心と体

2013年2月25日 (月)

 病の存在理由。 (鬱のメカニズム)

 
 
 
 
 
 
 
 めんどくさいな。
 
 
 
 あ~、めんどくせー。
 
 
 
 
 
 
 
 これだけで、十分、病の兆候という事すら出来ます。
 
 
 
 この先にあるのが、本物の鬱です。
 
 
 
 その内、電話にも出られなくなります。
 
 
 
 
 
 
 
 では、なぜ、あなたは今、何もかもがこんなにも面倒くさいのでしょう。
 
 
 
 それを己に、真剣に、問うてみた事はありますか?
 
 
 
 
 
 
 
 それに気付いてもらうために、
 
 
 
 この病はあるのです。
 
 
 
 
 
 
 
 あなたが本来のあなた(生まれた時のあなた)でない時、
 
 
 
 それが、あまりにもかけ離れて、継続してしまった時、
 
 
 
 この病は起こるのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 すべての魂に、
 
 
 
 この世に生まれてきた本文というものがあります。
 
 
 
 あなたの今世でのテーマとでも言いましょうか。
 
 
 
 それは、現在の社会的地位、名声、所持するお金の多寡などとは、全く別の次元にあります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 またまたこの記事、これより推敲してまいります。















 今、ここに感謝を。
 
 
 ありがとうございます。
 
 
 
 
 
 

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2013年2月12日 (火)

 疲労困憊。 (鬱のメカニズム)

 
 
 
 
 
 疲れている時は、何をやってもダメ。
 
 
 とにかく休むに限る。 これ鉄板。
 
 
 
 
 
 いわゆる、氣力が落ちている状態でありますから、
 
 
 行動力は愚か、
 
 
 見えてくる景色、
 
 
 同じ私であるにも関わらず、
 
 
 同じものを見ても、
 
 
 その印象が、全く違ったものになってしまいます。
 
 
 見るもの、聞くもの、触れるもの、
 
 
 何もかもが嫌なものに思えてきます。
 
 
 倦怠、嫌悪。 何もかもが負荷、負担に思えてきます。
 
 
 以前は楽しめたものでさえ、このような心象になってきます。
 
 
 
 
 
 子供の頃を思い出してみて下さい。
 
 
 目の前の水溜りを、
 
 
 ひょいと軽やかに飛び越えるあなたでした。
 
 
 それが今は、
 
 
 重い身体を引きずり、
 
 
 元気な時は、難なくいなせる水溜りを前に、
 
 
 ぐったりしています。
 
 
 心はサンドバック状態。
 
 
 目の前に起こる事は全て
 
 
 苦痛でしかありません。
 
 
 ストレスの蓄積で、
 
 
 心の弾力性を失ってしまっているのです。
 
 
 これは、寧ろ、人を話をよく聴いて、理解しよう、和合しようとする、所謂”いい人”ほど陥り易い状態だと思います。 経験から、そう思います。
 
 
 人の何気ない行い、一言が、
 
 
 氣力の落ちたあなたには、決定打になってしまう。
 
 
 
 
 
 これは、理屈じゃないんですね。
 
 
 
 
 
 こんなはずじゃない。
 
 
 ついこの前まで好調だっただけに、
 
 
 私はこんなだったのか?
 
 
 いや、違う。 そんなはずはないなどと思いながら、
 
 
 もがいて、何かをして、頑張ってしまうと、
 
 
 余計にこじれてしまいます。
 
 
 
 
 
 それでも、出勤しなければならない。
 
 
 生活費を稼がなきゃいけない。
 
 
 人間関係を保たなきゃいけない。
 
 
 今の世の中は、そんな仕組みになっています。
 
 
 そして新たな疲労は上書き、さらに蓄積され、本来あるべく自己との乖離がますます進んでいきます。
 
 
 当然、病まってしまう人、そして潜在的に病を抱えてしまう、所謂未病の人は増えていく一方です。
 
 
 頑張り屋さん、そして寧ろ責任感の強い人に、この病が多いのも頷けます。
 
 
 
