うつ、うつ病

 小さな作業所に原点を見つけた! (2009年の回想)

 

 

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 2010年、

 

 皆様、新年あけましておめでとうございます。

 

 本年も、当ブログ、ご愛顧の程、宜しくお願い申し上げます!

 

 

 と、ご挨拶などさせていただきましたが、実のところ、なんだか、ぜんぜん気分がついていっていない執筆者であります(笑)。

 皆さんいかがお過ごしですか? 良いお正月、迎えておられますでしょうか。

 

 2009年の回想、続けさせていただきます。

 

 就労支援センター? ん? どんな所なんだろう。 生活支援センターの時もそうでしたが、とにかく何でも経験だ、いってみよう、というのが正直な動機でした。 私は以前より、福祉の分野(分野として分けて考えるのはおかしいと思っていますが・・・)に縁もあり、関心も持っていました。 運転手時代には、市役所から依頼された、体や心に障害を持たれている方の引越しを担当させてもらっていた事もあります。 そんなものですから、自分の病気はさておいて(笑)! とにかくこの世界を見てみたい、飛び込んで経験してみたいという気持ちの方が優っていました。

 

 私は、以前は”公”というものは、どんなものであれ、心の内ではあまり、というかほとんど信頼をしないタイプの人間でしたが、2009年のさまざまな体験は、そんな私の狭い認識、視野を広げさせてくれたのです。 当たり前の事なのでしょうが、ここにも生きてる人がいる。 そして日々の営みがあるんだ、と。

 

 就労支援センターは、私の住まいから二駅のところにありました。 歩いて1時間ぐらいですから、約4キロぐらいでしょうか。 散歩の範囲もこれで広がりました。 往復300円ですが、電車賃の節約にもなりますし、体力回復のリハビリにもなるし、散歩は心にも良いし、良い事づくしです。 まあ、電車に乗りたい時は、無理をせず、利用させてもらいます。

 

 初めてセンターを訪ねて、たまたま私を担当して、案内してくれる事になったのがYさんです。 彼は、とても話しやすい方で、病を抱えた私の、その時々の心境、生活状況をじっくりと聞いてくれて、真摯に向き合って下さいました。 高知県出身の男子という事もあってか、良い意味での純朴さというか、男気も持ち合わせているようで、そのあたりが、長年肉体労働の現場で、汗水たらしながら働き、中間管理の立場においては、さらに組織人として、複雑で、一筋縄ではいかない苦い経験も沢山してきた私としては、非常に接しやすく思いました。 もっと平たく言えば、仲良くできそうな方で、本当に良かったです。 感謝しておりますよ。 Yさん。

 

 先の生活支援センターの方も、市役所の障害福祉課の窓口の方などもそうですが、こういった所におられる方は、総じて優しいです。 少なくとも話は聴いて下さいます。 それだけでかなり心は救われるものです。 私はそうでした。 ひとりで悩みを抱え込み、解決しようとしないで、まずは一本の電話をされてみる事をおすすめします。 病院でカウンセリングを受けるには、お金がかかりますが、こういったところなら、それも要りません。 時に口ごもったり、どもったりしたっていいんです。 優しく対応して下さいます。

 

 さて、そんなYさんに紹介され、まずは見学、と出向いたのがHという、とある作業所でした。 そこで私は「労働」というものの理想型を見ました! 作業所単体としての、収益を挙げる事は、それはそれで重要な事なのですが、ここでは何よりも、そこで働く”人”そのものに、細やかな目が向けられていて、ひとりひとりのメンタルに最重要の重点が置かれているのです! これだ!と思いました。

 

 ここにお邪魔させてもらって、まず感じた事は、掃除がとても行き届いて綺麗で清潔だったという事です。 階段の隅々まで掃除が行き届いていて、すがすがしい。 建物、設備等は質素なものではありましたが、自分たちの居場所を、自分たちで大事にしているというのが一目でわかり、伝わりました。 皆さん重い病気を抱えているにもかかわらず、風通しはよく、明るい雰囲気の中で作業をしておられたのがとても印象的でした。

 

 それぞれの病を抱えながら働かれておられるので、苦しくなったら、いつでも2階の休憩所のゆったりとしたソファーで休みをとっても良いというように環境が整っている事にも感動しました。 決められた就業時間、日数というものはありますが、事前の相談でかなり自由な対応ができるようになっています。 少しだけ一緒に作業もさせてもらいましたが、互いに互いを思いやる空気が、そこはかとなく、感じられました。 各個人で、作業の手際、スピードに大きな違いがあるのですが、そんなことは、あまり問題じゃないんです。 中でひとり、とても目まぐるしくテキパキと仕事をされている方がおられました。 おそらく躁系の方だと思われるのですが、生き生きしていて、楽しんで、充実している様が心に伝わってきて、心地良かったです。

 

 それぞれが、それぞれのかたちで、はたらく喜びを味わえる。 障害を持っている人だって、社会との接点が持てる。 社会に役立っているという実感を持つ事ができる。 こんな場所が現に今の日本に存在している事に、小さな、いや、大きな感動を覚えました。 Yさんとセンターに帰る道すがら、私はいろんな事を考えていました。 世の中のすべての会社がこうなればよいのに! こんな環境がすべての会社で実現できれば、誰も鬱になる人なんかいなくなるのに、と。

 

 世間では、今もなお、経費削減を目的とした、人員削減の嵐が吹き荒れており、前職においては、私も、ここにはとうてい書き切れないほどの様々な現実に直面し、苦渋を味わい、また、さまざまな角度から見てきました。 しかしながらこの日、私は、この小さな作業所で、人がはたらくという事の原点を、ダイアモンドを見させてもらったような気が致します。

 

 私は以前の日記で、ゆるやかな心で、「人間にとって最適な労働時間は3時間+個人のやる気だ~。」と、大胆な事を書かせて頂きましたが、今もそのような心は変っていません。 人間の基本的な労働時間は8時間だと、いったい誰が決めてしまったのでしょうか? 今ではそれにサービス残業が加わり、毎日12時間以上の労働をせざるを得ない環境なんてざらにあります。 残業代カットなんて当たり前にあります。

 

 自分自身の、本当に、この世で実現させたい望みは、公言してはいけないもの(実現できなくなる)なので、ここでは言葉を濁す事にさせていただきますが、ちょっとだけお伝えするとすれば、私はこの2年間で感じる事のできた”原点”をこれからの人生の中で、大切にしていくでしょう。

