健康、不健康

2013年2月12日 (火)

 疲労困憊。 (鬱のメカニズム)

 
 
 
 
 
 疲れている時は、何をやってもダメ。
 
 
 とにかく休むに限る。 これ鉄板。
 
 
 
 
 
 いわゆる、氣力が落ちている状態でありますから、
 
 
 行動力は愚か、
 
 
 見えてくる景色、
 
 
 同じ私であるにも関わらず、
 
 
 同じものを見ても、
 
 
 その印象が、全く違ったものになってしまいます。
 
 
 見るもの、聞くもの、触れるもの、
 
 
 何もかもが嫌なものに思えてきます。
 
 
 倦怠、嫌悪。 何もかもが負荷、負担に思えてきます。
 
 
 以前は楽しめたものでさえ、このような心象になってきます。
 
 
 
 
 
 子供の頃を思い出してみて下さい。
 
 
 目の前の水溜りを、
 
 
 ひょいと軽やかに飛び越えるあなたでした。
 
 
 それが今は、
 
 
 重い身体を引きずり、
 
 
 元気な時は、難なくいなせる水溜りを前に、
 
 
 ぐったりしています。
 
 
 心はサンドバック状態。
 
 
 目の前に起こる事は全て
 
 
 苦痛でしかありません。
 
 
 ストレスの蓄積で、
 
 
 心の弾力性を失ってしまっているのです。
 
 
 これは、寧ろ、人を話をよく聴いて、理解しよう、和合しようとする、所謂”いい人”ほど陥り易い状態だと思います。 経験から、そう思います。
 
 
 人の何気ない行い、一言が、
 
 
 氣力の落ちたあなたには、決定打になってしまう。
 
 
 
 
 
 これは、理屈じゃないんですね。
 
 
 
 
 
 こんなはずじゃない。
 
 
 ついこの前まで好調だっただけに、
 
 
 私はこんなだったのか?
 
 
 いや、違う。 そんなはずはないなどと思いながら、
 
 
 もがいて、何かをして、頑張ってしまうと、
 
 
 余計にこじれてしまいます。
 
 
 
 
 
 それでも、出勤しなければならない。
 
 
 生活費を稼がなきゃいけない。
 
 
 人間関係を保たなきゃいけない。
 
 
 今の世の中は、そんな仕組みになっています。
 
 
 そして新たな疲労は上書き、さらに蓄積され、本来あるべく自己との乖離がますます進んでいきます。
 
 
 当然、病まってしまう人、そして潜在的に病を抱えてしまう、所謂未病の人は増えていく一方です。
 
 
 頑張り屋さん、そして寧ろ責任感の強い人に、この病が多いのも頷けます。
 
 
 
 
 ドタキャン、バックレはあって当然。
 
 
 それでも、あなたを認めていますよ。
 
 
 理解できますよ。 信じていますよ。 あなたはあなたですもの。
 
 
 という、信じられないくらい自由な世の中にならない限りは、
 
 
 正直言って、この病は無くならないと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 なぜ私が今、また、改まってこんな記事を書いているのか。
 
 
 これは、私にとってとても大切な事だからかもしれません。
 
 
 今世の、私のテーマだからかもしれません。
 
 
 
 
 
 
 
 この記事、これよりさらに深く推敲してまいります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 今、ここに感謝を。
 
 
 有難うございます。
 
 
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月15日 (木)

 新しい朝 ~2011年9月15日

 

 

 

 Rimg12971

 

 

 おはようございます。 よくぞお目覚めになられました。

 

 

 天があなたは生きていても良いと認めてくれている証拠です!

 

 

 昨日は自身を責めて悩み、とてもつらい夜だったでしょう。

 

 

 今もきっと重い事でしょう。

 

 

 でも、私はあなたの新しい朝におめでとうと伝えたいです。

 

 

 生きていても良いのですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を。

 ありがとうございます。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月25日 (木)

 ちょっと告白。 ~(鬱になるメカニズム Ⅱ)

 

 

*この記事は、過去の記事、「志 は 高く。 (鬱になるメカニズム Ⅰ)」 に続いています。 よろしければ、ぜひ、過去記事も併せてご覧下さい。

 

 

 激しい陰性症状(鬱状態)から解放される時、私は沢山の気付きを得て、生かしてくれてありがとう、生きてて良かったと素直に思えるようになって生まれ変わるんです。

 

 そして、その都度、今回の鬱の要因は己のエゴイズムであったという事に気付かされるのであります。

 

 鬱は自己との対話です。

 

 私は鬱ジャンキーかもしれません。

 

 かれこれ、これを3年半繰り返しています。

 

 私は、この病(障害)と共生しています。

 

 おかげで、かなり人格が変わってきていると思います。

 

 無駄なものが排泄されてきています。

 

