本当にお久しぶりです!
こんばんは。 お元気ですか? 本当にお久しぶりです!
前回の更新から、はや3ヶ月余り。 季節も夏から秋、そして気が付けば、もう朝晩が冷え込む季節となりました。 ほんとに月日の経つのはますます早く、決してひとつところに留まっていてはくれませんね。 タイムウェーブ・ゼロ理論というのがありますが、まさに、そういった方向に進んでいるのではないでしょうか。 これは地球規模の出来事のような気がします。 近い将来、人類にとっての時間の概念が、今のものとはまったく違うものになっているのかもしれません。
しばらく更新が途絶えてしまった間にも、コメント、メール等にて心配して下さった方々、たびたびチェックして下さっていた方々へ、本当にありがとう! おかげさまで、こうしてここに新しい記事をお届けできました!
実はあれから色々あったのです。 あれから私は、安定した生活の基盤を失う事態となったのです。
17年在籍し勤め上げてきた会社を8月31日付けで退職致しました。
下記のメッセージは会社のみんなに送ったものです。 実名でいきます。 本意であり、隠すような内容ではないと思うからです。
志村運送の皆様へ みなさんお疲れ様です。
日々の安全運転、本当にご苦労様です。 このような書面にて、皆さんとの別れの挨拶とさせて頂く無礼をお許し下さい。
私事、この度、一身上の都合により、2009年8月31日付をもちまして、17年在籍させて頂きました、この志村運送を円満退職させていただく事と相成りました。 在籍中は、愚直で捉えどころの無い性格、世間知らず、かつ傲慢、さらに若い時分は生意気盛りで、諸先輩方、同輩、あるいは後輩においてまで、多大な迷惑をお掛けしたものと記憶しております。 反省するばかりです。 しかしながら、その折々において、大きな心で堪忍頂き、あるいは叱咤激励、そして影で黙して支えて頂いた数々の皆様の心遣いのおかげでこうしてつらくも楽しかった17年を過ごせてきた事に、今、ただただ感謝の言葉を申し上げたいと思います。 私がここまで生きてこられたのはまさに、この志村運送というこの会社と皆さんがいてくれたからです。 重ねて感謝を申し上げます。 ありがとう。
これから私は、己の障害を受け入れながら、ゼロから人生の再出発の歩みを、じっくりと吟味しながら進めていく所存です。 どんな苦しい状況にあっても、自力の歩みをあきらめず、心を開き、手を差し出し続ける勇気があれば、支えてくれる人はどこかに必ずいる。 理解してくれる人がいる。 今、私はこうして何も出来ない人になってみて、そんなことを周囲の人々の中で学んでいます。 感じています。 この新たな歩み、そしてあらたな夢は、あらたな社会復帰への道を示してくれるものと確信しております。 いつの日か、別の形で、今度は、少しは皆様のお役に立てるような人間になって、喜んでもらえるような人間になって、またお目にかかることが叶うのならば、こんなに幸せな事はないでしょう。
今まで、長きの間、本当にありがとうございました。
もうしばらく、私は東京におりますが、そう遠くない将来、私は東京を離れる事になると思います。 現在の連絡先を別紙に記しておきます。 なにかありましたら気楽に、あるいは重くとも連絡を下さい。 食や農業の事、健康、病について、福祉、こころ、人と人、自然、宇宙の話、目に見えない世界の話、これからの世界の話など、結構話せるかと思います。
2009年9月1日 好日
原 康彦
どうやめるかは、私にとってとても大事な事でした。 身体的、心情的な影響を考える事はもちろんの事、その後の生活の心配もあり、不安がほぼ毎日押し寄せていました。
現状、以前のような正規の就労が難しいであろう事や、そのような状態における雇用は会社としてもできないとの話があり、また、健康保険組合の傷病手当金は1年半の期限が迫っていました。 いくら病気であろうとも、それ以上の手当てはもらえない決まりがあるのです。 果たして私はやめざるを得ない状況となった訳です。
