「性格異常障害」
しかしかなり強烈な言葉ですよね。 取りようによっては、立ち直れなくなるぐらいきつい響きがあります。 だって、あなたは "性格" が "異常" で、 "障害" がある人です。 と言われているようなものですから・・・。
しかし、私は、全く気にしていません。 これは、言葉の意味の取り間違いだからです。
まずは、"性格異常"ですが、これは、いわゆる一般的な性格の偏り、ないし行き過ぎ、を表します。 これは、誰にでも有り得る事で、例えば、責任感が強い。 であるとか、忍耐力がある。 などという事も当てはまります。 感性が鋭い。 などもありますね。 そのままそれが良い方向に出ればそれは素晴らしい個性。という事になります。 ですが、その個性が行き過ぎて、社会生活になんらかの問題や芳しくない影響があると認められる時に、それは、"障害" と見なされる。 という事なのです。 私の場合で例えれば、それが原因で、会社に行けなくなってしまった。 などと言う事です。
うつ病においても同様で、日頃、なんとなく落ち込みがちなんだよなぁ・・。 なんていうような事は、特に現代社会においては、決して珍しくはなく、ごくごく当たり前にある事ですよね。 それが"病" となる境界線は、やはり、前述したように、それが社会生活においてなんらかの問題となっているのかどうか。 という点が境目になっているのです。
これが、西洋医学における「性格異常障害」という言葉の意味合いとなります。
どうですか? だいぶ気持ちが楽になったのではないでしょうか。 私は少なくともこの考え方でだいぶ楽になりました。
しかし西洋医学はカテゴライズする事が好きですよね。 事物を分類し整理し納得させてゆく・・・。 そんなアプローチなんですね。 それでここまで発展してきたんですね。 昨日も述べさせてもらったのですが、やはりここにも限界があるものと思われます。 解釈の飛躍を恐れずに敢えて述べさせて頂きます。 曖昧な表現になって申し訳無いのですが、事物を分類して捉えていく中で、物事の連続性が失われているのです。 心がそれについて行くのには限界があるのです。 例えば、人にレッテルを貼って分類するような事はとても悲しい事ですよね。 こんな基本的な事を私たちは忘れてしまっているのです。 そんなこんながこの世の中には蔓延してしまっているのです。 この東洋の日本という国に於いてもです。
皆さんここはしばし立ちどまって目を瞑り胸に手を置いて考えて直してみませんか・・・?

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