論点

2012年5月 9日 (水)

 内部被曝検査の結果をお伝え致します。~於 東京都品川区、放射線プレミアムドックセンター

 

 

 こんにちは。

 

 本当に本当にお久しぶりです。 最近はツイッターで気を吐く(笑)事が多くなってしまい、ブログは随分とお留守になっておりました。 いつも愛読頂いていた方々にはご案内をしておりましたが、あれから皆さん、どうされておりましたでしょうか。 お元気でしたでしょうか。 なんだか、すっかり、愛想が尽きたよ、との声が聞こえて来るような気もしますが・・・、きっとツイッターをご覧になって下さっていると思う事にしようと思います。 

 

 ひょっとしたら、長文が苦手になっている懸念もありますが、今日は久しぶりに140字以上の表現をしたく、キーを叩いてみます。 ツイッターの延長という事で、この記事を捉えて頂ければと思います。

 

 さて、昨年の3月11日。 私達は未知の領域へと突入しました。 そうです。 もはや明確化してしまった、放射能と人類とが共存するという領域です。 それは、誰も望んでいなかった事態です。

 

 事故当初より私は様々な情報をネットから得てきました。 それは、今更言うまでもありませんが、大手マスコミ、そして大本営発表は全くあてにはならないからです。 鵜呑みにしていたら、本当に庶民は命を落とす事にすらなりかねないでしょう。 このゆるやかな”殺人”によって。 そしてこれは、原発の話に限った事ではありません。

 

 そしてまた、ネット上の情報も、錯綜しています。 様々な人が、まさに様々な事を言っております。 まあ、しかし、これに関しては様々な情報が出て、錯綜するくらいがむしろ健全で程よいと思っております。 取捨選択の鍵は、こちらにあるのですから。

 

 さあ、前置きはこれくらいにして、まずは、今回の結果を見ていきたいと思います。

 

 まずは、全身の内部被曝をみる検査。 セシウム137とセシウム134の値、そしてカリウム40の値が弾き出されています。 検査時間(Exposure time ,s)は600秒、つまり10分です。 検査時間は長ければ長い程、精度の高い値を得る事が出来ます。 ここ、放射線プレミアムドックセンターでは、10分を基本として、より正確に値を絞り込んでいきたい場合には、延長の対応をする事もあるようです。 今回、私の場合は、その必要は無いという判断です。

 

 さて、それぞれの値を見ていきましょう。 まず、”MDA”ですが、これは検出限界値です。 この値以下の測定は、この機器では出来ませんよという事です。 セシウム137においては155Bqセシウム134は136Bqという事のようです。 では、実際の値を見ていきましょう。

 

 ”Activity” とある所に値は記述されています。 セシウム137 は”Not detected”。 つまり検出されませんでしたという事です。 いわゆる検出限界未満(この機器の場合は155Bq)という結果が出ています。 それ以下の数値においては、この機器では値を出す事が出来ませんという事でもあります。

 

 次にセシウム134を見ていきましょう。 ”Activity”85.4Bq。 すぐとなりに誤差の数値が出ています。 ±73.1Bq。 そしてさらに、それをパーセンテージにすると85.6%の誤差率ですよという事が記されています。 つまりこの場合、12.3Bq~158.5Bqという値の可能性で内部被曝していますよという事になります。 この機器の検出限界はセシウム134において136Bqですので、つまり検出されましたという事ですね。 可能性のある数値の中間を採ると85.4Bqですよという事になります。 

 20120508_435_ 

 これらの値の記述の下に、磨り減った印刷になってしまっていますが、”Expected annual dose of internal irradiation will not exceed ~mSv”とありますが、ここが大事な値であります。 これは、平たく訳せば、検査測定値から導き出された、”予想される年間内部被曝線量”という事になります。 これは入力した体重と測定値から計算されています。 今回、私の場合、0.00519mSv と出ています。 このままの環境で、このままの食生活、暮らしぶりをあなたが続けた場合、あなたはこれから年間累積で0.00519mSvの被曝をし続けていきますよという事を表しています

 

 ちなみにこの値ですが、皆さん大体0.01mSvくらいの値が出ていますと測定担当の方が仰られていました。 食など、いろいろ気を付けておられたのですか?と聞かれました。 さらに、詳しい数値までは聞きませんでしたが、千葉や東葛地区等、いわゆるホットスポットに住まわれている方、また、福島に支所が出来る以前は、福島の方もこちらまで測りにこられたりもしたそうですが、そうした方々はやはり高めの値が出ているとも仰られていました。

 

 その安全性、信頼性においては疑問の声も聞こえくる ICRP基準を参考とした、日本の政府基準では、この内部被曝線量値が年間1mSvを超えないようにしましょうとされているようです。(※ちなみにICRP勧告では、内部被曝と外部被曝合わせて年間1mSvを基準としております。) 私の場合、今回、ここから見るに、桁が3つ違う、かなり低い値(約200分の1)となっています。 計測機器の限界というものを考えてみても、その、ほぼ限界値である事もさる事ながら、セシウム137においては検出限界未満(未検出)という事になっています。 これらで鑑みるに、このままの環境で、今までどおりの食生活、暮らしを送れるのならば、その内部被曝の影響は極めて微量であると言う事が出来ると思います。 しかしながら、内部被曝は累積で考えていかなければならない事をここに記しておきます。  ・・・このあたりの考察は、後で更に深めていきたいと思います。 追記するかもしれません。