 

 この後、私は、なんと農業でこのような環境を実現している場所と出会う事になります! これは、市役所の障害福祉課の担当の方とお話できた事が事の発端にあります。 担当の方と二人で、私が住むT地区周辺の作業所のリストを見ながら、説明を受け、相談させてもらう中で、「農業でこういう場所ってありませんかねぇ。」と伝えてみた事から始まりました。

 

 ここからは、自力でのアプローチが始まりました。 障害福祉課の担当の方に教えてもらった作業所に電話をしてみたのですが、残念ながらそこは、栽培など、農作業そのものをしているところではなく、地元でとれた野菜の加工や販売をしたり、その野菜をみんなで調理して食べよう、というような所だったのです。 しかし、そこの責任者の方から、思わぬ朗報を伺う事ができたのです。 「うちはこういう所だけれど、N区では、農家さんで、あなたのような人を受け入れているところがいくつかありますよ。」と。 この一報で、私は、東京都に、”社会適応訓練事業”なるものがあるという事を知ったのです。 そして、ついにその委託事業所の中に農家さんの名前を見つける事ができたのです!

 

 この”社会適応訓練事業”というものは、心に障害を持ってしまった人が、再び社会へ出て働く事ができるようにと育成、訓練していこうとする東京都単独で行われている制度(同様の制度は他府県にもあるかもしれません)で、在住している地区の保健所が事業の紹介を担当しており、その保健士(婦)さんと面談、相談等を重ねる中で、訓練者(私)と委託事業所との間のマッチングをはかりながら行われていきます。 私を担当してくれることになったTさんは、忙しい中にあっても、時間を割いて、親身に話を聞いてくれて、一緒になって考えて下さいました。 やはり、こういうところにおられる方は、総じて真摯で、かつ優しいです。

 

 私が農業志望であることが明確だったので、ここからの話は、公の制度でありながらも、わりとスムーズに進みました。 担当のTさん、感謝してます。 

 

 *書きかけですが、UPしちゃいます。 後に追記させていただきます。

 

 

 今、ここに感謝をsun

 ありがとうございます。

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 今年も一年、みなさんどうもありがとうございました。 (2009年の回想)

 

 

 こんばんは。 お元気ですか。

 

 また少し、更新が滞り勝ちになってしまいました。 ごめんなさいね。 今、私の中では、伝えたい事、日々の気付きが沢山ありすぎて、収集がつかず、いくつもの題材が、その熟成を待っている状態にあります。 これから、少しづつ出していきますよ。 よろしくお願い致しますね。

 

 さて、今年も、残すところ、あと数時間となってまいりました。 皆様におかれましては、今年はどんな一年でしたでしょうか。

 

 私は、今日は、久しぶりに、自宅において、一日中、だらだらとさせてもらう中、書けなかったメールへの返信、ブログへのコメント、そして年賀状を書いたりして、じっくりと、ひきこもり暮らしをさせてもらっています。 また、そんな中で、2008年、2009年と、私が鬱で休養し始めてからのこの2年間を振り返ってみたりもしています。

 

 2008年から書き始めたこのブログですが、それをはじめからざざっと読み返してみたりもしました。 2008年の記事は、筆致も良く、タッチもわりと軽快なものが多く、文体も整っていて、伝えたい事が明るく、簡潔にまとめられていて、読んでいても心地良く、ハッとさせられる視点もあり、広く一般の方々にも伝わるだろうな、というものが多かったなあと、我ながら、「良く書けてるじゃないか」と感心しながら読み返してしまいました(笑)。 現実社会から離れて間も無く、新鮮で、勢いがまだ残っています。 療養生活ともなかなかうまくつきあえていて、楽しんでいる様さえうかがえます。

 

 2009年年頭からは、それが一転、いよいよ深みにはまって行ってしまいます。 ”表現”だったものが、足場がゆらぎ始め、リアルな”訴え”に変り始めてきています。 外出回数も減り、鬱も本格化し、深まる中で、ケムトレイルなどに心を囚われきってしまっています。 ひどい皮膚病に悩まされたのも、この頃でした。 しかしここで私はWEB上の出会いを得ました。 そこから私は数多くの励ましを頂きました。 今でもその関係は続いています。 有志の方とのコラボレート記事もできました。

 

 鬱を文にして著わす、というのは結構難しいものなのです。 鬱の本質は「死」であり、究極の非力である事を私は体験を通じて知る事ができました。 まず、第一に、その、本当の渦中にある時には、パソコンにすら向き合えないというのが本当のところです。 何もしないのです。 例えば、自殺すらできない、というのが、その渦中における真実です。 自殺について言うならば、寧ろ危険性があるのは、少し元気がでてきた後の寄り戻しの時だったり、再び社会参加した後の挫折時だったりするのではないでしょうか。 特に、後者は危険です。 私は自殺などしません。 痛いし。 怖いし。 苦しいし・・・。 鬱の本当の渦中は、まるで、台風の目の中にいるように、わりと、のほほんとしたものなのです。

 

 何か、今日の記事も、脱線し始めている感がしますが、このままいきます(笑)。 とにかく、文を書く、という事は、想像されている以上のパワーが要る、という事は、皆さんも経験から、同感していただけるものと思います。

 

 本当の渦中近くにいる人の、よりリアルな表現はとても散文的なものであり、例えばこんな感じです。

 

 

 今日は、久しぶりに、街を歩いた。 歩いてみました。

 

 皆、なぜだか楽しそうにしていました。

 

 それがとてもつらい。

 

 幻滅しました。

 

 かなり・・・、かな。

 

 。

 

 でも良かった。 皆、楽しそうで・・・。

 

 また。 

 

 ・・・。

 

 

 とまあ、こんな感じですか。 鬱時の私のかなりリアルです。 広く読者を想定し、見据えたり、役に立つ事を書こうとしたり、文章としての吟味をするなど、かなりパワーがいる事なので、できません。

 

 実際、WEB上には、このような心情吐露を主体としている、鬱ブログも多数存在しています。 私は、このようなブログに助けられた事も多数あります。 みんな生きててくれよ。

 

 えーっと、何が言いたかったんだっけな。 そうそう、過去を振り返っていたのでしたね。

 

