松菜やしゅんぎくなんかもいいなあ。 夏はなすやトマトなど。 雨風しのげて、冬は暖がとれる所ならどこでもいい。 住み込みで教えてもらいながら使ってくれる農家があれば今すぐにでも飛び込んでいきたい。 などと思っています。 全くの未経験ではありますが、意欲だけはあります。

 と、まあ、このふたつが何となく見えてきています。 何れにしても、まったくのゼロからのスタートとなります。 学ぶ事がたくさんあるでしょう。 

 私はもうすぐ40になります。 もうそんなに先が長い訳でもありません。 もしかしたら明日死んでしまう事だってありえます。 であるならば、天から頂いた今生に悔いは残したくない。 とにかく悔いの残らないベクトルに生きながら倒れたい。 そして、できるならば、ああ、いろいろあったけど、本当に良い人生だった・・・。 と、最後に微笑みながら死んでいきたい。 心の平安の中で死んで逝きたい。 そのためにはどうすれば良いかを逆算しておのれに問えば良い訳です。 

 もうすぐ40。 思えばあまりに長すぎる寄り道だったかもしれません。 ですが、過ぎた日々を悔いてみても仕方がありませんし、振り返るのは、まだ早すぎるような気がします。 それに、無駄ばかりだった訳でもないのではないか。 それは、これからの人生で答えが出てくるような気がしております。 ――まったく微妙なお年頃です(笑)。

 私のうつは、終わったのかもしれない。 でも、まだわからない。 いずれにしても、この大いなる人生の夏休みを、天からいただいたこの夏休みをおおらかに楽しんでみたいと思います。 苦しみも良し、悩みも良し、喜びも悲しみも、涙も笑いも良しです。 すべての事に、意味があるような気がしてなりません。

 たった今、右の耳がキーンと鳴りました。 耳鳴りは、まだ続いているようです。 あはは。 まったく。 いいかげんなもんだ(笑)。

 今日はこのへんで・・・。 最後までおつき合い頂き、ありがとうございましたhappy01

 今、ここに感謝を・・・。

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 ブログパーツ。 地味に充実! 宇○塾情報も・・・

 皆さんこんばんわ。 今日は穏やかな一日でしたね。 朝晩の寒さも日に日にやわらぎ、ここ東京は春の香りが少しづつし始めてきております。

 私たちの住むこの地球、一千億もの銀河が存在すると言われる深遠なる宇宙、そしてあなた、わたし・・。 いっときとして同じ瞬間というのは無いのだな。 などと最近特に感じるようになってきています。 矢○さんの宇○塾のせいかな・・・(笑)。

 広大な銀河宇宙・・・。 一千億もの銀河宇宙の中の私たちの銀河系・・・。 さらにその辺境に位置する太陽系の中のこの地球の上で、陸地がほんのちょこっとあって、いろんな国があって・・・。 日本というちっちゃな国の中の、さらにちっぽけなちっぽけな私たちなんですよね。 ほんとにたいした事ないんですよねぇ・・・(笑)。 私たちの悩みなんか・・・(笑)。

 矢○さんの話は本当に説得力があるんだよなあ。 俺たちはいいやつなんかじゃないよ(笑)。 いい人なんかじゃない。 卑怯者のDNAを受け継いでいるんですよ。 だからこそこうして今まで生き延びてこられたんですよ・・・・。 う~ん、確かに。 きのこを初めて喰った人と周りでそれを見ていた人の話はおもしろかったなあ。

 と、まあ、宇○塾の話はこれ位にしておきましょうか(笑)。 宇○塾はやっぱりおもしろい! 運営進行している方がまたすばらしい! そして何の縛りも無いゆる~い二次会がまたいいんだな、これが・・(笑)。 ヒーリングはおそらく本物です。 もっと体感して理解を深めていきたい。 わくわくしております。

             ――― ◆ ◆ ――― 

 ブログパーツ、地味に充実を図らさせていただきました!