 

 引き続いて、甲状腺の測定もしてもらいました。 こちらの検査時間は5分です。

 20120508_434_

 ちなみに、こんな感じで測ります。 生 YasuhikoSUN 登場です(笑)。

 

20120508_437_yasuhikosun  

 

 立派な機械を前に、少し、緊張しています(笑)。

 

 さて、結果ですが、こちらは甲状腺のヨウ素の値を検出するものなのですが、”Activity”と”誤差”の値が、ヨウ素131、ヨウ素133、どちらの場合も同じ値、そして誤差率100%と出ています。 検査が終わってから、担当の方が結果の読み方、そして今後の指針など、丁寧にお話して下さいます。 そこで仰られていたのは、検出されていない時には、この機器はこのような同数、誤差率100%と書き出すとの事でした。 つまり、ゼロと考えてほぼ間違いないという事です。 後に、まあ、ヨウ素ですからね、とお互い納得しました。 ヨウ素の半減期を考えれば、妥当な所でしょう。 むしろ、ここで検出されるのであれば、新たな爆発、再臨界や4号機倒壊の可能性を考えなければなりませんね。

 

20120508_438_  

※ 御殿山庭園です。

  

20120508_450_  

※ このビル専用の無料のシャトルバス(都営)が、20分に一度運行されています。 相当アッパーな環境です。

20120508_440_  

 

20120508_441_  

 

20120508_443_

※ エレベーターで14階にあがって、少し歩くと、入り口があります。 受付はまっすぐ正面です。

 

20120508_444_  

※ 広く、ゆったりとした待合スペース。 高級オーディオは、社長の趣味だそうですよ^^。

 

20120508_447_

※ ガイガーカウンターの貸し出しもやっているようです。

  

20120508_446_

※ 測定中の様子です。  

20120508_449__3

※ 放射線プレミアムドックセンターのある14階からの眺望。 椅子に座り、この景色を見ながらの測定となります。 日本サード・パーティー株式会社 放射線プレミアムドックセンター の Infoはここをクリック。

 

 今回、こうして検査を受けてみて、率直に、良かったなあ、と思います。 未だ原発というものがこうして存在している以上、安心というものは決してあり得ませんが、事故から一年、こうして東京の一地区で過ごしてきた私自身の被曝の状況がどの程度のものであるのかを実際に生活状況を省みながら把握できたという事はとても有意義であったと思います。

 

 もちろん、事故の際に放出される核種は、ヨウ素、セシウムのみではありません。 代表的なもので言えばストロンチウムがありますが、現時点でそこまで計測してくれる施設を私は知りませんし、他多数の核種も放出されている事に間違いはありません。 憂慮、思慮の浅いままで始めてしまう瓦礫の受け入れは、比較的安全であった地域にまで汚染を拡げてしまう愚行であるといわざるを得ません。 絶対的な安心というものは、もはや有り得ないというのが、私の認識です。 こうしている間にも、放射性核種が土壌をはじめ、地下水へ、そして海へと流れ、再び雨となって降り注ぐ中で、様々な生物、生命、生態系への影響は、計り知れないものがあります。 今、まさに、それは進行中なのです。 そしてまた核廃棄物処理の問題は、未だ解決を見ず、放射性物質が封じ込まれた容器は仮の宿で眠っている状態であります。

 

20120508_451_   

 

20120508_452_

 

 

20120508_432_  

 

 この地球を汚す事が出来るのが人間であるとするならば、清める事が出来、再び地球に返す事が出来るのもきっとまた人間であると、私は信じて止みません。 全ての日々の行いは自分に返ってきます。 綺麗過ぎる水には魚は住まないと申しますが、その通りと思います。 しかしながら、生存が危ぶまれるほどの穢れを私達は欲していたのでしょうか。 どこでどう、歯車が狂ってしまったのでしょうか。 この追及の矛先は、もちろん、私自身にも向けております。 それは、この現代社会に、こうして現実として今まで暮らしてきた私自身にも向けております。 この因の源泉を突き止め、地道に改善していくより他はありません。 氣が遠くなるようですが、本当にそれしかありません。 どこかの素晴らしい誰かさんが、まして、現日本政府が助けてくれる事など望むべくもないと思っています。 

 

 私は以前より、お金=原発=現代社会だと訴え続けてきました。 原発は原発だけの問題じゃないと訴え続けてきました。 そこには優性思想など、様々な伏線が張り巡らされています。 一方、目論みは、歴史を辿れば、古代王族の血脈までへも行き着きます。 今、あらゆるものが精算、清算される時と思います。 口では綺麗事を言っていても、お金を頂点に据え、崇拝しているようでは何も変わりはしません。 誰かをスケープゴートにして叩きのめしても、何の解決も見る事は出来ません。 また、似たような人が似たような思想、政策を引っさげて登場し、多勢である市民がまたもや騙されるだけであります。 お金を頂点に据えて、用意ドンと競争をしている限りは。 お金でこの世の中が回っている限りは。