 社会からの隔絶が続くと、その立ち居地がゆらぎ、足場がもろくなってきて、自分を客観視できなくなってきます。 世間は春の装いに、その輝きを増し始める今年の4月某日、私は、ひとり、部屋で、底知れぬ、恐怖を見ました。 それは、暗い、暗い、蟻地獄のようなものでした。 もう幾日も、風呂にも入っていない私からは、腐敗臭すら、漂っていたかもしれません。 このまま、堕ちるのならば、どこまでもいってしまう・・・。 生命の危機すら感じました。 残念ながら、そんな時に、リアルな表現などできないのです。 今、この文章でも出来ていないと思います。 言葉にすると、嘘になってしまうのです。 

 

 そんな亡羊の果てに、たまたま点けたテレビでやっていたのが、NHKのドキュメンタリーで、多摩川河川敷に暮らす人々と猫や犬達を淡々と追い続けたものでした。 今、私は、ここに暮らす人たちと、精神的に何の違いも無い。 心の位置が同じだから、社会の見え方もほぼ一緒で、ただ、違うとすれば、その、置かれている状況だけで、私は、たまたま今、傷病手当金をもらえていて、ここに住めて、なんとか食べる事が出来ているだけにすぎない、と。

 

 番組の中で、手作りの住まいを強制排除で取り壊そうとしている行政側の人の中のひとりが、「うわ、こりゃ、人間の住むところじゃないな。」と、ぼそっと、なにげなく吐いてしまった言葉に、激昂した、現代社会において居場所を失ってしまった職なき男の言葉に私は深く、深く、共感したのを覚えています。 「誰も、こうなりたくて、こうなった奴なんかいねぇんだぞぉ!」、「わがらねぇのが!」、「なんがいってみろ!」 確か、こんな感じだったと思います。 仲間の住まいが淡々と業者の手によって、いわば、”処理”されていきます。 彼の言葉は、こわばり、震えていました。 私と同郷の、東北の訛りが少し感じられました。 魂が揺さぶられました。 私には、彼の方が立派で、誇らしく感じられました。 人間の体温を感じたのは、むしろ、彼の方からでした。 同時に、私の心は、行政の命を受け、それを執行している人々達へも向けられました。 そこから感じられたのは、彼らの帰る家であり、それぞれの暮らしです。 彼らもまた、生きているのです。

 

 非常に考えさせられました。 元は同じ人間同士をこうして対立させてしまうものとは一体何なのだろう。 一体私には、何ができるんだろう。 暗闇の中に、一縷の光を見ました。

 

 この、新たな原体験のようなものを経て、私は、再び「生」へ向けて、歩み始めたのです。 「このままではいけないんだ!」の思いは、もはや、理屈で言い表せる類のものではありませんでした。 命からがら、散歩に出かけ始めました。 このあたりの事は、後になって、若干、ブログにも書き残せたので良かったな、と思っています。 でも、ほとんどうまく書き表せていません。 鬱の表現はとても難しいです。

 

 この後、さらに、様々な人との出会いが始まりました。 まずは地域生活支援センターの方々でした。 ここは、5月から本登録して、3ヶ月ぐらいは散歩の途中の目的地とさせてもらって、よく通いました。 結局、今の社会は、お金が無い人は、ほとんど居場所も、行き場所も無いようにできているのです。 コーヒー 一杯飲んで佇むのにもお金がかかりますから。 また、買えないショッピングほど、つらいものはありません。 小銭入れに、1日最大利用分の千円だとか五百円だとかをポッケに忍ばせ、買うあても無く巡る街の店など、ただただ、不快な事が待ち受けているだけです。 「あっ、いや、今日は見させてもらって・・・。 また今度買いに来ますね! ありがとう。」 ・・・。 周囲のお客さんからは、ゆとりの、幸せのオーラが出ています。 私の居場所じゃない気がしてきます。 なんとなくあなたにもわかってもらえるでしょう?

 

 自由に、それなりに気楽に居させてもらえる場所といえば、都市部においては、結局、公園くらいのものなんです。 図書館も良く利用させてもらいましたかね。 でも、この、生活支援センターならタダで、お茶ぐらいは飲めますし、居たい時に、居たいだけ、居る事ができます。 同じような悩みを抱えた人と、語らう事もできます。 が、実際は、みんな、病気は別々だし、いっぱいいっぱいの人が多いから、自分の事をしゃべりたい人ばかりで、私の話など、聞いてはもらえない場合が多いのですけどね(笑)。 聞き役になってしまう事がほとんどです(笑)。 仲良くなって、家まで遊びに行った人もいます。 鍵を無くさない様に、いつも首からぶらさげ、足も不自由で、えっちらおっちら階段をのぼるAさん、元気にしてるかな。 いつも100円ショップのコーヒーを、おいしく淹れてくれたっけな。 そして、100円ショップのそばを、一緒に歩いて買いに行って、ゆでて一緒に食べたましたね。 おいしかったよ! 入院病棟まで訪ねて、でも会えなかったTさん、どうしてるかな。 センターで一緒にカレーをつくって、食べれてよかった。 街でばったり会った時には、ほんとにびっくりましたよ。 互いに話せて、とてもうれしかったよ。

 

 ここでは、世間の常識なんか関係ないんです。 通用しません。 礼節はもちろん大事だけれど、それを相手にも求めて、できない人を排除させるような心持ちでは、全然やっていけません。 成り立たないのです! つながっていられないのです。 生きてるだけで精一杯な人も、事実、沢山います。 暴れだしそうな人もいます。 沈んだまま、動かない人もいます。 「〇〇さん、明日、〇〇時に会おうか。」 「うん。」 ・・・会えません(笑)。 それでいいんです。 〇〇さんが、生きてさえいてくれたなら。

 

 まるで、暗黒面のような人もいます。 たいがい、そういう人は、その場を仕切りたがります。 自分の思うようにならないと、ぶるぶる震え出し、怒り狂います。 エゴが強いままなのです。 そこでは番長格におさまっていますが、その実、ぎりぎりで、他に行き場が、拠り所が無いのです。 何度か社会への復帰も目指したようですが、挫折のつらい思いも経験しています。 こうなってしまうと、センターこそが、その人の生きる場所になってしまい、なかなか外の世界へは出て行けなくなってしまいます。 でもそれはそれで、ぜんぜん構わないとも思います。 いいんです。 生きて、少しでも生きがいを感じえる希望があるのなら。 ケアサポーターへの道だってあります。 現にその人には、周囲からそんな声もかかっています。