 まずはポッドキャスト。 番組数を大幅に増やしました。 幅広いジャンルから良いものを集めました。 すべておススメなのですが、今、特にプッシュしたいのはソウル系の3番組。 ソウルといってもキムチじゃないよ。 はい。 おやじ確定(笑)! 流している人がかなりコアなソウルファンと思われ、ほぼ毎日更新が行われています。 ありがとうございます。 この中でも好きなのが「GOOD OLE SOUL」。 この篤くて深い味わいはソウルならではのもの。 う~ん。 エバーグリーン・・・。 音楽がこんなに良い時代があったんだよ。 という見本のようなもの。 スローバラードなんか思わずうるっとくるかもしれませんよ。 その他ジャズ、ブルース、オールドタイム、グッドタイムズロックンロール、癒し系、弾き語り、クラシックなど。 ボサノバも追加しました。 どうぞ、ポチっとクリックしてゆっくりしていって下さい。

 アマゾン。 始めました。 ほんとに良いな。 と思うものだけを地味におすすめしていきたいと思います。 よろしくお願い致します。

 そして、”ひこまた”。 まだまだ子供のかわいいキャラです。 会話を楽しみながらコトバを教えてあげて下さい。 おかあさんが出てきて感謝されます。 「お団子」をあげるとよろこびますよ~。 ひまつぶしにどうぞ。

 では、どうぞごゆっくりしていって下さいませ。

 ありがとうございます。 おやすみなさい。 また会いましょう。

 

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 ここに来て・・・、 痔 。

 

 参った! まったく参った。

 ここに来て痔を患ってしまうとは! 痛たたた・・・! 動けないっ!

 だまっていても痛い。 あぐらがかけない。 片尻を浮かさなければ・・・。 う~ん、浮かしても痛い。 立っていてもジンジン。 しゃがんでもジンジン。 おまけに歯周病の右の奥歯のあたりも痛み出した。 ズキンズキン。 口を”ヒ”のようなかたちにして息をヒーっと吸い込む。 少しまぎれる・・・。 しかし何なんだ、この合わせ技はっ!

 たぶん昨日の不摂生だ。 腹を空かせたまま食事の支度が面倒でだらだらしていて、寝ては起きて、その都度タバコをふかしていたからだろう。 タバコは抹消血管を狭め、血液のめぐりを悪くさせると聞いたことがある。 そこにきて、トレドミンの副作用による便秘だ。 詰まり気味の便を無理に出そうといきんでしまったのだ。 紙は赤く染まっていたのだ。

 こんなときは風呂だ。 風呂に限る。 ほんわか~っとして、からだをあたため、血液をめぐらさせてあげよう。 からだを喜ばせてやろう。 だるいけれどこれだけはして置こう。

 まったく私は何をしているのか。 落ち込んでる場合じゃない。 いや、いつも落ち込んでるからこのままでいいのだ。 訳がわからない。 とにかく痛い。 養生せねばなるまい。

 しかし、からだは律儀だ。 やっている事がそのまま結果となって現れる。 これは間違いなく体からのサインだ。 ありがとう。 今、ここに感謝を・・・。 などと言ってる場合じゃない。 とにかく風呂だ。 あとの事はあとで考えよう。

 うつで、トレドミンを服用されている方は、便秘時のいきみ、に、くれぐれも気をつけて下さいね!

 

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性格異常障害・・・、気にしない。

 

            「性格異常障害」
 
 しかしかなり強烈な言葉ですよね。 取りようによっては、立ち直れなくなるぐらいきつい響きがあります。  だって、あなたは "性格" が "異常" で、 "障害" がある人です。 と言われているようなものですから・・・。

 しかし、私は、全く気にしていません。 これは、言葉の意味の取り間違いだからです。
 まずは、"性格異常"ですが、これは、いわゆる一般的な性格の偏り、ないし行き過ぎ、を表します。  これは、誰にでも有り得る事で、例えば、責任感が強い。 であるとか、忍耐力がある。 などという事も当てはまります。  感性が鋭い。 などもありますね。  そのままそれが良い方向に出ればそれは素晴らしい個性。という事になります。 ですが、その個性が行き過ぎて、社会生活になんらかの問題や芳しくない影響があると認められる時に、それは、"障害" と見なされる。  という事なのです。  私の場合で例えれば、それが原因で、会社に行けなくなってしまった。 などと言う事です。
 うつ病においても同様で日頃、なんとなく落ち込みがちなんだよなぁ・・。 なんていうような事は、特に現代社会においては、決して珍しくはなく、ごくごく当たり前にある事ですよね。  それが"病" となる境界線は、やはり、前述したように、それが社会生活においてなんらかの問題となっているのかどうか。 という点が境目になっているのです。