 

 想うと何やら自虐的な、あるいは他害的な気分になってまいりますが、それでもなお、私は人類の”生”を否定したくはありません。 最初に戻りますが、その”生”無しに、ここまで汚せなかったはずですから、きれいにも出来るはずなのです。 私達は”死”というものを、もっと学ばなければいけません。 ”生”の中に、”死”を調和させる事を、これからの時代は、もっと学ばなければいけません。 動物も、植物も、その事をよく知っています。 彼らは常に”死”と隣り合わせに生きています。 そして、その”死”によって海に、土に還ります。 ゆえに”生”に至り謙虚であり、その期間も、決して地球を我が物と傷つける事はしません。 私達は今、彼らの知恵に学ぶ時なんだと思います。 そして、その貴重な機会を、この日本という国は、世界の先陣を切る形で頂いたのだと思っています。 ヒントは必ずや、この、目に見える世界の景色のどこかに、そして、目には映らぬ世界の景色の中にきっと隠されているはずです。

 

 わくわくしてきたなら、ぜひ、いっしょに探しましょう。 死を認識しながら、降りてゆく道の途中で、いっしょに探しましょう。 死をしっかりと認識した時、その生は輝き始めます。 もう、それしか、私達に残された道はありません。 予想の付かない未来ほど、わくわくとときめくものはありません。

 

 

 ああ、阿呆をまた言ってしまったな・・・。 それでは、ツイッターに戻ります。 最後までご覧頂き、有難う御座いました。

 

 参考までに、ECRR(欧州放射線リスク委員会)の2010年勧告をリンクしておきます。

 http://www.olivenews.net/img/20110717pdf/all.pdf

 

 日本サード・パーティー株式会社、放射線プレミアムドックセンターさんのリンクは こちら です。 ありがとうございます。

 

 

 

 

 今、ここに感謝を

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月10日 (日)

 うんこは微生物達の尊い諸行の化身である。

 

 

 

 見たくないものは、見なかった事にすれば良し。

 

 臭いものには、蓋をすれば良し。

 

 そんな考えの下に、非常に偏った発展をしてきた近代文明。

 

 今、その是非が問われている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ありがとうございます。

 今、ここに感謝を。 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月25日 (水)

 今日の一言。 ~2011年5月25日 (福島の声) 

 
 
 ツイッターより。
 
 
 
 福島の声 
saatennkixyuがリツイート

 

 

 

 分裂によって、エネルギーを取り出す原子力発電。

 

 そしてそれは、人の世を、人の心を、ここまで轢き裂いてしまった・・・。

 

 

 

 

 

 

 心の叫び、ありがとうございます。

 脱、原発。

 今、ここに感謝を。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月21日 (土)

 子どもを守りたい~年7㍉シーベルトの被曝で息子を失った母、語る

 

 

 今、いちばん見てほしい、知ってほしい動画です。 論評抜きで、そのままお伝えしたいと思います。 拡散。

 

 

 2011年5月2日、子どもの安全基準20ミリシーベルト問題の政府交渉の場で、突然立ち上がり、安全基準を見直すように訴える女性がいた。嶋橋美智子さん。嶋橋さんは、­1991年12月10日、浜岡原子力発電所で働く息子・伸之さんを白血病で失った。29歳だった。
 
 伸之さんは、横須賀の工業高校を卒業後、中部電力の孫請け会社に就職。静岡県にある浜岡原子力発電所で働き始めた。伸之さんの仕事は、原子炉直下での燃料棒の点検作業。被­ばく量は年間約7ミリシーベルト程度だったため、安全を疑ったことはなかったという。
 
 結局、8年で累積した被ばく量は50ミリシーベルトあまり。27歳のときに白血病を発症し、浜松医科大学病院に入院し治療を行ったが、2年後に亡くなった。嶋橋さんは、息子を­亡くして2年後労災を申請。全国に署名活動が広がり、合計40万人の署名を集め、申請から2年後に、労災認定された。
 
 「子どもはこれからの人だから成長が早いです。だから発病が早いんです。」と語る嶋橋さん。浜岡原子力発電所が完全停止した今、その心境をうかがった。


  
--------------------------------------------------------------------------------­------

制作:OurPlanet-TV
http://www.ourplanet-tv.org/

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 2.1 日本 ライセンスの下に提供されています。

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を。

 ご愛読ありがとうございます。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月18日 (水)

 20ミリシーベルト/年 という基準について。 体感報告@東京

 

 

 こんばんは。 いかがお過ごしですか。

 今日の一言「メルトダウン」の投稿記事が、グーグルの上位に来ているらしく、2日前から急にアクセスが増えだしました。 いやはや、グーグル恐るべし・・・。 やはり、皆さん、憂いているのですね。 私も、いつも以上に慎重に、且、気合を入れて、記事を重ねていきたいと思っております。

 3.11以来、私は、ニコニコ動画の東電記者会見他、関連する動画を、毎日、日課のように見ています。 それは、私の、憂いから来るものです。 人間としての、いや、人間が本来持ち合わせている動物的危機感から来るものと言ったほうが的確かもしれません。