 

 こうして想い起こすと、本当にこの一年は目まぐるしく移り変わる体験をさせてもらっていたんだなと思います。 さて、散歩も、一進一退がありながらもまずまず順調に、楽しみながら持続でき、そんな中で、すったもんだがあってのやむを得ない退職も経験し(これは、以前に記事にしているので省きます)、9月になると、素直な気持ちで、もっと社会と接点を持ちたい、働きたい、人知れずでも構わないから、とにかく再び誰かの役に立ってみたいという希望が私の心に芽生え始めてきました。 人はあまりに孤独が続き、お金もなく、働かず、元気が出てきながらも狭い範囲にのみ留まっている日々が続くと、自然と外に出て、誰かと会って、働きたくなってくるようにできているようです。 本当にこの気持ちは純粋で、その心象は今でも思い出す事ができます。 そんな矢先に、就労支援センターというものの存在を知り、出会う事となりました。

 

 2009年の回想は、さらに続きます。

 

 

 

 

 今、ここに感謝を。

 ありがとうございます。

 

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 できる事を、できる事から。

 

 許されている。 許してもらっている。

 今の私の心境を一言で表すとそんなところでしょうか。

 まったく綱渡りのような感もありますが、こうしてあらたな縁を頂き、生かされている。 生きる方法、そして、生かす場所をもらっている。

 そんなところでしょうか。

 

 あれからいろいろありましたが、この11月から、私は、練馬区で先祖代々受け継がれてきた、とある素晴らしい農家さんのお手伝いをさせてもらう事となりました。 共に働く仲間にも恵まれました。 この不思議なくらいのめぐり合わせに感謝です。 きっと、土地の神様をはじめ、様々な神々がご配慮くださっているのでしょう。 

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 うれしいです。 有難し。  感謝 感謝。  今日は天気も良。

 

 生きる道は、何通りでもある。 そして夢への道は決してひとつだけではない。

 できる事を、できるであろう事から。 

 そんな思いです。

 

 まずはご報告まで。

 あした、早いので、すみません、今日はもう寝ます。

 

 農業って、なんて懐が深いんだろうか・・・。

 

 

 今、ここに感謝を。

 ありがとうございました。

 おやすみなさい。

 

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 黒い私

 

 

 私の中に、

 

 黒い私が確実にいる。 息づいている。

 

 無慈悲。 無関心。 無気力。 無感動。

 

 それはそれはひどいもんだ。

 

 無表情。 暗冷。 蒼白。 澄み渡るぐらいに醒めている。

 

 どうでもよくなってしまう心。

 

 怠惰このうえなし。 放置。 不潔。 不浄。

 

 貪り食う心。 執着。 隠れた強欲。 強すぎる自我。

 

 成功願望の奥に潜む、巧みな功名心。

 

 自己にのみ、 利 しようとする心。

 

 確かにいる。

 

 

 ゆえに孤独。 不安。 臆病。 神経症。

 

 真の豊かさ、安心感は何処。

 

 貝が分かれると書いて貧、木が囲まれてしまっている様が困だな、などと考えている。

 

 そして何より、

 

 この、どこまでも続くかのような自己否定。

 

 うん。 確かにいる。

 

 今日、私はこれを告白させてもらいました。 

 

 

 深層意識を制御したり、長年の間に身に付けてしまった癖を変えていくのはなかなか難しいと思う。 ほとんど無理かもしれない。

 

 

 最近、この黒い私とでも呼ぼうものが、私を覆っています。

 

 以前にも増して。 はっきりとコントラストを携えて。

 

 からだの症状としても表れてしまうから、困ったもんだ。

 

 太陽と向き合っている時、農場で働いている時、私はこれらから解放されています。

 

 私にとって、そんな時期なのかなあ。 クリーニングの最終段階だろうか。 また、今はそんな時代の空気でもあるのかな、やはりなにか変容が起こっているのかな、などと思ったりもする。

 

 とにかく困ったもんだ。

 

 

 でも、

 

 その、どれを表に出すか出さないか、

 

 その選択権が私にはあるんだったなあ!

 

 自由意志、という領域が私には許されているのだったなあ!

 

 一歩直前で踏みとどまる事のできる 自由 が私には許されているのだったなあ!

 

 見直し総点検の時期が私に許されていると思えば、とても有難いな、などと、今更ながらに気付いたりもして。

 

 

 なんとかなるか。

 

 なんとかなるさ。

 

 なんとかするさ。

 

 それが大人だもの。

 

 

 

 感謝、感謝。

 

 感謝だったよなあ!

 

 なんてやりとりを最近はしたりしてます。

 

 

 

 

 

 

 ありのままに。 あるがままに。

 

 

 今、ここに感謝をsun

 ごめんなさいね。 ありがとうございました。

 

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 本当にお久しぶりです!

 

 

 こんばんは。 お元気ですか? 本当にお久しぶりです!

 

 前回の更新から、はや3ヶ月余り。 季節も夏から秋、そして気が付けば、もう朝晩が冷え込む季節となりました。 ほんとに月日の経つのはますます早く、決してひとつところに留まっていてはくれませんね。 タイムウェーブ・ゼロ理論というのがありますが、まさに、そういった方向に進んでいるのではないでしょうか。 これは地球規模の出来事のような気がします。 近い将来、人類にとっての時間の概念が、今のものとはまったく違うものになっているのかもしれません。

 

 しばらく更新が途絶えてしまった間にも、コメント、メール等にて心配して下さった方々、たびたびチェックして下さっていた方々へ、本当にありがとう! おかげさまで、こうしてここに新しい記事をお届けできました!