 これが、西洋医学における「性格異常障害」という言葉の意味合いとなります。

 どうですか? だいぶ気持ちが楽になったのではないでしょうか。  私は少なくともこの考え方でだいぶ楽になりました。

 しかし西洋医学はカテゴライズする事が好きですよね。 事物を分類し整理し納得させてゆく・・・。 そんなアプローチなんですね。 それでここまで発展してきたんですね。 昨日も述べさせてもらったのですが、やはりここにも限界があるものと思われます。 解釈の飛躍を恐れずに敢えて述べさせて頂きます。 曖昧な表現になって申し訳無いのですが、事物を分類して捉えていく中で、物事の連続性が失われているのです。 心がそれについて行くのには限界があるのです。 例えば、人にレッテルを貼って分類するような事はとても悲しい事ですよね。 こんな基本的な事を私たちは忘れてしまっているのです。 そんなこんながこの世の中には蔓延してしまっているのです。 この東洋の日本という国に於いてもです。

 皆さんここはしばし立ちどまって目を瞑り胸に手を置いて考えて直してみませんか・・・?

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 薬物療法、その経過報告と考察。

 こんにちは、お元気ですか。 また、お会いできてうれしいです!

 こちらは、まぁ何とか生きております。 おいしいご飯と味噌汁できちんと食事ができているので(リズムはバラバラですが・・・)、体は健康だと思います。 うつ特有のだるさは常にあります。 ブログが更新されていない日は、たいがい低調で悶々としている日です。 目安にして下さい(笑)。 薬の副作用と思われる症状があります(後で記します)。

 さて、先日(2月15日)、2度目の診察に行って参りました。 その報告を少々、

 私が現在通っている医院は、M市の I 公園のそばの住宅地にひっそりと佇んでいる○○医院です。 駅からも自宅からも近い立地でとても便利です。 メインストリートから少しはずれているのも良い点です。 内科や婦人科も併設されていて、先日は混雑していました。 突然の初診で訪ねられた方などは、やむなく後日に予約を入れてもらうという状況でした。 鉄筋コンクリートの古い建物で、昔ながらのお医者さん、といった風情です。 おそらく先代が建てられたものを、息子さんが引き継がれたものと思います。 ですから、いわゆる今風のリラクゼーション設備といったようなものなどはありません。 ですが、なにしろそのお医者さんがやさしい、のです。 その語り口はまるで、あの、俳優の森本レオさんのようなのです。 予約さえ詰まっていなければ、1時間も2時間も相手をしてくれそうな感じはあります。

 精神科と言うと鉄格子があって・・、などという古いイメージと偏見を持たれている方がいると思われますが、そのような凝り固まった考えは何の為にもならないくだらないものと思われます。 捨ててしまったほうが良いでしょう。 そのほうが互いの関係性において益となる事でしょう。

 しかしながら、現在のように、○○クリニックなどと称し、良いイメージを全面的に振りまき、あまりに安直に薬物が処方されてしまう経済優先の悪徳医院も中には存在するという現状も放っては置けない問題であると思います。 ここで大事になってくるのは、あなた自身の感覚と判断。 まさにこれに尽きる、と私は思います。

 

 「さぁて○○さんは・・・。」 と、カルテに目をやりながら、

 「いついつこれくらいの時期からこれこれこんな具合になってしまい、こんな状態になってしまった。 そして2月の一日に初めて受診にこられた訳ですよねぇ。」

 「はい、そうなんです・・・。」 と、私。

  

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 あらたなる胎動

 昨日はなかなか眠れなかった。 ネットでお気に入りのページや気になること(宇○塾、ルー○ー田中さんについて悪く書かれている事、クスリの事、食の安全、世の中の事etc・・・)を見ていたら、案外集中してしまい、気がついたら午前4時30分を回っていた。

 かれこれ6時間位やっていただろうか。 ふとんにくるまって寝ようとしたが寝付けない。 ここまでくるとしようがない。 眠くなるまで時間をやり過ごした。 やっと寝たのが、うっすら外が明るくなり始める午前6時半頃だと思う。 すっかり常識的な生活リズムとはかけ離れてしまっている。 だが、私はもうさほど気にしていない。 太陽のリズムといっしょになれていない事については気になっているが、それが必要だと思うときは、きっとそうしているだろう。 今は今、なのだ。 責めてもしかたがない。

