手帳より

2011年3月20日 (日)

 ありがとう。

 

 

 先日、とある所用があって、私の住む街にある、市役所まで行って来ました。

 

 途中、何でもない街路樹や庭先の木々に触れながら、穏やかな心で、歩く事ができました。

 

 こうして、普通に外を歩く事が出来なかった私からすれば、それはとても奇跡のように感じられました。

 

 私は今、たくさんの人に支えてもらって、生かされています。

 

 ふと、胸に込み上げてきた気持ちを、私は手帳に記しました。

 

 ありきたりですが、私の手帳より、

 

 

「ありがとう。」

 

 

起きれる事に、ありがとう。

 

食べれる事に、ありがとう。

 

歩ける事に感謝。

 

しゃべれる事にも感謝。

 

泣ける事に、ありがとう。

 

笑える事に、ありがとう。

 

生きてる事に、ありがとう。

 

出来る事を、出来る事から。

 

 

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 読んでくれて、ありがとうございます。

 今、ここに感謝を

 

 

 

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2010年12月23日 (木)

 noise(雑音) の flood(洪水)。

 

 

 こんばんは。 お元気ですか。 いつもチェックしてくれてありがとう。

 退院してから、私はここまで、周囲の方々の、深い支えを受けながら、社会との接点を模索しつつ、ほぼ一進一退を繰り返しながら、ほんの少しづつではありますが、歩みを試み続けています。

 冷静になれば、こんなにも有難い状況にあるにもかかわらず、私は、妄想、そして、無気力、集中力の欠如、無感動、無感情、焦燥などにやられてしまい、いたたまれなくなってしまう時が未だにあります。 そんな時は、横になっているしかできないのですが・・・。 私はこれを制御できるようにならねばなりません。

 これから先の文章は広く、一般の人にお見せできるような内容ではありません。

 私が私の為だけに書き留めておく備忘録です。

 でも、心のどこかで、誰か伝えたいという気持ちで、ブログにアップする次第です。 こんな奴でも、ここに生きてるよ、という感じで。

 多分、読んでも、誰一人、良い印象を持たない散文だと思います。

 私が統合失調症の症状に悩まされている時の事を、症状が治まってから手帳に簡単に書き綴ったものです。

 読みたい人だけ、読んで下さい。

 私の手帳より、

 ノイズにやられて。

 

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2010年8月15日 (日)

 リハビリ日記 (外泊許可出ました)

 

 突然の入院から、はや2ヶ月。 皆様お元気でしょうか。

 こちらはぼちぼち、まあまあ、ゆるりとしたペースで、いろいろありながらも、順調に入院生活にも慣れてきたかな、といったところです。 私の手帳より、リハビリ日記、お送り致します。

 

 外泊一日目は気分が高ぶり、良く眠れませんでした。

 著しく常軌を逸した精神異常の人たちに囲まれて、取り付く島もない状況に追いやられるという、ひどい悪夢を見てしまった。 人の顔が急に魑魅魍魎に変化し、恐ろしかった。 4時AM就寝で、眠りは浅かった。 何かの暗示であったと思います。

 朝は7時頃起床。 憑き物を祓う心持で顔や体を洗って清め、何とか農園へ向かう事ができた。 良かった。

 農園ではしっかりとした対応が出来たと思う。 また、楽しく時間を過ごせたのは何よりと思います。 お盆の忙しい最中に、わざわざ時間を作って相手をしてくれた園主に感謝です。 ブルーベリーの収穫をさせてもらいました。 病棟のみんなの分まで収穫させてもらいました。

 しっかりと太陽の光を浴びて、久しぶりに動けて良かったです。 農園に立ち、ワクワク感を思い出せたのが、何よりとても良かったと思います。 退院後の自分の姿を想定する事も出来ました。