 

 実はあれから色々あったのです。 あれから私は、安定した生活の基盤を失う事態となったのです。

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 17年在籍し勤め上げてきた会社を8月31日付けで退職致しました。

 

 下記のメッセージは会社のみんなに送ったものです。 実名でいきます。 本意であり、隠すような内容ではないと思うからです。

 

  志村運送の皆様へ  みなさんお疲れ様です。

 日々の安全運転、本当にご苦労様です。  このような書面にて、皆さんとの別れの挨拶とさせて頂く無礼をお許し下さい。

 私事、この度、一身上の都合により、2009年8月31日付をもちまして、17年在籍させて頂きました、この志村運送を円満退職させていただく事と相成りました。 在籍中は、愚直で捉えどころの無い性格、世間知らず、かつ傲慢、さらに若い時分は生意気盛りで、諸先輩方、同輩、あるいは後輩においてまで、多大な迷惑をお掛けしたものと記憶しております。 反省するばかりです。 しかしながら、その折々において、大きな心で堪忍頂き、あるいは叱咤激励、そして影で黙して支えて頂いた数々の皆様の心遣いのおかげでこうしてつらくも楽しかった17年を過ごせてきた事に、今、ただただ感謝の言葉を申し上げたいと思います。 私がここまで生きてこられたのはまさに、この志村運送というこの会社と皆さんがいてくれたからです。 重ねて感謝を申し上げます。 ありがとう。

 これから私は、己の障害を受け入れながら、ゼロから人生の再出発の歩みを、じっくりと吟味しながら進めていく所存です。 どんな苦しい状況にあっても、自力の歩みをあきらめず、心を開き、手を差し出し続ける勇気があれば、支えてくれる人はどこかに必ずいる。 理解してくれる人がいる。 今、私はこうして何も出来ない人になってみて、そんなことを周囲の人々の中で学んでいます。 感じています。 この新たな歩み、そしてあらたな夢は、あらたな社会復帰への道を示してくれるものと確信しております。  いつの日か、別の形で、今度は、少しは皆様のお役に立てるような人間になって、喜んでもらえるような人間になって、またお目にかかることが叶うのならば、こんなに幸せな事はないでしょう。

 今まで、長きの間、本当にありがとうございました。

 もうしばらく、私は東京におりますが、そう遠くない将来、私は東京を離れる事になると思います。 現在の連絡先を別紙に記しておきます。 なにかありましたら気楽に、あるいは重くとも連絡を下さい。 食や農業の事、健康、病について、福祉、こころ、人と人、自然、宇宙の話、目に見えない世界の話、これからの世界の話など、結構話せるかと思います。

 2009年9月1日 好日

      原 康彦    

 

 どうやめるかは、私にとってとても大事な事でした。 身体的、心情的な影響を考える事はもちろんの事、その後の生活の心配もあり、不安がほぼ毎日押し寄せていました。

 

 現状、以前のような正規の就労が難しいであろう事や、そのような状態における雇用は会社としてもできないとの話があり、また、健康保険組合の傷病手当金は1年半の期限が迫っていました。 いくら病気であろうとも、それ以上の手当てはもらえない決まりがあるのです。 果たして私はやめざるを得ない状況となった訳です。

 就労支援センター、生活支援センターの方々や、市役所の障害福祉課、生活保護の必要も考えられたので生活福祉課の担当の方など、出来うる限りのいろんな人たちに相談を受けてもらいました。 もちろん主治医の先生とも話をしています。 実際にやめるという意思が固まってからはハローワークの障害者相談窓口にも通い、不明な点を問い合わせ、生活が可能な、最善の選択を探りました。 幸い、有難い事に、相談を受けてくれる人、皆さん良い人で、親身になって私の話を聞いてくれました。 その度どれだけ心が安らぎ、和らいだ事でしょう。 人を信じ、頼る、甘える事が苦手で屁のツッパリだった私も、おかげで今、だいぶ変ってきています。 これはあきらかに、鬱という病にかかり、自分を見つめなおし、そしてこのような新たな人たちとの出会いもあって、気付かされ、変ってきた事です。 日々の散歩と共に、それらの行動も良いリハビリになっているかもしれません。 以前の記事にも記しましたが、この世知辛いと思われがちな世の中で、このようなやさしく奇跡的なふれあいが、そしてセーフティーネットがあるんだ、という事に私はとても感動しています。 いろんな人やものとのつながりの中で生かされているんだなあ、と感じています。 健常者として勤めていたときには、これらはむしろ感じ得なかった事です。 普通の社会がなぜこのようにならないか、と思えてきます。

 

 結局、私は、現状において障害を持つ者として、自己都合による退職とし、新たな職探しを始めるという決断をしました。 とにかくやめざるを得ない状況になってしまった訳で、会社都合による退職を主張することもできましたし、医師の判断等、病状を考えれば、生活保護があるいは妥当だったかもしれませんが、私は私の意志で、これを選びました。 いや、流れの中でなんとなく、と言ったほうが正しいかもしれません。 導きにのったというかなんというか・・・。

 

 在籍中の苦楽はおそらく並以上にあったでしょうが、むしろ、だからこそ、まがりなりにも長年お世話になったこの会社に、波風を立てたくはありませんでした。 互いに笑顔で、感謝の中で幕を引きたかった。 会社で離職票に離職理由を記入する際、お前の事情にあわせるからという意味だったのでしょう、会社側の離職理由欄等、すべて何も書かれていない白紙の離職票を渡されたときには最初戸惑いましたが、後になって社長の懐の深さを感じました。 意味がわかりました。 ここで自分の権利の主張をするのは、なんか違うな、と思いました。 それが私のメンタリティーです。

 

 障害者手帳を申請していた事が幸いして、ハローワークでは、やむを得ない事情による退職が認められ、待機期間なしで雇用保険を受ける事ができる事となり、私の生活はなんとか保たれる事となったのです。 

 

 会社に残していた私物を整理、処分しに行った際には、乾いていたはずの私の心にも、さすがにいろいろな思い、自分史があふれて来ました。 やはり、愛着、執着があるのです。 若き日、過ぎし日の映像が、ひとつひとつ、浮かんできます。 そんな情景を、含み、味わうかのようにして、ゆっくりと思い返し、昇華し、処分しました。 最後のあいさつの際には、感極まり、涙のような感情がぐぐっ、と来ましたが、涙でこの別れを締めくくるまい、それは違う、と、湧き上がるものをこらえました。 きっと変なぐちゃぐちゃな笑顔になっていたと思います。

 

 そんなこんなで、おかげさまで円満退社となりました。 なんとも有難き。 感謝です。

 この顛末が、同じように悩んでいる人の参考になれば幸いです。

 顛末はまだ続きます。

 

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 ありがとうございました。

 

 

*この記事を含め、新たな歩みの軌跡を、新たなブログで綴っていく所存です。 今まで応援、コメント、ありがとうございました。 新たなブログアドレスは、http://inochi-no-kagayaki.cocolog-nifty.com/blog/ になります。 タイトルは「空と大地に導かれて。」です。 今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。

 

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 今日の一言。 (  自 戒  )

 
 
 
 
 
 
 
 世間を否定する事は、
 
 
 あなたを否定する事。
 
 
 その世間を生きているのは、
 
 
 他ならぬ、
 
 
 あなた なのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

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 障害ってなんだろう?