 
 ドタキャン、バックレはあって当然。
 
 
 それでも、あなたを認めていますよ。
 
 
 理解できますよ。 信じていますよ。 あなたはあなたですもの。
 
 
 という、信じられないくらい自由な世の中にならない限りは、
 
 
 正直言って、この病は無くならないと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 なぜ私が今、また、改まってこんな記事を書いているのか。
 
 
 これは、私にとってとても大切な事だからかもしれません。
 
 
 今世の、私のテーマだからかもしれません。
 
 
 
 
 
 
 
 この記事、これよりさらに深く推敲してまいります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 今、ここに感謝を。
 
 
 有難うございます。
 
 
 
 

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2012年5月 9日 (水)

 内部被曝検査の結果をお伝え致します。~於 東京都品川区、放射線プレミアムドックセンター

 

 

 こんにちは。

 

 本当に本当にお久しぶりです。 最近はツイッターで気を吐く(笑)事が多くなってしまい、ブログは随分とお留守になっておりました。 いつも愛読頂いていた方々にはご案内をしておりましたが、あれから皆さん、どうされておりましたでしょうか。 お元気でしたでしょうか。 なんだか、すっかり、愛想が尽きたよ、との声が聞こえて来るような気もしますが・・・、きっとツイッターをご覧になって下さっていると思う事にしようと思います。 

 

 ひょっとしたら、長文が苦手になっている懸念もありますが、今日は久しぶりに140字以上の表現をしたく、キーを叩いてみます。 ツイッターの延長という事で、この記事を捉えて頂ければと思います。

 

 さて、昨年の3月11日。 私達は未知の領域へと突入しました。 そうです。 もはや明確化してしまった、放射能と人類とが共存するという領域です。 それは、誰も望んでいなかった事態です。

 

 事故当初より私は様々な情報をネットから得てきました。 それは、今更言うまでもありませんが、大手マスコミ、そして大本営発表は全くあてにはならないからです。 鵜呑みにしていたら、本当に庶民は命を落とす事にすらなりかねないでしょう。 このゆるやかな”殺人”によって。 そしてこれは、原発の話に限った事ではありません。

 

 そしてまた、ネット上の情報も、錯綜しています。 様々な人が、まさに様々な事を言っております。 まあ、しかし、これに関しては様々な情報が出て、錯綜するくらいがむしろ健全で程よいと思っております。 取捨選択の鍵は、こちらにあるのですから。

 

 さあ、前置きはこれくらいにして、まずは、今回の結果を見ていきたいと思います。

 

 まずは、全身の内部被曝をみる検査。 セシウム137とセシウム134の値、そしてカリウム40の値が弾き出されています。 検査時間(Exposure time ,s)は600秒、つまり10分です。 検査時間は長ければ長い程、精度の高い値を得る事が出来ます。 ここ、放射線プレミアムドックセンターでは、10分を基本として、より正確に値を絞り込んでいきたい場合には、延長の対応をする事もあるようです。 今回、私の場合は、その必要は無いという判断です。

 

 さて、それぞれの値を見ていきましょう。 まず、”MDA”ですが、これは検出限界値です。 この値以下の測定は、この機器では出来ませんよという事です。 セシウム137においては155Bqセシウム134は136Bqという事のようです。 では、実際の値を見ていきましょう。

 

 ”Activity” とある所に値は記述されています。 セシウム137 は”Not detected”。 つまり検出されませんでしたという事です。 いわゆる検出限界未満(この機器の場合は155Bq)という結果が出ています。 それ以下の数値においては、この機器では値を出す事が出来ませんという事でもあります。

 

 次にセシウム134を見ていきましょう。 ”Activity”85.4Bq。 すぐとなりに誤差の数値が出ています。 ±73.1Bq。 そしてさらに、それをパーセンテージにすると85.6%の誤差率ですよという事が記されています。 つまりこの場合、12.3Bq~158.5Bqという値の可能性で内部被曝していますよという事になります。 この機器の検出限界はセシウム134において136Bqですので、つまり検出されましたという事ですね。 可能性のある数値の中間を採ると85.4Bqですよという事になります。 