 巷では、今、メルトダウンについて語られていますが、まるで言葉遊びをしているかの様で、会見を見ていても、東電及び政府の姿勢は、当初から、なんら変る事は無い様に思われます。

 メルトダウンという言葉が出たとたん、急に手のひらを返したかのように論調が変りつつある大手マスゴミの姿勢にも、この国の何たるかが窺い知れるようです。 失礼を百も承知で申し上げますが、御用記者、御用学者の存在も手に取るように精査できます。

 ニコニコ動画でコメントばかりしていてもしょうがないので(笑)、ちょっと、こちらに、久しぶりに長めの記事を書こうと思います。

 

 もう、私達は、3.11以前に戻る事など出来ません。

 こうしている今も、放射性物質は空を舞い、海を汚染し、雨となって降り注ぎ、土壌を汚染しています。 原発という利器を選択してしまった時点で、万年単位、天文学的単位のリスクを、私達は背負ってしまったのです。 この環境からは、もう、逃れる事はできません。

 これは、当然ながら、もはや福島だけの問題ではありません。 私は現在、東京都に暮らしておりますが、その危機は今、ここにあるものとして、日に日に、ひしひしと実感されてきています。

 放射線感受性には、大きな個体差があるという事を先にお伝えしておきます。

 国が一つの基準として打ち出している20ミリシーベルトなどという数値が、いかに曖昧なものか、以下の私の体験、体感から察して頂ければと思います。

 4月上旬、私は、風邪のような症状に悩まされました。 鼻水が滝のように流れ出し、それは留まる事を知らず、その鼻水には、時折赤い血が混ざっておりました。 急激な体力の衰えを感じ、ふらふらして立っていられなくなり、間も無く熱発しました。もっと感覚的に言うと、いきなり鼻から鼻水がどっと出て、あふれて止まらなくなり、疲弊、衰弱し立っておられず早退、帰宅、熱を測ったら案の定・・・、という感じです。 また、のどの両脇、および首(リンパでしょうか)が腫れぼったく感じ、胃腸の調子も悪くなり、下痢の症状が出ました。 さらに、頭蓋内に圧力を感じ、内から外へ激しく突くような頭痛にも悩まされました。 それは、私が従来感じた事のある頭痛とは趣の異なるものでした。 不思議な事に、風邪の代表的症状であるくしゃみは、ほとんど出ませんでした。 咳をしだすと、止まらず、痰が出ました。 その痰は黒ずんでおり、赤い点が見受けられました。 3日間、起き上がれませんでした。 花粉症も例年さほど症状も出ず、風邪などめったにひかない私は、おかしいな、と思ったものです。 3月からの歯周病も治りが悪く、大きく腫れ上がり、出血がなかなか収まりませんでした。

 もちろん、私は、即これが、放射能によるものだとは思ってはいません。 似たような症状は、40年も生きていれば、一つや二つはあってもおかしくないとは思います。 でも、何か、腑に落ちない。 考えてみれば、その前の日、あるいは前々日、あるいは数日前でしたか、私は農作業中に、変な天気雨のようなものに、まともに当たっています。

 この風邪のような症状は、3日3晩、獣のように床に伏す事で、幸い、峠を越す事ができました。 そして再び、私は農園通いを始めた訳ですが、つい先日、また、ちょっと被曝を疑いたくなるような症状に、私は気が付きました。

 帰宅後、全身が急激に痒くなったのです。 この日は、午後から雨で、ざんざん振りでした。 私は3.11以来、被曝に対処する様々な情報を見ているので、雨に濡れないように気をつけながら作業を心掛けていましたが、どうしても外でした方がやりやすい作業というものがあって、ついつい雨に濡れながらの作業をしてしまったのです。 防水性の良くない上着を着用していた為、雨水で全身ずぶ濡れになってしまいました。 また、悪い事に、私はくたびれきってしまっていた為、帰宅後、入浴する気力も無く、その日は入浴しなかったのです。

 これが良くなかったんだと思います。 眠りについてから、しばらくして、全身の痒みが現れ、寝ぼけながら掻いてばかりいて、良く眠れませんでした。 この痒みは2晩続いた後、引けてきましたが、完全に収まった訳ではありません。

 今現在、皮膚に赤い点が見受けられる箇所が、随所に見られます。

 1312

1314

 

 どうせ、ダニかなんかだろ。

 これを読んでいるあなたは、そう言いたくなるかもしれません。 写された赤い点に関しては、そうかもしれません。 いや、私としても、そうあって欲しいです。

 

 4_29 元東電社員の証言(高知)

*5’00”あたりからの証言を聞いてください。
低線量被曝の急性症状(低線量障害)について語られています。

 

 放射線の危険性を推し量る時に、しきい値という言葉が出てきます。 統計学から導かれる確率論のお話であります。 今回の話で言えば、ある値(しきい値)以下の線量ならば、「ただちに」健康に問題はない、というやつである。

 今、この国には、20ミリシーベルト以内の被曝線量ならば、健康被害はありませんと、きちんと責任を伴って言える人は、実はいないのである。 誰一人として、いない、のであります。