 帰宅後は、弁当を買ってきて食事をし、休み、部屋の片付けも少し出来ましたが、夕暮れ頃より急に気分が落ちて、また、あの、拠り所の無い、根拠の無い不安、抑うつ気分、たまらない寂寥感に襲われ、対応に困ってしまいました。 そのつもりは無かったのですが、やはり、心のどこかで緊張していて、頑張りすぎた反動が出てしまったのかもしれません。 私の心はまだまだ不安定で弱い、と思わずにはいられませんでした。 薬を飲むタイミングが少しズレてしまった事も、あるいはその因のひとつであったかもしれません。

 落ち着きの無さ、神経過敏傾向、ザワザワ感も感じました。 夕食後、若干これらの症状は落ち着きました。 そして、このブログを書いています。

 「善なれば、憂う事無し。」 と、何度も唱え、言い聞かせました。

 最終3日目の朝は、どんよりと低調。 お通じはあったが、出きらず、腹部がパンパンに膨れている。 食欲なし。 どうにでもなってしまえ、という投げやりな気持ちで覆われてしまう。

 しかし、私は今、生かされているのだ、という感謝の念に切り替え、「ありがとうございます。」と心の中で何度も唱え、嫌な事をしに行く訳じゃないから(OT活動に参加する)と思ってみる事で、何とか体もついてきてくれました。 感謝。

 では、また入院病棟へ戻ります。

 

 8月16日、記する。

 

 

 

 今、ここに感謝を。

 ありがとうございました。

 

 

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2010年5月25日 (火)

 手帳より(21) ~「震える心」

 

 

 苦悶が晴れたときは、本当に生きてて良かった、と感謝する。 安堵する。 新たな境地に達する。

 今、私の中で一体どんな事が起こっているのだろう。 どんな変化が起こっているのだろう。 全く自分では掴みきれない。 ひょっとしたら、私は、踏み入れてはいけない領域にまで歩みを進めようとしているのかもしれない。 無意識の前にあっては、個人の意思、意識などというものは全く歯が立たず、赤子の様なものだと感じる。

 

 普通、一般的に、人は、年を重ねるほどに、いわゆる世渡りの知恵を身に付け、「世間ズレ」というものをしていくようだが、今の私は、全くその逆を行っている。 日を追うごとに”子供”に帰っていっている様な気がする。 そしてその”子供”は非常にわがままである。 傷つきやすく、もろい、しかしながら、限りなく透明に澄み渡った水晶のような心へ還らんとしている。

 「世間ズレ」などしたくない!

 今の私の精神は、3歳児と同程度ではあるまいか。

 

 日々、震える心をひっそりと内にしたためながら、そして時に、それをさらしながら、今でも私は生きているのです。

 きっと皆、そのようなものではないだろうか。

 ああ、眠れない。 現在午前2時。 眠剤を再び飲んだ。 腰が痛い。 きっと骨盤がズレている。 右目がかすんでいる。 副作用でなければ良いのだが···。

 私にとって、ルーランは歩行に支障が出る事が難点である。 もう一点、食べてもおいしく感じられなくなる、という事もある。

 

 生活能力が落ちている。 もう、何日も自炊はしていない。 器を洗うのも面倒。 そのまま。 スーパーの弁当ならその手間も要らない。 しかしながら、ゴミの分別はこれでもか、というくらいにきちんとしている。 汚れをきちんと水で流し落として分別している。 こういう所は、妙に律儀なのである。

 

 一日、誰とも会わず、話さずとも暮らせてしまう現代社会はいかがなものかと思う。 ひとり、誰にも気付かれず、静かに堕ちていく。 きっと私が死んだら、しばらく誰にも気付かれず、腐敗臭が近所の世帯にまで及び、そこで初めてようやく死が知られる事となるだろう。

 

 また、着もしない服、食物を買ってしまった。 普段抑えている事の逆作用、衝動買いだ。 これでは借金が減る訳が無い。

 

 床に伏して、壁や天井をただボーっと眺めている。 焦点は合っていない。 そんな事で一日が終わってしまっている。 いろんな考えが、思考が頭をぐるぐると巡っている。

 