 

 病ってなんだろう?

 病人ってなんだろう?

 そして病はどこからくるの?

 

 障害ってなんだろう?

 障害者ってどういう事なんだろう?

 

 正常ってなんだろう?

 じゃあ、僕は異常なの? 人として。

 生まれて来てはいけなかったの?

 それは違いますよね!

 

 何をもって「正常(健常者)」とするの?

 何をもって「正常ではない」とするの?

 その境目は必要ですか?

 

 最近、こんな事を考えています。

 

 私はこの社会の中で、今、間違いなくそのボーダー(境目)にいます。

 

 そのボーダーから感じる事、見えている事があります。

 

 先日、就労支援センターへ行ってきました。

 

 担当の方とお話させて頂く中で、

 

 障害は、個人の中にあるのではなく、

 

 社会の中に障害があるんだ。

 

 という話が出てきました。

 

 一瞬、簡単に解釈してしまいそうになる言葉ですが、

 

 非常に示唆に富んだ言葉で、含蓄もあるなあ、と思いました。

 

 読み取る角度によって、そしてその深さによって、いろんな受け取め方ができます。

 

 こういう方が、今の福祉の現場におられる事にとても安堵致しました。

 

 私は、私の心の中にこそ障害があると感じています。

 

 

 

 

 

 

 生きてるだけでいいんだよ。

 

 そう思えたならきっと・・・。

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 ありがとうございます。

 

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 リハビリ日記 (今日は通院日)。

 

 去年の2月、

 追い詰められた気持ちになって、不安で、半ば衝動的に、私はいろいろな病院に電話をかけまくっていた中で、ここだけは応対の雰囲気がとても親身だった。 決していまどきのクリニックとはちがう、精神科然とした佇まいの病院ではあった。 うん、ここでいこう。 ここなら大丈夫、お世話になろう、と思った。

 初診からもう1年5ヶ月目になる。

 今まで34回もの面談、診察を重ねさせてもらって、やはりこの病院と先生とめぐりあえて良かったな、と、今、つくづく思う。

 今日は特にそう思える問診だった。 

 何も隠す事はなく、ありのままの今の私の状況を伝えた。

 そしてそれは伝え切れたと思う。

 とても呼吸が合っていました。(合わせてくれていたと思う。) 

 今までのやり取りの中では、

 若干、突き詰め、問い詰めるような言葉を送った時もありました。

 若干、荒い調子の言葉になる時もありました。

 私の皮膚病の事を皮切りに、ケムトレイルや陰謀について語ったところ、統合失調症の可能性ありと診断され、PZCを処方された時は、「いや、これは事実としてある事なんです。」、「統合失調じゃない!」、と、声を若干荒げてしまうような場面もあったのです。

 それでも先生は、先生なりに私の話を可能な限り受け入れ、いつも聴こうとしていてくれたのです。 PZCの処方は、一度きりで終わりました。  

 いつも私の病状を冷静に判断してくれていて、今の私の社会における立場、職場での状況もしっかりとわかっていてくれて、私の思いも汲みながら、押し付けをせず、その上での的確なアドバイスをしてくれていたのです。

 私の場合は、わかりやすくまとめて皆さんにお伝えすると、神経症的な気質と若干の統合失調的な不安などによる抑うつ状態、鬱病、という事だそうです。

 今回の診察で、この事を先生は、先生の言葉で、もっと細かいニュアンスで、先生の感じているところのありのままを私に伝えてくれました。 これで、互いの認識に接点が持てた様な気がします。 私は、私の症状が、いわゆる典型的な鬱病の症状と違いがある部分があった為、何か違うな、という思いがいつもあったんです。 今は納得です。

 また、いきなりの農業はきついんじゃないか、例えば週3日とか、半日の仕事など、ステップを踏んだほうがいいという事はもっと以前から言ってくれていました。 でも、いや、そんな事はない、とあせり、強がり、聞く耳を持たない私にいつも先生は、急がば回れ、と言ってくれていたのです。 そうかもしれないな、と最近は思うようになってきました。

 投薬に関しても、私の状況、信条を理解してくれながら、そんな中での最善の判断をし続けてくれてきた事に感謝したいです。 僕が薬嫌いで、出された薬、出された薬、ほとんどすべて副作用がきつく出てしまい、期待するところの効き目が何一つ表れなかったので、先生は苦労されてきたと思います。 それでもあきらめず、ベストの処方を共に探してくれてありがとうと言いたいです。 感謝致します。

 二週に一回の通院ではあったのですが、今まで本当にとても良い診察時間を過ごさせてもらったと思います。 感謝しています。

 S医院のS先生。 そして受付の方。 感謝しております。 これからも、こんな私ですが、宜しくお願い致します。

 

 

 今、ここに感謝をsun

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 リハビリ日記。 (感動)

 

 今日はほぼ一日沈んだ一日になってしまった。

 いったいなんなんだろう。

 訳も無く、何の前触れも無くそれはやってくる。

 こんな時だ。

 私は私が病人である事を自覚せざるを得なくなるのは。

 ポジティブ思考などと良く言うが、それが出来るのならば何の苦労もないのだ。 それができない何かがそこにはあるのだ。

 理屈じゃない世界、目に見えない世界の大きな大きな仕組みがきっとそこには働いている。 間違いなく。 体感からそう思うのだ。 無理なものは無理なのだ。

 深層意識の制御というものはほとんど無理なのではなかろうか。 おそらく、何らかの法則があるに違いない。 私達は、生きているのではなく、生かされている。 暗いなら暗いなりに、つらいなら、つらいなりに、そこから何かを学びなさいと、日々、手を変え、品を変え、宿題を出されているかのような気がします。 最近とみにその思いが強くなっています。

 

 今日も危なかった。

 5時前に一度目が覚め、そのまま寝て、浅い眠りを繰り返した。

 9時に目を覚まし、一度起き上がったが、不安がやって来る。

 その不安から逃れるかのように、しばらくしてまた横になってしまう。

 正午になってようやく外出出来た。
 
 また何者かに突き動かされるような感じだった。

 寝ちゃいけない、寝てちゃいけない、と。

 私は、これが私を守護してくれているもののお陰ではないか、と思っています。

 感謝しています。
 
 