 

 

 ケムトレイルによるものと思われる健康被害を追いかけた時もそうでしたが、この、放射能による健康被害で怖いのは、対象が目には見えないという事です。 この、ごくごくわずかづつ、ゆるやかに、気付かぬ内に、しかしながら確実に人体の健康を蝕んでゆく因子というものは、直接被曝とはまた別の怖さがあります。 責任の所在も、うやむやにできます。

 自然に老い、病み、朽ち果ててゆくのならば、なんの悔いも、恨み事もないでしょう。 しかしながら、その病の奥に、人間のエゴが見え隠れするのならば、そんな社会は、私の代で終わりにしたいです。 これは覚悟です。 したたかな私の決意です。

 

 もう一度言います。

 これは覚悟です。 したたかな私の決意です。

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を

 ありがとうございました。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2011年3月22日 (火)

 Webで見る、原発、放射能のお話 etc。

 

*現在、U-Streemにて、【緊急報告】広瀬隆/広河隆一 「福島原発で何が起こっているか?-現地報告と『原発震災』の真実」 生放送中です。

放送終了しました。

ここで、録画されたものが見れます。

http://www.ourplanet-tv.org/

 

 こんにちは。 お元気ですか。 このブログも、2008年に書き始めて以来、いつも読み支えて下さる皆様のおかげ様で、一日に百名以上のアクセスを数えるブログに成長してまいりました。 感謝申し上げます。 でも、大事な事は数じゃない。 これに驕る事無く、以前同様、このブログを単なる情報収集の道具としてではなく、しっかり読んで、応援して下さる方がたった一人でもいて下さる限り、このブログは続けていく所存です。 コメントが素晴らしいのも、このブログの良いところです。 ありがとうございます。 今後とも、宜しくお願い致します。

 

 さて、 3.11~東日本大震災 の余韻未だ冷めやらぬ、今日3月21日、休日の東京地方は、雨の降り続く一日となっております。 農業に携わっている者としては、久しぶりの、有難い雨の一日です。 この恵みの雨が、放射能に汚染される事の無いよう、祈るばかりです。

 

 今日は、一日、心と体の赴くままに、久しぶりに家に篭り、ゆっくり休み、日頃の疲れをとり、近頃の私を振り返ったりして、のんびりと過ごさせていただいております。 Webを開いてみますと、思いのままに、お気に入りのページを見たり、ブログの過去記事の修正、加筆などを行っております。

 

 私は、原発や、核関連の記事を過去にいくつか書いていますが(主に2008年)、今日21日、考察の材料になる、とても為になる、解かりやすい動画をいくつかみつけましたので、ここで、またお伝えしてみたくなりました。

 

 

 ”シーベルト”という単位の捉え方を、おもしろく、わかりやすく伝えてくれています。 核心をついていて、尚且つそれが大手マスコミ報道の批判にもなってしまうので、場合によっては、このご時勢、都合の悪い情報という事で、この先削除されてしまうかもしれません。

 

 次はこれです。 田中 優 さんの、3月13日大阪市民会館で行われた「今、僕たちに出来ること」チャリティイベントで、原子力発電の今の現状について講演されたものです。 すべて視聴すると長いですが、大事な情報ばかりと私は思います。 You Tubeは長い動画をUPできないので、5つのチャプターに分けてUPされています。 当ブログには、始めのチャプターのみ、貼り付け致します。 興味のある方は、ぜひ関連動画を追ってみて下さい。 情報拡散致します。

 

 

 この方、物腰もやわらかく、丁寧に噛み砕いてお話して下さるので、とてもわかりやすいです。 新たな可能性も、示唆して下さっています。

 

 次は、広瀬 隆 さん。 この方は、かなり以前より原発の危険性を書籍などを通じて世に訴え続けてこられている方です。 つい先日、CSで放送されたものがWebでも見る事ができます。 こちらは、貼り付けができないので、URLを以下に。

 

インタビューズ (2011年03月20日):予言されていた“原発震災” 広瀬隆氏インタビュー

 

 もう、いいかげんにして下さい、気付いて下さいと言わんばかりの口調に、長年のご苦労が伺えます。

 

 そして、最後はこの方、ベンジャミン・フルフォードさん。 この方も普通にご紹介してしまうのが、このブログの良い所。 番組の企画自体が胡散臭く感じられますが、あまりに核心を突いた情報の為、わざとこのような、信に足らぬ様な演出を施しているのだと、私は観ています。 いや、失礼しました。 どの世界も、奥の院というものは、こういうものかもしれません。 言っている事がかなりぶっ飛んでいるので、初めての方には拒絶反応が出るやもしれませんが、そういったご自分の感覚は大事にされて下さい。 その上でもなお、考察に値する内容がこの動画の中にはあると思います。 ベンジャミンさんは、9’00”以降より発言をしています。

 

 

 こちらも、関連動画を含む形で埋め込んでおきました。 興味のある方は、辿ってみてください。

 

 ここまでで、すべてを視聴された方は、かなりお疲れになった事でしょう。 最後に、ザッピングで、もっと気楽に、解かりやすく原発を理解したいという方の為の動画も貼り付けておきます。 癒しにもなるかもしれません。