 もう太陽も高い位置にある12時半頃だろうか、モヤモヤと目が覚め始めてすぐに布団の中からマウスに手がのびる (だらしない・・) 。 昨日の最後に読みかけていた 縄文人と書いてな○・ふ○ひとさんの ”2012年の黙示録”のサイトの中の「新約聖書の超解釈」のページが映しだされている。 うとうとした意識の中で横になりながらホイールでスクロールさせながらその文章を目で追っていた。

 すらすらっと入ってくる。 乾いたスポンジに水がしみ込んでいくかの様だ。 一文言づつ反復し、噛みしめながら読み進めていた時にはもうすっかり目が覚めていた。 気付き、と言うものは、まったく 何処で、どんな形でやってくるかわからない。

 なにかわくわくする感じと安心感があった。 内容は新約聖書から抜粋されたいくつかの文言と、それを なわさんがわかりやすく解釈してくれている。 というものだ。

 神は、いついかなるときも、あなたとともにあるんですよ。という事。 そしてそれは、あなたが信じさえすればいつでもそれを感じる事ができるのですよ。 という事。 ただ信じる事ができれば、信念があれば、海の上を歩いて渡る事だってできるのですよ。 山だって動かす事ができるんですよと。 とても大きく、力にあふれた言葉だと思います。 以下に、今日のようなうつな状態になってみて初めて私の腑に落ちていった、感銘を受けた言葉たちを新約聖書より列挙させてもらいたいと思います。 興味をもたれた方は、なわさんのホームページへ行かれてみると良いと思います。 

  

   心をつくして神を愛しなさい。 

  ひとりの律法学者が、イエスを試そうとして質問した。「先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか」。イエスは言われた。「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛しなさい』。これがいちばん大切な、第1のいましめです。第2もこれと同様です。『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛しなさい』。これら2つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっています。」

 ここはあまり目に留まりませんでした。

 ここからです。

   自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい。 

 敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。こうして、天にいますあなたがたの父の子となるためです。天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからです。あなたがたは自分を愛する者を愛したからとて、なんの報いがあるでしょうか。そのようなことは取税人でもするではありませんか。兄弟だけにあいさつしたからとて、なんのすぐれた事をしているでしょうか。そのようなことは異邦人でもしているではありませんか。それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。

  あなたがたはこう祈りなさい。

 天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。
 御国がきますように、みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。
 わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えください。
 わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、わたしたちの負債をおゆるしください。
 わたしたちを試みに会わせないで、悪しき者からお救いください。
 もしも、あなたがたが、人々のあやまちをゆるすならば、あなたがたの天の父も、あなたがたをゆるして下さるでしょう。もし人をゆるさないならば、あなたがたの父も、あなたがたのあやまちをゆるして下さらないでしょう。

 人をさばいてはいけません。自分がさばかれないためです。あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるでしょう。

 だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにしなさい。これが律法であり預言者です。

 そのとき、ペテロがイエスのもとにきて言った、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、幾たびゆるさねばなりませんか。七たびまでですか」。イエスは彼に言われた、「わたしは七たびまでとは言いません。七たびを七十倍するまでしなさい」。

 それだから、天国は王が僕(しもべ)たちと決算をするようなものです。決算が始まると、一万タラントの負債のある者が、王のところに連れられてきました。しかし、返せなかったので、主人は、その人自身とその妻子と持ち物全部とを売って返すように命じました。そこで、この僕はひれ伏して哀願しました、『どうぞお待ちください。全部お返しいたしますから』。僕の主人はあわれに思って、彼をゆるし、その負債を免じてやりました。
  その僕が出て行くと、百デナリを貸しているひとりの仲間に出会い、彼をつかまえ、首をしめて『借金をかえせ』と言いました。そこでこの仲間はひれ伏し、『どうか待ってくれ。返すから』と言って頼みました。しかし承知せずに、その人をひっぱって行って、借金を返すまで獄に入れました。その人の仲間たちは、この様子を見て、非常に心をいため、行ってそのことをのこらず主人に話しました。そこでこの主人は彼を呼びつけて言いました、『悪い僕、わたしに願ったからこそ、あの負債を全部ゆるしてやったのだ。わたしがあわれんでやったように、あの仲間をあわれんでやるべきではなかったか』。そして主人は立腹して、負債全部を返してしまうまで、彼を獄吏に引きわたしました。あなたがためいめいも、もし心から兄弟をゆるさないならば、わたしの天の父もまたあなたがたに対して、そのようになさるでしょう」。