 20120508_435_ 

 これらの値の記述の下に、磨り減った印刷になってしまっていますが、”Expected annual dose of internal irradiation will not exceed ~mSv”とありますが、ここが大事な値であります。 これは、平たく訳せば、検査測定値から導き出された、”予想される年間内部被曝線量”という事になります。 これは入力した体重と測定値から計算されています。 今回、私の場合、0.00519mSv と出ています。 このままの環境で、このままの食生活、暮らしぶりをあなたが続けた場合、あなたはこれから年間累積で0.00519mSvの被曝をし続けていきますよという事を表しています

 

 ちなみにこの値ですが、皆さん大体0.01mSvくらいの値が出ていますと測定担当の方が仰られていました。 食など、いろいろ気を付けておられたのですか?と聞かれました。 さらに、詳しい数値までは聞きませんでしたが、千葉や東葛地区等、いわゆるホットスポットに住まわれている方、また、福島に支所が出来る以前は、福島の方もこちらまで測りにこられたりもしたそうですが、そうした方々はやはり高めの値が出ているとも仰られていました。

 

 その安全性、信頼性においては疑問の声も聞こえくる ICRP基準を参考とした、日本の政府基準では、この内部被曝線量値が年間1mSvを超えないようにしましょうとされているようです。(※ちなみにICRP勧告では、内部被曝と外部被曝合わせて年間1mSvを基準としております。) 私の場合、今回、ここから見るに、桁が3つ違う、かなり低い値(約200分の1)となっています。 計測機器の限界というものを考えてみても、その、ほぼ限界値である事もさる事ながら、セシウム137においては検出限界未満(未検出)という事になっています。 これらで鑑みるに、このままの環境で、今までどおりの食生活、暮らしを送れるのならば、その内部被曝の影響は極めて微量であると言う事が出来ると思います。 しかしながら、内部被曝は累積で考えていかなければならない事をここに記しておきます。  ・・・このあたりの考察は、後で更に深めていきたいと思います。 追記するかもしれません。

 

 引き続いて、甲状腺の測定もしてもらいました。 こちらの検査時間は5分です。

 20120508_434_

 ちなみに、こんな感じで測ります。 生 YasuhikoSUN 登場です(笑)。

 

20120508_437_yasuhikosun  

 

 立派な機械を前に、少し、緊張しています(笑)。

 

 さて、結果ですが、こちらは甲状腺のヨウ素の値を検出するものなのですが、”Activity”と”誤差”の値が、ヨウ素131、ヨウ素133、どちらの場合も同じ値、そして誤差率100%と出ています。 検査が終わってから、担当の方が結果の読み方、そして今後の指針など、丁寧にお話して下さいます。 そこで仰られていたのは、検出されていない時には、この機器はこのような同数、誤差率100%と書き出すとの事でした。 つまり、ゼロと考えてほぼ間違いないという事です。 後に、まあ、ヨウ素ですからね、とお互い納得しました。 ヨウ素の半減期を考えれば、妥当な所でしょう。 むしろ、ここで検出されるのであれば、新たな爆発、再臨界や4号機倒壊の可能性を考えなければなりませんね。

 

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※ 御殿山庭園です。

  

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※ このビル専用の無料のシャトルバス(都営)が、20分に一度運行されています。 相当アッパーな環境です。

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※ エレベーターで14階にあがって、少し歩くと、入り口があります。 受付はまっすぐ正面です。

 

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※ 広く、ゆったりとした待合スペース。 高級オーディオは、社長の趣味だそうですよ^^。

 

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※ ガイガーカウンターの貸し出しもやっているようです。

  

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※ 測定中の様子です。  

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※ 放射線プレミアムドックセンターのある14階からの眺望。 椅子に座り、この景色を見ながらの測定となります。 日本サード・パーティー株式会社 放射線プレミアムドックセンター の Infoはここをクリック。

 

 今回、こうして検査を受けてみて、率直に、良かったなあ、と思います。 未だ原発というものがこうして存在している以上、安心というものは決してあり得ませんが、事故から一年、こうして東京の一地区で過ごしてきた私自身の被曝の状況がどの程度のものであるのかを実際に生活状況を省みながら把握できたという事はとても有意義であったと思います。