 

 

 お疲れ様でした。 情報を提供してくださった方皆様に感謝申し上げます。 

 

 

 

 ありがとうございました。

 では、佳き一日を。

 

 今、ここに感謝を。

 お元気で。 また、会いましょう。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月28日 (月)

 【日本の農業】 増え続ける耕作放棄地

 

*この記事は、先日、農業特化型兄弟ブログ「空と大地に導かれて。」 のウェブページに投稿されたものですが、大事な論点が含まれているので、こちらのブログにも併せての、緊急応援投稿をさせて頂きました。 ぜひ、ご覧下さい。

 

 

 

 

 

 巧妙な売国政策によって、今、この瞬間も、刻一刻と、日本という国は、解体が進みつつあります。

 これは、この先、いかなる政党が主導権をとった所で、変る事はありません。

 そのような、超国家的な仕組みが既に世界には出来上がっているのです。 私たちが、貨幣経済というものに依存して争い合っている限り、この仕組みから逃れる事は出来ません。 グローバリゼーションなどと言う、一見、カッコ良さそうな言葉に騙されてはいけません。 N.W.O(ニュー・ワールド・オーダー)という、おぞましい言葉を知って下さい。 幸い、今は、ネットの情報網が発達しています。 検索して下さい。

 大手マスコミはすべて牛耳られ、そこから流される情報は、すべてバイアスがかけられています。 政治はもちろん、医療も教育も巧妙に牛耳られています。 そして、魔の手は、いよいよ私たちの生きる源であるところの食にまで及んできています。

 しかし、その国の風土と食だけは、気付いた者が立ち上がって、農具を持って、汗して、耕し、種を守り、育て続ければ、守ることができます。

 陰謀論と言われても、私は構いません。 元々、人の行動原理は謀で成り立っています。

 この問題は、机上であれこれ算段してばかりいるような人達には決して解決できません。 農というものを、数字で、目先の利益ばかりで推し量ろうとしている大馬鹿者達に、この国の命運、私達の暮らしを明け渡す訳にはいきません。 農とはまさに、人の生き方そのものであり、血の通った暮らしであり、智慧の蓄積であり、土地の持つ風土、大自然とつながっているのです。

 私は数年後、農家として自立します。 百の姓を名乗れるような、本物のお百姓さんを目指します。 そして、この日本の素晴らしい風土、そして伝統ある食文化を守ります。 皆さん、日本の農家さんが、代々、丹精込めて、守り、育て上げてきた、素晴らしいお米、野菜、伝統的な発酵食品、そしておいしい果物を毎日食べて、もりもり元気に、笑顔に、幸せになって下さい。 それが私の祈りです。 私たちの暮らしのすべてはつながっています。

 私はこの動画を見て、あまり悲しくないのです。 なぜなら、この動画にでてくる田園風景、耕作放棄地は、意外と条件が良く、開墾しやすそうだからです。

 assssodaさん、

 勝手に動画を貼り付けてごめんなさい。

 情報提供、感謝致します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月25日 (土)

 落ち葉掃き。

 

*この記事は、先日、農業特化型兄弟ブログ 「空と大地に導かれて。」 に投稿されたものですが、大事な論点が含まれているので、こちらのブログにも併せての、加筆投稿をさせて頂きました。 ぜひ、ご覧下さい。

 

 

 晩秋から初冬は落ち葉の季節。

 今日は、掃き掃除をさせてもらいました。

 

Rimg9350

 

 一輪車に、かごと熊手とちりとり代わりの箕を載せて、クリン、クリン♪

 

Rimg9353

 

 順調、順調~。

 

Rimg9351_2

 

 落ち葉を掻き出すと、中でうずくまっていた蜘蛛さんが、驚いたように飛び出しまして、

 ブロック塀沿いに、一匹二匹、二匹三匹、

 ぞろぞろ、ぞろぞろ。

 いそいそと駆け上がっていくのです。

 

Rimg9354

 

 なんだか、申し訳ないな。

 多分、隠れて温まってたんだろうにな。

 

Rimg9355_2

 

 熊手は本当に良く出来た道具だと思います。

 こういうのが本物の知恵というものなのではなかろうか。

 などと、

 先人達の暮らしに想いを馳せていますと、

 その内、時の経つのも忘れて、

 無心になって、

 私は熊手を操っておりました。

 

Rimg9356

 

 見事にスッキリ。 気持ちも晴れてくるのがとても不思議です。

 

 蜘蛛さんは何処へ行っちゃったのかな。

 

Rimg9357

 

 掻き出した落ち葉はこのように集めておきます。

 

 

 「土地を守る」ってこういう事の積み重ねなんだな。

 妄想癖と言われても仕方の無いくらいの私の想像力は、膨らむばかり。

 

 

 こういった仕事こそ、大事なんだな、と思います。

 私は好きですね。 こういうの。

 地味ではありますが、ひと掃き毎に、愛着というか、地に足が着いて、心が整ってくる。

 欠かせない事。 価値ある時間。

 

 