 悪人に手向かってはいけません。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。あなたを訴えて、下着を取ろうとする者には、上着も与えなさい。もし、だれかが、あなたをしいて1マイル行かせようとするなら、その人と共に2マイル行きなさい。求めようとする者には与えなさい。借りようとする者を断ってはいけません。

  この世での報いを求めず、 神の国に富を積みなさい。

 自分の義を、見られるために人の前で行なわないように、注意しなさい。もし、そうしないと、天にいますあなたの父から報いを受けることがないでしょう。だから、施しをする時には、偽善者たちが人にほめられるため会堂や町の中でするように、自分の前でラッパを吹きなしてはいけません。よく言っておきますが、彼らはその報いを受けてしまっています。
  あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせてはいけません。それは、あなたのする施しが隠れているためです。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるでしょう。

 祈る時には、偽善者たちのようにしてはいけません。彼らは人に見せようとして、会堂や大通りのつじに立って祈ることを好みます。よく言っておきますが、彼らはその報いを受けてしまっているのです。あなたは祈る時には、自分の部屋にはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるでしょう。

 断食をする時には、偽善者がするように、陰気な顔つきをしてはいけません。彼らは断食をしていることを人に見せようとして、自分の顔を見苦しくするのです。よく言っておきますが、彼らはその報いを受けてしまっています。あなたがたは断食をする時には、自分の頭に油を塗り、顔を洗いなさい。それは断食をしていることが人に知られないで、隠れたところにおいでになるあなたの父に知られるためです。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるでしょう。

 あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはなりません。むしろ自分のため、虫も食わさず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すことのない天に、宝をたくわえなさい。だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方を親しんで他方をうとんじるからです。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできません。

 「天国は、一粒のからし種のようなものです。ある人がそれをとって畑にまくと、それはどんな種よりも小さいが、成長すると、野菜の中でいちばん大きくなり、空の鳥がきて、その枝に宿るほどの木になります」。またほかの譬を彼らに語られた、「天国は、パン種のようなものです。女がそれを取って三斗の粉の中に混ぜると、全体がふくらんできます」。

 イエスは譬(たとえ)で多くの事を語り、こう言われた、「見なさい、種まきが種をまきに出て行きました。まいているうちに、道ばたに落ちた種がありました。すると鳥がきて食べてしまいました。ほかの種は土が薄い石地に落ちました。そこは土が深くないので、すぐ芽を出しましたが、日が上ると焼けて、根がないため枯れてしまいました。ほかの種はいばらの地に落ちました。すると、いばらが伸びて、ふさいでしまいました。ほかの種はよい地に落ちて実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなりました」。(中略)だれでも御国の言葉を聞いて悟らないならば、悪い者がきて、その人の心にまかれたものを奪いとって行きます。道ばたにまかれたものというのは、そういう人のことです。石地にまかれたものというのは、御言(みことば)を聞くと、すぐによろこんで受ける人のことです。その中に根がないので、しばらく続くだけであって、御言(みことば)のために困難や迫害が起こってくると、すぐつまずいてしまいます。また、いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言(みことば)をふさぐので、実を結ばなくなる人のことです。また、よい地にまかれたものとは、御言を聞いて悟る人のことであって、そういう人が実を結び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのです」。また、ほかの譬を彼らに示して言われた、「天国は、良い種を自分の畑にまいておいた人のようなものです」。

   この世では幼子のように自分を低くしなさい。

 そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国はだれがいちばん偉いのですか」。すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないでしょう。この幼な子のように自分を低くする者が、天国ではいちばん偉いのです。また、だれでも、このようなひとりの幼な子を、わたしの名ゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのです。しかし、わたしを信ずるこれらの小さい者ひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が、その人の益になります」。

 そこで、イエスは彼らを呼び寄せて言われた、「あなたがたの知っているとおり、異邦人の支配者たちはその民を治め、また偉い人たちは、その民の上に権力をふるっています。あなたがたの間ではそうであってはなりません。かえって、あなたがたの間で偉くなりたいと思う人は、仕える人となり、あなたがたの間でかしらになりたいと思う人は、僕とならねばなりません

 だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるでしょう。

 そのとき、イエスに手をおいて祈っていただくために、人々が幼な子らをみもとに連れてきた。ところが、弟子たちは彼らをたしなめた。するとイエスは言われた、「幼な子らをそのままにしておきなさい。わたしのところに来るのをとめてはなりません。天国はこのような者の国です」。