 

 もちろん、事故の際に放出される核種は、ヨウ素、セシウムのみではありません。 代表的なもので言えばストロンチウムがありますが、現時点でそこまで計測してくれる施設を私は知りませんし、他多数の核種も放出されている事に間違いはありません。 憂慮、思慮の浅いままで始めてしまう瓦礫の受け入れは、比較的安全であった地域にまで汚染を拡げてしまう愚行であるといわざるを得ません。 絶対的な安心というものは、もはや有り得ないというのが、私の認識です。 こうしている間にも、放射性核種が土壌をはじめ、地下水へ、そして海へと流れ、再び雨となって降り注ぐ中で、様々な生物、生命、生態系への影響は、計り知れないものがあります。 今、まさに、それは進行中なのです。 そしてまた核廃棄物処理の問題は、未だ解決を見ず、放射性物質が封じ込まれた容器は仮の宿で眠っている状態であります。

 

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 この地球を汚す事が出来るのが人間であるとするならば、清める事が出来、再び地球に返す事が出来るのもきっとまた人間であると、私は信じて止みません。 全ての日々の行いは自分に返ってきます。 綺麗過ぎる水には魚は住まないと申しますが、その通りと思います。 しかしながら、生存が危ぶまれるほどの穢れを私達は欲していたのでしょうか。 どこでどう、歯車が狂ってしまったのでしょうか。 この追及の矛先は、もちろん、私自身にも向けております。 それは、この現代社会に、こうして現実として今まで暮らしてきた私自身にも向けております。 この因の源泉を突き止め、地道に改善していくより他はありません。 氣が遠くなるようですが、本当にそれしかありません。 どこかの素晴らしい誰かさんが、まして、現日本政府が助けてくれる事など望むべくもないと思っています。 

 

 私は以前より、お金=原発=現代社会だと訴え続けてきました。 原発は原発だけの問題じゃないと訴え続けてきました。 そこには優性思想など、様々な伏線が張り巡らされています。 一方、目論みは、歴史を辿れば、古代王族の血脈までへも行き着きます。 今、あらゆるものが精算、清算される時と思います。 口では綺麗事を言っていても、お金を頂点に据え、崇拝しているようでは何も変わりはしません。 誰かをスケープゴートにして叩きのめしても、何の解決も見る事は出来ません。 また、似たような人が似たような思想、政策を引っさげて登場し、多勢である市民がまたもや騙されるだけであります。 お金を頂点に据えて、用意ドンと競争をしている限りは。 お金でこの世の中が回っている限りは。

 

 想うと何やら自虐的な、あるいは他害的な気分になってまいりますが、それでもなお、私は人類の”生”を否定したくはありません。 最初に戻りますが、その”生”無しに、ここまで汚せなかったはずですから、きれいにも出来るはずなのです。 私達は”死”というものを、もっと学ばなければいけません。 ”生”の中に、”死”を調和させる事を、これからの時代は、もっと学ばなければいけません。 動物も、植物も、その事をよく知っています。 彼らは常に”死”と隣り合わせに生きています。 そして、その”死”によって海に、土に還ります。 ゆえに”生”に至り謙虚であり、その期間も、決して地球を我が物と傷つける事はしません。 私達は今、彼らの知恵に学ぶ時なんだと思います。 そして、その貴重な機会を、この日本という国は、世界の先陣を切る形で頂いたのだと思っています。 ヒントは必ずや、この、目に見える世界の景色のどこかに、そして、目には映らぬ世界の景色の中にきっと隠されているはずです。

 

 わくわくしてきたなら、ぜひ、いっしょに探しましょう。 死を認識しながら、降りてゆく道の途中で、いっしょに探しましょう。 死をしっかりと認識した時、その生は輝き始めます。 もう、それしか、私達に残された道はありません。 予想の付かない未来ほど、わくわくとときめくものはありません。

 

 

 ああ、阿呆をまた言ってしまったな・・・。 それでは、ツイッターに戻ります。 最後までご覧頂き、有難う御座いました。

 