 しかし何故こんなにもだるいのだろうか。

 何故こんなにも元気が出ないのだろうか。

 何もやる気が起きないのだろうか。

 こんなにも不安なのだろうか。

 

 今日は外に出て散歩をしていても終始体が鉛のように重かった。

 何なのか。

 やたらと体が重い。 公園一周も出来ない。

 何もかもがどうでもよくなって来る。

 何で私はこんな人間になってしまったのだろう。

 そんな思いにやられてしまう。

 スクワッドをしても、腹筋をやっても、腕立て、背筋をやってもダメ。

 ここ最近の反動が出ているのだろうか。

 そう思いたい。

 そうすれば、

 こんな日もあるんだ、

 明日はきっと今日よりはマシだろうと希望が持てるからだ。

 

 夢が遠のく思いがする。

 こんなことでは到底やってはいけないだろうと思ってしまうからだ。

 でも、あきらめたくない。

 

 今日は外食をしてしまった。 770円。 痛い出費だ。

 

 孤独も手伝って、今日は自立支援センターにSOSの電話をいれてしまった。

 とにかく話を聞いてもらいたかった。

 一人黙っていると、頭がおかしくなってしまう。

 

 

 ご飯は炊けてあったが、晩御飯はつくる気力が無かった。

 ロメインレタスをちぎって塩をかけて、さらにマヨネーズをかけて食べた。

 面倒だけど、これくらいは出来た。

Rimg4009

 

 塩をかけたのは、塩が体と心を引き締めてくれるような直感がしたからだ。 体が欲していたのだ。

 マヨネーズも体の事を考えると本当はこだわりたいのだが、お金の事を考えると贅沢はできない。 味の素のもので我慢している。 と言ったらこのマヨネーズに失礼だな。 安心・安全の松田のマヨネーズタイプは500円近い価格で、常食するものとしては高価でなかなか手が出せない。

 健康にお金がかかる世の中はおかしいと思う。

 お金持ちは安心安全な食材を自然食品店などで購入する事が容易にできるが、お金の無い人は、普通のスーパーで農薬のかかった、大量生産された、見栄えは良いが、元気の無い画一化された食材を買うしかないわけだ。 私などはさらにそこから閉店間際で半値に下げられるのを待って購入したりもしているのだ。

 基本の調味料や加工食品にしてもそうだ。 スーパーに大量に並ぶ安価なものは、その製造工程において、必ず不自然な化学処理がなされている。 おかげで保存も効くし、便利だ。 そして化学調味料は安価に手軽に大量に、旨味を”加味”する事に成功している。 しかし、これはにせものの旨味だ。 これにみんなだまされてしまっている。 本来旨味とは”引き出す”ものだ。 本来、元気に育った野菜はそのまま食べても旨いものなのだ。 味噌や醤油などの発酵食品はじっくりと時間をかけてこそ大豆本来の旨味が”引き出される”のだ。 HAARPや電磁兵器による終末の演出を危惧する以前に、闇の世界政府がどうのこうのと言う以前に、そして日本の政治を語る以前に私達はこの、食の世界の”演出”にだまされてしまっているのである! 微量に体内に蓄積されてゆく、真の健康を阻害するであろう要因は、なかなか数値で、そして一つのものさしのみで推し量りきれるものではないだろう。

 なぜ不自然に保存をきかせるか。 それは経済的に効率が良い、究極ただそれだけの理由だ。 盲目的な利便性の追求だ。 化学調味料による旨味の加味も同様だ。 私達は加工食品の原材料欄にこれらの表示のないものを探し出す事は、今や非常に困難になってしまっている。

 経済的効率、人的省力、人的効率化、大量生産、大量消費を我々が標榜したとき、農薬や化学肥料、加工食品における添加物の使用は、おおいにそれに貢献してきたのです。

 また、生産者の立場からすれば、今の生産物の値段では生活がままならないのが現状のようだ。 今、日本に兼業農家が多いのは、そうせざるを得なかったからである。 国の行ってきた農業に対する政策や現在の農協という組織、そして流通システムに目を向け、見直してみる事はもちろん大切だが、野菜や穀物は本来もっと高く買ってあげなければ農家の方々は専業ではやっていけないのである。 ちなみに現在、有機生産農家の平均年収は120万くらいだという。 現状、専業で生き残っている農家は前述した、「効率」を標榜し、達成した大規模農家である。 あるいはニッチな視点を取り入れながら、なんとか経営をやりくりしている、という感じではないだろうか。 「効率」を標榜し、大量に、画一的に、”命”をもつ植物を扱う事がどれだけ人間や地球の環境に不自然な事であるかは、去年のたった2度の農業体験のなかで私は感じ取ってしまっている。 おそらくこれから、私が農業のフィールドに立ってから直面する問題となる事は想像に難くない。

 安価なものにはきちんと”理由”があるのである。

 強いものが、弱者を切り捨てたり、囲ったりしながら更に富み強大になり、弱いものはますます窮地に追いやられていく。 そんな傾向はここでも垣間見る事ができる。

 わかっていながら、高く買ってあげられない。 お金の無いものは、健康な食生活も送れず、病気になっても思うように医療が受けられず、人知れず苦しみ死んでゆく。 このつらさが、そしてこの世の中の矛盾がわかってもらえるでしょうか。 これが資本(お金)主義というものです。 人の健康や、心の問題など二の次でいいよ、というのがこの資本(お金)主義という世界の仕組み、宿命なのです。 私達の国は資本主義国家です、と宣言した時、それは、私達の国はお金第一主義国家です、と宣言したのと同じ事なのです。

 こんな世界に、私達は暮らしているのです。

 政治に問題がある、社会のシステムにも問題がある、いや、もっと大きな、闇の権力の陰謀もある。 でも、今の世界の諸問題の本質は、実はもっともっと身近なところにあるのではないでしょうか。 あなた と わたし。 両者の間にあるものは何でしょう。 実はそんなところから始まっているような気がします。 誰か具体的な人物、組織、あるいは対象となるシステムなりを悪者にして、それを叩き、消し去れば解決するような問題ではないと私は思います。 もはや対症療法で解決できる問題ではなくなってしまっているような気がします。 

 そんな中で、農業という世界に私は飛び込んでいこうとしている訳です。 農業、いや、農を主軸とした生き方への転換に、今はまだはっきりとはしていないのですが、なんというか、これからの世界の創造という希望を感じているのです。 と、言うか、理屈抜きで、「お前は農業へ行け!」という心の声が、奥深い所でいつもしている訳なのですが。

 

 

 ちょっと脱線してしまいました。 そうそう、この半値で50円に下げられたロメインレタスの話をしていたんですよね。

Rimg4010

 今日の晩はこれを食べたのみ。 虫さんになったかのようだ。

 

 しかし、これがうまかった。 感動した。

 今の心と体にぴったりと はまったようだ。

 よかった。 感動できて。 唯一これが今日の良かった事だ。

 

 きっと人間の体内では、元素転換等もっと高度な事をやってくれているだろうから大丈夫という事に今日はしておこう!