 一度死ねば、自由に生きられるよという暗示が含まれていると思えるような夢を見た。

 

 そうかもしれない。 体は火照っている。 耳鳴りがする。

 

 

 

 

 

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2010年5月23日 (日)

 手帳より(20)

 

 

 ほとんど寝たきり。 1.5~3時間くらいの睡眠を一日中繰り返している。 廃人状態。

 夕方よりさらにアカシジアと思われる症状あり。 じっとしておれず、横になっても苦しい状態。 タスモリン2錠追加。 ハルシオンで強制睡眠を試みる。 最近、後味の悪い夢をよく見る。 起きても10分と集中できない。 アカシジアは本当に苦悶する。

 

 

 

 

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 手帳より(19)

 

 

 今日は早朝覚醒(2時、4時半)してしまったが、何となく気分に従って、本当に久しぶりに公園を散歩しました。 人も少なく、割と気分良く歩けました。

 が、後に、いつにも増して重いうつ、寝たきり状態に落ちてしまう。

 とにかく体が重く、力が入らない。 腰も痛い。 鉛のようだ、などとよく言われるが、まさにそんな感じ。 頭がボーっとのぼせたようになり、微熱があるような気がする。 考えている事は、自分の事、そして病気の事ばかり。

 食べ物を買うために、何とか外出してきたが、また、世の中の全てが嫌になってしまう気持ち、人嫌いが復活している。(避けて歩く感じ)

 こうして書いてみると、複数の人格が表出している事がわかる。

 鏡を見ると、やはり、嫌な顔つきをしている。

 

 

 

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2010年5月22日 (土)

 手帳より(18)

 

 

 そもそも本来の自分とは何か。 それ自体が妄想の賜物なのではないのか。 なんだか良くわからなくなってきた。

 まぶたと眼球がピクピク引きつっている。 それに連なって、視界がガタガタとゆれている。 神経系の異状だろうか。

 マイスリーはとても良く、私に合っているようだ。 完全入眠に至るまで。 そのプロセス中に、とてもいい気分になるのである。 酒を飲んだ時よりも酔える。

 

 

 

 

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2010年5月21日 (金)

 手帳より(17)

 

 

 どうも気力が出ない。 薬によるものか、病気そのものの症状なのか、四肢に力が入らない。 手が震えている。

 もう終わりにしたい、という気持ちで一杯になっている。

 無感動、無感情。

 ポーっとしている事が多い。 動作がとてもゆっくりしている。

 何もやる気がしないのはいつもの事。 ごろ寝している。

 

 いつの間にか台所がきちんと片付けられている。 が、全くそんな記憶が無い。 姉に送ろうと思っていたジャムがきちんと梱包されて冷蔵庫に入っていた。 これも全く記憶が無い。 眠剤はおそろしい。 記憶の無いときに、何か悪さをしていないか心配である。

 

 

 

 

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 手帳より(16)

 

 

 ああ、眠れない。 ハルシオン一錠では全く効かなくなってきている。

 

 

 

 

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2010年5月20日 (木)

 手帳より(15)

 

 

 今日は午後から一気に体調が変化した。 理由はわからないが、急激に疲れを感じ、散歩を途中で切り上げて帰ってきてしまった。 そして、なだれ込む様に寝てしまった。

 私は今でも、本当に自分は病気なのだろうか、と思うことがあるのだが、今日のような事があると、やはり、自分は病気なんだな、と思う。

 暗闇に引き込まれるという悪夢を見た。

 最近、自分の人生が少しづつ、本来あるべきものからズレていっているような気がする。 人格破壊、崩壊が自分の中で進んで行っているのではないだろうかと感じる。 それは、とても不安である。 本来の自分を取り戻したい。 もはや手遅れなのだろうか。 戻れないくらい、進行してしまっているのかもしれない。

 客観的な目で、私を見てもらう必要があるのかもしれない。

 

 

 

 

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