 参考までに、ECRR(欧州放射線リスク委員会)の2010年勧告をリンクしておきます。

 http://www.olivenews.net/img/20110717pdf/all.pdf

 

 日本サード・パーティー株式会社、放射線プレミアムドックセンターさんのリンクは こちら です。 ありがとうございます。

 

 

 

 

 今、ここに感謝を

 

 

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2011年9月15日 (木)

 新しい朝 ~2011年9月15日

 

 

 

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 おはようございます。 よくぞお目覚めになられました。

 

 

 天があなたは生きていても良いと認めてくれている証拠です!

 

 

 昨日は自身を責めて悩み、とてもつらい夜だったでしょう。

 

 

 今もきっと重い事でしょう。

 

 

 でも、私はあなたの新しい朝におめでとうと伝えたいです。

 

 

 生きていても良いのですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を。

 ありがとうございます。

 

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2011年8月25日 (木)

 ちょっと告白。 ~(鬱になるメカニズム Ⅱ)

 

 

*この記事は、過去の記事、「志 は 高く。 (鬱になるメカニズム Ⅰ)」 に続いています。 よろしければ、ぜひ、過去記事も併せてご覧下さい。

 

 

 激しい陰性症状(鬱状態)から解放される時、私は沢山の気付きを得て、生かしてくれてありがとう、生きてて良かったと素直に思えるようになって生まれ変わるんです。

 

 そして、その都度、今回の鬱の要因は己のエゴイズムであったという事に気付かされるのであります。

 

 鬱は自己との対話です。

 

 私は鬱ジャンキーかもしれません。

 

 かれこれ、これを3年半繰り返しています。

 

 私は、この病(障害)と共生しています。

 

 おかげで、かなり人格が変わってきていると思います。

 

 無駄なものが排泄されてきています。

 

 きっとこれは、産みの苦しみなのでしょう。

 

 渦中にある時は、本当に苦しいのですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を。

 ありがとうございます

 

*携帯からタイプキャストでこのブログをご愛読の方々へ、いつもありがとうございます。 この度、ツイッターを始めました。https://twitter.com/#!/YasuhikoSUN つぶやいてマス。 こちらの方もご興味があれば、読んでやって下さい。 また、当ブログは、動画や写真の貼り付けも積極的に取り入れ、表現しております。 対応するブラウザで見て頂くと、より、楽しめるかと思います(あまり、楽しくはないブログだとは思いますが・・・(^-^;)。

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2011年8月 3日 (水)

 私とあなたと統合失調症。

 

 

 

 私の中には、物凄い陽性と、物凄い陰性が居るんです。

 

 もちろん、中道も居ます。 アナログ的で、そのダイナミックレンジは無限大です。

 

 見えすぎてしまう訳なんです。 感じすぎてしまう訳なんです。 気付いてしまう訳なんです。

 

 おそらく物凄い陰性を見せると、その時点で、人間関係が、ほぼ破綻してしまうでしょう。

 

 というか、まず、自身の身の回りの生活が成り立ちません。

 

 それぐらい、物凄いんです。

 

 普段、私と会う人は、そんな事に気付かないはずです。

 

 私は、自覚がありますから。

  

 私も大人ですし、この病と呼ばれるものとのつきあいも長いですから、ある程度の制御をするよう、努力をしているんです。

  

 実は、それくらい、物凄いんです。

 

 何よりつらいのは、私の中で、その陰と陽との折り合いがついていないという事なんです。

 

 そう、調和してないんです。 制御に困るほどに。

 

 そこが、所謂、精神の統合性が失調している、という事になるわけなんです。

 

 それくらいの事は、俺にもあるよ、という方もおられる思います。 心の中に住む天使と悪魔みたいなお話しですからね。

 

 では、それが病と認定されるかどうかの境目はどこなのかと申しますと、

 

 そのような状態が、ずうっと継続しており、それが社会生活に影響が出てしまうほどなのかどうか、という所なのであります。 この基準は、他の精神障害も一緒です。

 