   神の力を疑ってはなりません。

 それからすぐ、イエスは群衆を解散させておられる間に、しいて弟子たちを船に乗り込ませ、向こう岸へ先におやりになった。そして群衆を解散させてから、祈るためにひそかに山へ登られた。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。ところが船は、もうすでに陸から数丁も離れており、逆風が吹いていたために、波に悩まされていた。
 イエ スは夜明けの四時ごろ、海の上を歩いて彼らの方へ行かれた。弟子たちは、イエスが海の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと言っておじ惑い、恐怖のあまり叫び声をあげた。しかし、イエスはすぐに彼らに声をかけて、「しっかりしなさい。わたしです。恐れることはありません」と言われた。するとペテロが答えて言った、「主よ、あなたでしたか。では、わたしに命じて、水の上を渡ってみもとに行かせてください」。イエスは、「おいでなさい」と言われたので、ペテロは船からおり、水の上を歩いてイエスのところへ行った。しかし、風を見て恐ろしくなり、そしておぼれかけたので、彼は叫んで、「主よ、お助けください」と言った。イエスはすぐに手を伸ばし、彼をつかまえて言われた、「信仰の薄い人よ、なぜ疑ったのですか」。

 それから、弟子たちがひそかにイエスのもとにきて言った。「わたしたちは、どうして霊を追い出せなかったのですか」。するとイエスは言われた、「あなたがたの信仰が足りないからです。よく言い聞かせておきますが、もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山に向かって『ここからあそこに移れ』と言えば、移るでしょう。このように、あなたがたにできない事は、何もないでしょう。〔しかし、このたぐいは、祈りと断食とによらなければ、追い出すことはできません〕」。

 朝早く都に帰るとき、イエスは空腹をおぼえられた。そして、道のかたわらに一本のいちじくの木があるのを見て、そこに行かれたが、ただ葉のほかには何も見当たらなかった。そこで木にむかって、「今から後いつまでも、あなたには実がならないように」と言われた。すると、いちじくの木はたちまち枯れた。
  弟子たちはこれを見て、驚いて言った、「いちじくがどうして、こうすぐに枯れたのでしょう」。イエスは答えて言われた、「よく聞きなさい。もしあなたがたが信じて疑わなければ、このいちじくにあったようなことができるばかりでなく、この山にむかって、動き出して海の中にはいれと言っても、そのとおりになるでしょう。また、祈りのとき、信じて求めるものは、みな与えられるでしょう」。(マタイによる福音書)




 日常生活の煩雑さや横に倣え的な今までの私の日々の生き方の中で、きちんと省みられる事の無かった言葉たちです。

 鬱で苦しかったり、悶々だらだらとしながらも、私の中で、今、確実に変化が起きているようです。 胎動のようなものを感じています。

 ありがとうございます。  今、ここに感謝を・・・。

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 長かった。 深かった・・・。

 

 長かった。 とにかく長かった。

 深いのがズドーンときた。

 

 起きてもふとんの上であぐらをかいて5分くらい。

 とりあえずパソコンの電源を入れてみるが、何も浮かばない。

 だるくてまた横になる。

 寝ながらマウスを動かし、ネットの閲覧、メールのチェック。

 特に何も無い。 頭が痛みだした。 圧迫感がある。

 すぐに寝てしまう。 苦しいから。 電源は入れっぱなし。 

 精気がない。 傍から見たらきっと廃人の様だったろう。

 「反省」 を書いた2月8日あたりから冴えない感じがして、

 9日にはその調子のままどうにかこうにか

 矢○さんの宇○塾だけは、と思い、なんとか出かけてきた。

 2月10日~2月12日の午後3時に目が覚めるまでが

 最もきつかった。

 今までに無いような低調子が続いた。

 

 やはり、クスリのせいだろうか・・・。

 

 2月1日に、人生で初めての精神科にかかり、

 あなたは性格異常障害、そしてうつ病の可能性が考えられます。 と診断され、

 トレドミン25mgを処方してもらった。

 吐き気など、消化器系に副作用が出るので、

 必ず空腹時を避け、食後に1錠飲んで下さい。との事だった。

 そして、夜更かしはせず、日が昇ったら起きて、

 面倒だったらパンでも何でもいいから

 とにかく一日三度きちんと食事をとって下さい。

 何もすることが無かったら、新聞を読んだり、音楽を聴いたり、

 散歩がてらに図書館に行くのもいいよ、と

 アドバイスを頂いた。

 