 10代で東京に出て来て、マンションやアパート住まいをせざるを得ず、長く経験してしまっている私には、この大切さが、その分だけ余計に感じられる。 わかる。

 

 

 子供の頃はちゃんとしてたんだよな。 掃除も。 毎日の雪かきも、屋根の雪降ろしも(私は青森出身です)。 そうやって、家を守ってたんだよな。

 

 

 土地と人との関わりはとても大切な事。 これを忘れた暮らしは、どんなにお金があっても、浮き足立った、心寂しい暮らしとなるだろう。 私はお金持ちになった事はないが、この事の一端は、この身を持って経験している。

 とある報道によれば、今、地方農村の水源地には、中国などの海外資本がどんどん入り込んできて、買い漁られている状態であるという。 そこからは、それを易々と認めてしまう、日本の政策、行政の姿勢が窺える。 ちょっと待ってくれ。 ちょっとおかしいのではないだろうか。

 

 お金があれば何でも出来る、何でも許される、お金で何事も解決できる、お金持ちこそ偉い人、などという考え方。 日本人ならば、それにはちょっと引っかかりを感じるし、それが恥ずかしい事であるという感覚がどこかにあるのではないだろうか。 いつから日本人の品性、民度はこんなにも低いものに成り下がってしまったのだろうか。 私はもう、古いタイプの日本人なのだろうか。 そういえば、「同情するならカネをくれ!」などという、痛い台詞があったなあ。 私は、1980年代あたりから、目に見えてこの国がおかしくなり始めたと推測している。 

 

 田んぼに水がうまく引けなくなったら、日本は間違いなく終わる。 諸外国と仲良くする事は大いに結構だが、それとこれとは話が違うだろう。 これは人々の暮らし、国体の根幹に関わる問題だ。 清らかな水は、日本の生命線であり、命の源だ。 私はこれを憂慮せずには居れない。

 

 

 私は、いっぱしの農家になる。

 農家になって、この日本を、みんなの暮らしを守る。

 私達にはもう、そんなに時間は残されていないような気がしています。

 

 

 

 

 問題を皆さんに提起させて頂きまして、

 この記事を閉じたいと思います。

 

 

 今、ここに感謝を。

 ご愛読ありがとうございます。

 

  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月31日 (火)

 生きてゆく意志を減薬に注ぐ。 ~退院へ向けて

 皆さんこんにちは。 またまたお久しぶりの投稿となります。 更新の乏しいこのブログですが、日々チェックしてくれている方々には、本当に感謝いたします。 暑い日々が続いております。 いかがお過ごしですか。

 こちらは入院生活もいよいよ最終段階で、退院へ向けての助走を始めるべき時が訪れていると感じています。

 病院のシステムとして、私が今お世話になっている急性期病棟には3ヶ月以上いる事は出来ず、それを超えての療養を要し、希望する場合は別病棟へ転棟せねばならない決まりになっている為、この3ヶ月というのが我々患者にとっては一つの区切りになる場合が多いのです。

 今の私の心境を表すとすれば、お別れの上りエスカレーターを目前にして、乗る事を躊躇し、戸惑い、タイミングが合わずに困ってしまっている、といった感じでしょうか。 そして、私の後ろには、たくさん人がつかえている。

 ここで変に焦る気持ちで、十分に自分の病状を省みずに早計に歩みを進めてしまうと、また病気がぶり返し、悪化してしまう可能性が高くなります。 かと言って、このタイミングを逃すと、いつまでもだらだらと病気が慢性化してしまい、退院が余計に難しくなってしまう可能性もあります。

 入院生活は、慣れてくると、トラブルにさえ巻き込まれなければ、まるでホテルのようでとても居心地が良いのです。 塗り絵や皮細工などの作業療法はとても楽しく、いろんな分野、立場で活躍している方が集まるという入院ならではの出会いの妙味もあり、ともすると、とても離れ難いものになります。

 退院か入院継続か、退院であれば何日に退院をするのか、そのタイミングを見極めるのは難しく、しっかりと自分を内観し、病状を客観的に把握する事が肝要なようです。

 客観的に見ていく中で、今の私は薬によって支えられている部分が大きい事に気がつきました。 低め安定で、体に耐性がつき、慢性化し、鎮静が効き過ぎ、病的症状は押さえられてはいるものの、だんだんと、自分が本来持っているはずの“元気”、活力が失われてきているのかな、というような直感が有りました。

 私はいわゆる陰謀論のようなものがこの世界に存在している事を心得ております。 また、石油化学から精製される向精神病薬が一体どの様なものであるのか、良くも悪くもこの身を持って体感しております。 私は殊更ヒステリックに西洋医学を否定するものではありません。 転ばぬ先の杖として、あるいは松葉杖としての向精神病薬の有用性は確かに認めつつもなお、慢性的な投薬が人体にに及ぼす危険性を感じずにはいられません。