 自分は健常だ、と思っていた方の中にも、前述のような傾向はあるな、と気付かれた方もいらっしゃると思います。

 

 統合失調症って、実は、それくらい、身近な病なのです。

 

 人間ですから、そこに感情が加わってきますので、これが10倍にも、100倍にもなってしまうんです。

 

 それが、統合失調感情障害というものの本懐です。

 

 

  

 倍加されてきますと、様々な症状とされるものが出てきます(それについての解説は、ここでは割愛させて頂きます)。 付随して、肉体にも影響が出始めます。

 

 例えば、疲れやすいですとか、ガクっと反動がくるとか、まったく動けないとか、様々です。

 

 こういった点も、病としての判断の範疇に入って来る訳です。

 

 残遺症状(障害)と言います。

 

 躁鬱とも、重なり合ってきます。 

 

 

 

 

 いかがでしたでしょうか。

 

 当事者の立場から、ざっくりとではありますが、この病と呼ばれているものの概要をお伝えしてみました。

 

 こうして開示する事によって、

 

 この障害に対する偏見や隔たり、そして誤解が減ってくれればな、と思います。

 

 そして正しい理解につながってくれればな、と思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を

 ありがとうございました。

 

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2011年8月 1日 (月)

 今日の一言。 ~2011年8月2日 (課題) 

 

 

 

 自他共に弥栄する喜びの為の

 

 自発的な課題ならば、

 

 その為に己に課す課題ならば、

 

 己の壊れぬ範囲において、

 

 私はどんどん課そうと思う。

 

 私は、自然の中に

 

 厳しさと優しさを見出す人間なのです。

 

 

 

 それで、己が鬱になるのならば、

 

 その課題は、

 

 調和を欠いた

 

 エゴイズムであったという事に気付かされるのであります。

 

 

 

 宇宙はいつだって

 

 完璧なメカニズムとダイナミズムで動いているようです。

 

 私達の魂も肉体も

 

 その一部に過ぎないのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を

 ありがとうございます。

 

 

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 今日の一言。 ~2011年8月1日 (謙譲) 

 

 

 

 

 人を生かして、生かされる。

 

 

 

 そこに気付かない内は、争いは絶えないし、病気にもなる。

 

 人生、実は損得勘定や、勝ち負けじゃないんですよね。

 

 そんなもん、浅い、浅い。

 

 

 日本には、日本の神様がいます。

 

 

 

 

 自己主張と、征服と、奪い合いの国の方々へ

 

 謙譲の国の人より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を。

 ありがとうございます。

 

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2011年7月11日 (月)

 世間を憂う、その前に。

 

 

 

 傷つき、こんがらがって、疲れ果ててしまったのならば、

 

 いつでも、振り出しに戻りましょう。

 

 もう、無理。 と、白旗をあげちゃいましょう。

 

 無期限休業(笑)。

 

 とりあえず、楽になりますよ。

 

 途中、煩悶地獄も見ますがね。

 

 

 

 少し元気が出てきたら、

 

 まずは、きちんと自炊をして、

 

 ご飯を食べる、という所からやり直してみましょう。

 

 

 

 私はいつでも、ここを、基本にしています。

 

 いつでも、ここに戻ってきます。

 

 

 

 私と一緒に、始めてみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を

 ありがとうございます。

 

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2011年6月30日 (木)

 今日の一言。 ~2011年6月30日 (イメージメッセージ)

 

 

 

 

 叩いちゃ駄目だ。 壊しちゃ駄目だ。

 

 それじゃ、奴らのやり口と次元が一緒だ。

 

 その後、構築された世界で、人々は同じ過ちを繰り返してしまう。

 

 

 変換するんだ。 吸収、分解、還元を促すんだ。

 

 継承、転換が現実的なギリギリのライン。

 

 

 これは、とても忍耐の要る仕事。 微生物達の営みのように!

 

 これが出来る人が、次世代に生きる人。

 

 

 

 

 

 

 

 何を言っているのか、訳わからんかったでしょう?(笑)

 感性で捉えて下さいね。

 

 ありがとうございます。

 今、ここに感謝を

 

 

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