就労支援センター、生活支援センターの方々や、市役所の障害福祉課、生活保護の必要も考えられたので生活福祉課の担当の方など、出来うる限りのいろんな人たちに相談を受けてもらいました。 もちろん主治医の先生とも話をしています。 実際にやめるという意思が固まってからはハローワークの障害者相談窓口にも通い、不明な点を問い合わせ、生活が可能な、最善の選択を探りました。 幸い、有難い事に、相談を受けてくれる人、皆さん良い人で、親身になって私の話を聞いてくれました。 その度どれだけ心が安らぎ、和らいだ事でしょう。 人を信じ、頼る、甘える事が苦手で屁のツッパリだった私も、おかげで今、だいぶ変ってきています。 これはあきらかに、鬱という病にかかり、自分を見つめなおし、そしてこのような新たな人たちとの出会いもあって、気付かされ、変ってきた事です。 日々の散歩と共に、それらの行動も良いリハビリになっているかもしれません。 以前の記事にも記しましたが、この世知辛いと思われがちな世の中で、このようなやさしく奇跡的なふれあいが、そしてセーフティーネットがあるんだ、という事に私はとても感動しています。 いろんな人やものとのつながりの中で生かされているんだなあ、と感じています。 健常者として勤めていたときには、これらはむしろ感じ得なかった事です。 普通の社会がなぜこのようにならないか、と思えてきます。
結局、私は、現状において障害を持つ者として、自己都合による退職とし、新たな職探しを始めるという決断をしました。 とにかくやめざるを得ない状況になってしまった訳で、会社都合による退職を主張することもできましたし、医師の判断等、病状を考えれば、生活保護があるいは妥当だったかもしれませんが、私は私の意志で、これを選びました。 いや、流れの中でなんとなく、と言ったほうが正しいかもしれません。 導きにのったというかなんというか・・・。
在籍中の苦楽はおそらく並以上にあったでしょうが、むしろ、だからこそ、まがりなりにも長年お世話になったこの会社に、波風を立てたくはありませんでした。 互いに笑顔で、感謝の中で幕を引きたかった。 会社で離職票に離職理由を記入する際、お前の事情にあわせるからという意味だったのでしょう、会社側の離職理由欄等、すべて何も書かれていない白紙の離職票を渡されたときには最初戸惑いましたが、後になって社長の懐の深さを感じました。 意味がわかりました。 ここで自分の権利の主張をするのは、なんか違うな、と思いました。 それが私のメンタリティーです。
障害者手帳を申請していた事が幸いして、ハローワークでは、やむを得ない事情による退職が認められ、待機期間なしで雇用保険を受ける事ができる事となり、私の生活はなんとか保たれる事となったのです。
会社に残していた私物を整理、処分しに行った際には、乾いていたはずの私の心にも、さすがにいろいろな思い、自分史があふれて来ました。 やはり、愛着、執着があるのです。 若き日、過ぎし日の映像が、ひとつひとつ、浮かんできます。 そんな情景を、含み、味わうかのようにして、ゆっくりと思い返し、昇華し、処分しました。 最後のあいさつの際には、感極まり、涙のような感情がぐぐっ、と来ましたが、涙でこの別れを締めくくるまい、それは違う、と、湧き上がるものをこらえました。 きっと変なぐちゃぐちゃな笑顔になっていたと思います。
そんなこんなで、おかげさまで円満退社となりました。 なんとも有難き。 感謝です。
この顛末が、同じように悩んでいる人の参考になれば幸いです。
顛末はまだ続きます。
今、ここに感謝を
。
ありがとうございました。
*この記事を含め、新たな歩みの軌跡を、新たなブログで綴っていく所存です。 今まで応援、コメント、ありがとうございました。 新たなブログアドレスは、http://inochi-no-kagayaki.cocolog-nifty.com/blog/ になります。 タイトルは「空と大地に導かれて。」です。 今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。

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