 ありがとう。 ロメインレタス。 塩。 マヨネーズ。 他、すべてのもの達へ。

 

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 暗い話で御免なさいね。

 ありがとうございました。

 

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 リハビリ日記 (心の海)。

 

 こんにちは。 お元気ですか。 こちらは今日は梅雨の晴れ間が見え、蒸しています。

 とても暑いです。 あぢぃー。 あぢぃー。 皆さんいかがお過ごしですか。

 鬱からの社会復帰、心の快方を目指して今日も私は散歩に出かけました。 そして今、帰ってきたところです。

 今朝もマイナススタートでした。 朝から疲れています。 とても体が重く、心は沈み、というか、ここにあらずといった感じで麻痺していて(離人感と言うらしいですね)、当然感情も希薄で、愚鈍な朝を迎えていました。 6時半に目覚めて、床で先祖や亡き父母、大神様に感謝を述べた後(形だけになってしまった。)、気分に流されるまま誘惑に負け、再び寝てしまいました。

 再び目が覚めたのが8時半。 後悔の念で押しつぶされそうになります。 が、最近はこのような状況が続いていますので慣れています。 以前ならそのまままた眠ってしまう事も多かったし、そのまま目が覚めない日々が続いていた時期もありました。 「いかん。 まずいぞ。」 すばやく気持ちを切り替えて、というか、何かに動かされるかのように、軽く前屈などをして、重い心身のまま、それをスライドさせるかのようにして、表に出て、いつもの公園に向けて歩き出しました。

 とってもちぐはぐ(笑)! ミスマッチ! 歩いてはいけない人が外出して歩いている。 というような感覚に襲われます。 でも、そんな感覚を押し黙らせながら私は歩みを続けます。 当然人とすれ違いますが、受け入れる事ができません。 私一人が浮いているような感覚と戦いながら歩みを進めます。 ハリネズミが歩いているとでもいいましょうか・・・。 そんな時でも私は、受け入れよう、溶け込もう、と、心で努力はしているのです。

 公園に着きました。 緑を見ると若干心が留まります。 でも、心は暗いままです、多分。 いつも暗いところにいるので、果たしてそこ(私の心)が暗いかどうかも解からぬようになってしまっているのです。 いつもの目印の木に手を触れながら、「おはよう。 いつもありがとう。 きょうもよろしく。」と声を掛け、公園散歩の始まりです。

 今日は2週(約4キロ)しても、心も体も重いままでした。 溶け込めない感もそのまま。 滅入りそうになります。 ここのところ快調な日が続いていたので、ちょっとショックです。 ですが、まあ、こんな日も過去にはよくありました。 もっとひどい時もありました。 鬱ってなんだろう。 また考え込んでしまいそうになります。 いかん、いかん。

 ここらで休むか、と重い体をベンチに腰掛けさせます。 あ゛ぁ~。 束の間の解放を味わいます。 この時点で視野はまだ狭いままでした。 蝶々がひらひらと草花の上を舞っていますが、あまり心が和みません。 あまり何も感じませんでした。 しかし、今日はここからが良かったのです。 ここから先の私の行動の中に、私は気付きを見出したのです。

 さて、充分休んだ後、というかボーっと放心状態で過ごした後、なんとなく私は嫌々(本当に嫌々です。 仕方ないな、という感じです。)スクワッドを始めました。 まずは30回。 最後のほうは、「うっ、うわっ、うおしっ。」と声が出てきます。 あれっ? 終えてみると、私は体が軽くなっている事を感じました。

 よしよし。 まあ、無理はせず。 と、ベンチにゴロンと寝転がります。 しばらく(かなり)休み、またやってみます。 体がうっすらと汗ばんできました。 「うわしっ。 よしっ。」、そしてまたベンチに腰掛けます。

 緑が目の前に生き生きと息づいて広がって見え始めました。 シロツメクサの白が飛び込んできました。 ミツバチが花から花へ、らんらんと渡っていました。 二羽のモンシロチョウが時折交差し、楽しそうに生を謳歌しているではないですか!

 その後、私はベンチを利用して腹筋、腕立てなどじっくりと休みを挟みながらマイペースでこなしました。 汗がだらだらとでてきました。 額から汗がしたたり落ちます。 程よく疲労し、息が上がり、高まる体に、そよぐ風が心地良い。 青い空が広がっていました。 そのままゆっくりとヨガのポーズやひねり体操も軽くやりました。 なんだか周囲を思いやる気持ちも復活してきました。 

 

 「なんだ。 こんな事か! 体を使ってあげればいいんだ!」

 気付きました。

 

 しかし、私の場合、ちょっと酷使するくらいに使ってやらねばならないようです。 それでようやく普通の朗らかな心に回復するようです。 マイナスの海を人より少し深く持って生まれてきてしまったのかな、と帰り道で考えていました。 やっぱり農業が最適なのかな、と考えていました。

 

 私はそろそろ自分で自分の鬱のエピソードを断ち切らなければならない時が来ているのかもしれません。 鬱であるというアイデンティティーを手放す時が来ているのかもしれません。

 

 結局最後は自分で立ち上がるしかない。 最近は主治医も抗鬱薬投与を止め、あえて「頑張れ」という言葉を私に使っています。

 

 夕方からは、またMEWに行って来ました。 到着し、息を切らしている私が、いっぱいいっぱいに映ったのでしょうか。 ケアサポーターさんに、「もっと楽にいきましょう。」と、諭されました。

 

 確かに。 でも、楽にいこうとするとなあ・・・

 

 

 

 

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