 何事も経験という事で、

 不本意ながら、

 私は薬物療法を始めました・・・。

 

                       つづく。

 

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 反省。

  

 感謝で洗い流したはずの心が、まだきちんと拭えていない。

 相手も納得してくれたところで、はじめて私の心は、落ち着いて着地ができるのである。

 いさかい、トラブル、というのは本当に嫌な物だ。 私はまだ全然完成していない。 ブログではしゃいで悟ったような事を書いてみても、やはりただの人間だ。

 実は、ある身近な人から、私の最近の行動、暮らしぶりについて、Web上にて強い批判があり、その字面から受ける印象があまりに一方的で、感情的な表現であった為、ついつい私はそれに対して応戦してしまったのです。 相手を傷つける決定的な一歩手前までやってしまったと思っています。 そのあとの返事がない・・・。

 今、冷静になって考えてみると、表現こそ荒いものではあったのですが、その指摘はほとんど外す事無く的確だったと思います。 裏を返せば、それだけ私の事を見てくれていて、気にかけていてくれたんだなあ、と思います。 私を思えばこその書き込みだったんだなあ、と思い、今、猛烈に反省しております。

 人ってむずかしいよなあ・・。

 感情の壷にはまってしまい、相手の愛情を見出せなかった。

 これでまた大事な人を失ってしまったかもしれない。

 そうでない事を祈る。

 

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 日記 @ 2月5日。

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 朝だ~。

 

 今日は、9時過ぎ頃の目覚め。 しばらく意図的にまどろみを楽しんだ。 なんの縛りも無い休職中ならではの楽しみだ。 この眠りとも目覚めともつかない夢うつつの状態。 これがなんとも気持ちいい! 最近は10分~15分位だろうか、意図的にこの状態を保つ事ができるようになってきた。 夢を自分で操作する感覚。 と言ったらいいのだろうか。 しかし、これができるのは起床時のみで、就寝時は今のところできない。 体調に依るところも大きいようだ。

 ありがたい事に、今日は、無理のない、とても良い目覚めでした。 体内時計が順応してくれたのか、精神科で処方してもらった薬が効いているのか、だるさがあまり無かった。 明るさに対する鬱陶しさも無く、素直に起き上がれた。 それどころか、太陽を拝みに私は屋上にのぼっていったのだった。

 うん。今日はいい。 いける。 実感した。 太陽のまぶしさときちんと対峙できている。 そしてさらにそれを受け入れようと両足を少し拡げて開き、両手を広げ、直視を試みた。 さすがにまぶしい・・・(馬鹿)。 くしゃみが出た(汗)。 太極拳にも似た、自己流の動作をしながら呼吸を大きく整えて、再度挑戦。 だんだん目が慣れてくる。 体が順応してくる。 直視できている。 すごいエナジーだ。 目や肌で感じることのできる情報以上のものを、太陽は絶対に発している。 間違いない。 それを感受し、身につける事ができるかどうかは、修練の具合で、いかようにも開発していけるような気がする。

 その後は洗濯、炊事、食事、ベランダの掃除などを順調に楽しむ事ができた。 今日ぐらいなら、充分仕事もできる。 そう思った。 一日ひとつの事ができれば良い。 と言うのが今の目標だから、すでに、その目標は達成してしまった。 あとは無理せずに過ごした。 昼寝もした。 田舎の姉から、りんごや長いもや南部煎餅の入った宅急便が届いた。 ドライバーさんと軽い会話をしながら心地よく受け取った。 有り難かった。 こんな時だし、本当に助かる。

 夕方から夜にかけては、横になりながら、ある人が主催する宇宙○のホームページからストリーミングのボイスメールを聴いて過ごしました。 彼の言葉の一つ一つがそのままに、すう~っと体に入ってくる・・・。 私が今まさに知りたい事、身に付けたい事がどうやらここにはある様なのです。 さて、ここで発表しますが、私は今度の33期生として、宇宙○に参加いたします。 経過は、伝えられる範囲の中で、皆さんにお届けできる事と思います。 ご期待下さい。

 出会いとは、とても不思議なものです。 私が休職せずに、仕事を続けていたならば、この出会いは無かったと思います。 今からわくわくしています。 こんな気持ちは、小学生以来だと思います。