 ここからはちょっと薬の話をさせて下さい。

 私の入院当初の処方は、以前の病院からの処方を引き継いでルーランを主軸とするものでしたが、アカシジアの酷い副作用が出てからは、セロクエルとテトラミドの組み合わせに変更されました。 これが意外にも奏功し、私は発症以来、実に初めて(!)、合う薬というものに出合いました。 セロクエルが繊細で神経過敏、そして考え過ぎる傾向を鎮静し、テトラミドが抑うつを最悪にならない程度にではありますが、押さえてくれている感じがわかりました。 これに副作用止めとしてタスモリン、睡眠薬のベンザリン、便を軟らかくするマグミット、便通の為のセンノサイドが私の処方箋です。

 退院に先駆け、私は先週の金曜日の問診の際に、減薬の希望を今の主治医に伝えました。 それは私の心と体の、ごくごく自然な反応、意識から来るものでした。

 主治医は私の申し出に最初は渋い様子でしたが、むずむずの副作用が常態的に出ている事もあって、更に、鎮静が効いている感じがすると伝えたところ、セロクエルを今までの半分量の125mg/dayに減量してくれました。 テトラミドはどうしても減らせないとの事でした。

 セロクエルは向精神病薬として処方する際の容量としては300~600mg/dayが良しとされる薬ですので、先生としては多分、全くの不本意の処方だろうと思います。

 これで、私の現在の処方は、
 朝はセロクエル25mg1錠、タスモリン1mg1錠、マグミット330mg2錠、ツムラ大建中湯顆粒1包、
 昼は、マグミット330mg2錠、ツムラ大建中湯顆粒1包、
 就寝前に、セロクエル100mg1錠、タスモリン1mg1錠、テトラミド30mg1錠、10mg2錠、ベンザリン5が1錠、マグミット330mg2錠、センノサイド12mg2錠、ツムラ大建中湯顆粒1包、
 頓服として、むずむずの副作用止めとしてヒベルナ1錠

 と、なりました。

 減薬したとはいえ、私は未だこれ程の薬を飲んでいるのです。 ツムラの漢方の処方は嫌いではありませんが、十分薬漬けの状態である事がお分かり頂けると思います。 これが精神科の処方の現状の一例です。 私の場合、良心的で、適切な方だと思います。

Rimg9050

 減薬した翌日は、明らかに離脱症状と思われるものがズドンとやってきました。 頭がガンガンと痛く、吐き気があり、吸い込まれて落ちていくような不安、無感情、重い抑うつ状態となり、夕方頃まで動きだせませんでした。 こんな少量(セロクエル125mg)の減薬でも、私の体には、これほどの影響が出るのです。 向精神病薬の怖さはここにあるのです。

 重篤な目前の症状さえ治まれば、代謝機能の低下、歩行障害等の副作用は出ても仕方がない。 病状の苦しさと、副作用の苦しさとどっちを選びますか、と言っているかのような医療には、はっきり言って疑問を感じます。 常に毎日服薬する事による病状の固定化、体に耐性がつく事での慢性化、そして更なる服薬の増加のスパイラルについてはどう思われますか、と、私は現代の医学界にも、当事者である患者にも問いたいのです。

 離脱症状に悩まされた翌日の日曜日には頭痛も治まり、体も軽く、気持ちも晴れやかに、前向きな気持ちが戻ってきました。 良くも悪くも鎮静が効いていた減薬前からすると、何か薄皮皮が一枚剥がれたような感じがします。 “元気”が少し戻ってきたような気がします。

 より多くの人が、本来の元気、健康を取り戻して欲しい。

 問題を起こし、保護室へ送られ、手かせ足かせをはめられて、キツい鎮静の注射を打たれる人や、薬の副作用でカタカタ足踏みが止まらない人、訳のわからない叫び声をあげている人たちと共に日々を過ごしながら、私はこんな事を願っているのです。

 火曜日の問診時、私は9月8日に退院すると決めました。 あと一週間位様子を見て、状態が明るく安定していれば、晴れて退院となります。 残りの日々を大切に過ごそうと思います。

 ありがとうございます。

 今、ここに感謝を。

| | コメント (15) | トラックバック (0)

2010年7月 3日 (土)

 政治の大切さ。

 例えばあなたが車好きならば、いつも自分が乗る車はピッカピカに洗い、磨き上げ、出掛ける時は最高の気分で出掛けようとする事でしょう。 が、しかし、その道中の交通状況、出掛けた先の周囲の環境、運転している人達のマナーなどが悪いとなれば、あなたの旅の車中の気分は、まるで変わってきてしまう事でしょう。

 つまり、私達の住む、この地球自体が、そして人々ひとりひとり、出来るだけ多くの人の心地が良いものにならない限り、あなたのドライブは、いくら高級車に乗っていようとも、ピカピカであろうとも、決して快適で楽しいものにはならないはずです。

 だからこそ、政治は大切だと、私は思うのです。

 ドライブをする環境、そしてその道を走るひとりひとりの心の具合は、とてもとても重要な事と思います。

 知らず知らずの内に、政治は、私達の日々の生活の中での心地良さを大きく左右していると思うのです。
 
 政治はやっぱり大切なのだと思うのです。
 
 諦めてはいけないと思うのです。
 
 言いたい事を言わさせて頂きました。
 
 ありがとうございました。

 

 

 今、ここに感謝を。

 

 どうぞお元気で。

 
 では、また会える日まで。

 

 

 
 
 
 
 

| | コメント (3) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