 

 今日はうつの晴れ間のような一日でした。 おだやかな、良い一日でした。

 ありがとうございました。

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 うつを受け入れて進む。

 だるくてなにもできない。 動かざること山の如しだ。 体内時計が狂ってしまって、自律神経がどう働いたら良いのかわからなくなっているものと思われる。 どうしてもおなかがすいた時に食事の為の行動はするものの、3時間ぐらい寝ては起きて、寝ては起きての繰り返しだ。 しばらくきつかった。 当然自分を責める気持ちもやってくる。 「何をやってるんだ。」 と。 その責める気持ちをやめようとするもう一つの気持ちもある。 「責めてはだめだ。」 と。 かくして自分の中で闘いが繰りひろげられるのである。 そしてまた寝てしまう。

 闘ってはだめだ。 いや、闘ってしまう事をも許す事で道がひらけてくるような気がする。 つまりは放って置く、と言う事だ。 ありのままを受け入れると言うのはこういう事かもしれない。 おまかせにしてしまうという事・・・。

 私はとことんまでこの症状と付き合うつもりだ。 あせらない。 無理はしない。 何と言われても良い。 しかたがない。

 何度か葛藤と睡眠を繰り返したのちの今日の夕方、バチッ、と目が覚めた。 急に自分に堰き立てられながら、自分の属する健康保険組合へ電話を入れた。 傷病手当金の手続きをするためだ。 生活費のためだ。 それをしなければいけないと、心の中で思っていたのだ。 私はそんな制度があるという事を病院に行って初めて知った。 もはや、みみっちい見栄も外聞も無い。 ありのままの私を受け入れる事にする。 それを非難する声があるのならば、それもそのまま受け入れようと思う。 うつは、わかろうとする人にしかわからない。 日本に、このような制度が機能していた事にありがとうと言いたい。 私の場合は、月に18万程度だと思うが。

 やはり、自分を放って置くのが一番良いようだ。

 ここから後は、冴えが出てきた。 湯船にお湯を張って、そこに精米機から出た糠を入れて風呂に入った。 やはりきもちがいい~!!!。

 こんな何気ない事にしても、うつの間はおっくうなのだ。 そこに至るまでの時間が異常に長い。 そして、動作は異常に緩慢だ。 それを冷静に感じている自分がいた。 それでいい。 私は受け止めている。 入浴後の浴槽の掃除も含めて、3時間位かけただろうか。 それで良いのだ。 しっかりと風呂につかった。 満足!! ありがとう。

 調子が出てきて、買い物にも行った。 里芋がとてもうまそうだったので、買った。 にんじんが部屋に残っているので、これとこんにゃくを合わせて、煮物をしようと思う。 ここに、しいたけやごぼうも合わせたくなるのだが、今はぜいたくはできない。 食材の一つ一つのありがたみを噛みしめるような買い物だった。 もやしと卵も買っておいた。

 この後、ご飯と味噌汁とほうれん草のおひたしで、きちんと食事をした。 もちろん大好きな納豆とたまご付きだ。 一汁一菜。 素材にはこだわっています。 しみったれた食事とお思いかも知れないが、私には至福のひとときです。

 そして、このようにブログを書いています。 そんな一日でした。

 この世には、やってみなければわからない事があります。 そして、なってみなければわからない事もあります。 私は、今はこんな状況だけれども、こんな状況だからこそ見えてくるもの、感じている事が確実にあります。 私はそれをこれからも大事にしていきたい。 そしてブログに記していきたい。 夜明け前はもっとも暗い。 暗いながらも日々、新しい体験をさせてもらっています。 昨日と違う今日にある意味好奇の心を持って確かに前進しています。 寝ても寝てもまた目が覚めてしまうたびに、なにか大いなるものに生かされている。 という感覚を持たずにはいられません。

 息をしている事に。 そして、 今、ここに感謝を!!

 

 ありがとうございました。 

 

Photo

    画像提供:彗姐 (Hui-jie)さん。    ありがとう。 

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 性格異常障害。

 

 今日、病院に行って来ました。

 

 私は、

 性格異常障害。

 うつ病。

 この二つが考えられる。

 との事です。

 今日はこれ以上書く気力がありません。

 寝ます。

 

 お医者さんは、

 とても優しい方でした。

 

 西洋医学では、

 私はそういう位置づけのようです。

 

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