 きっとこれは、産みの苦しみなのでしょう。

 

 渦中にある時は、本当に苦しいのですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を。

 ありがとうございます

 

*携帯からタイプキャストでこのブログをご愛読の方々へ、いつもありがとうございます。 この度、ツイッターを始めました。https://twitter.com/#!/YasuhikoSUN つぶやいてマス。 こちらの方もご興味があれば、読んでやって下さい。 また、当ブログは、動画や写真の貼り付けも積極的に取り入れ、表現しております。 対応するブラウザで見て頂くと、より、楽しめるかと思います(あまり、楽しくはないブログだとは思いますが・・・(^-^;)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 3日 (水)

 鬱を克服する、悪魔の呪文。

 

 

 

 

 俺がやらなきゃ、誰かがやる! (笑)

 

 

 

 

 

 出典:「俺がやらなきゃ、誰がやる!」

 

 今、ここに感謝を

 ありがとうございました。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

 私とあなたと統合失調症。

 

 

 

 私の中には、物凄い陽性と、物凄い陰性が居るんです。

 

 もちろん、中道も居ます。 アナログ的で、そのダイナミックレンジは無限大です。

 

 見えすぎてしまう訳なんです。 感じすぎてしまう訳なんです。 気付いてしまう訳なんです。

 

 おそらく物凄い陰性を見せると、その時点で、人間関係が、ほぼ破綻してしまうでしょう。

 

 というか、まず、自身の身の回りの生活が成り立ちません。

 

 それぐらい、物凄いんです。

 

 普段、私と会う人は、そんな事に気付かないはずです。

 

 私は、自覚がありますから。

  

 私も大人ですし、この病と呼ばれるものとのつきあいも長いですから、ある程度の制御をするよう、努力をしているんです。

  

 実は、それくらい、物凄いんです。

 

 何よりつらいのは、私の中で、その陰と陽との折り合いがついていないという事なんです。

 

 そう、調和してないんです。 制御に困るほどに。

 

 そこが、所謂、精神の統合性が失調している、という事になるわけなんです。

 

 それくらいの事は、俺にもあるよ、という方もおられる思います。 心の中に住む天使と悪魔みたいなお話しですからね。

 

 では、それが病と認定されるかどうかの境目はどこなのかと申しますと、

 

 そのような状態が、ずうっと継続しており、それが社会生活に影響が出てしまうほどなのかどうか、という所なのであります。 この基準は、他の精神障害も一緒です。

 

 自分は健常だ、と思っていた方の中にも、前述のような傾向はあるな、と気付かれた方もいらっしゃると思います。

 

 統合失調症って、実は、それくらい、身近な病なのです。

 

 人間ですから、そこに感情が加わってきますので、これが10倍にも、100倍にもなってしまうんです。

 

 それが、統合失調感情障害というものの本懐です。

 

 

  

 倍加されてきますと、様々な症状とされるものが出てきます(それについての解説は、ここでは割愛させて頂きます)。 付随して、肉体にも影響が出始めます。

 

 例えば、疲れやすいですとか、ガクっと反動がくるとか、まったく動けないとか、様々です。

 

 こういった点も、病としての判断の範疇に入って来る訳です。

 

 残遺症状(障害)と言います。

 

 躁鬱とも、重なり合ってきます。 

 

 

 

 

 いかがでしたでしょうか。

 

 当事者の立場から、ざっくりとではありますが、この病と呼ばれているものの概要をお伝えしてみました。

 

 こうして開示する事によって、

 

 この障害に対する偏見や隔たり、そして誤解が減ってくれればな、と思います。

 

 そして正しい理解につながってくれればな、と思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を

 ありがとうございました。

 

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2011年8月 1日 (月)

 今日の一言。 ~2011年8月2日 (課題) 

 

 

 

 自他共に弥栄する喜びの為の

 

 自発的な課題ならば、

 

 その為に己に課す課題ならば、

 

 己の壊れぬ範囲において、

 

 私はどんどん課そうと思う。

 

 私は、自然の中に

 

 厳しさと優しさを見出す人間なのです。

 

 

 

 それで、己が鬱になるのならば、

 

 その課題は、

 

 調和を欠いた

 

 エゴイズムであったという事に気付かされるのであります。

 

 

 

 宇宙はいつだって

 

 完璧なメカニズムとダイナミズムで動いているようです。

 

 私達の魂も肉体も

 

 その一部に過ぎないのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を

 ありがとうございます。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

 今日の一言。 ~2011年8月1日 (謙譲) 

 

 

 

 

 人を生かして、生かされる。

 

 

 

 そこに気付かない内は、争いは絶えないし、病気にもなる。

 

 人生、実は損得勘定や、勝ち負けじゃないんですよね。

 

 そんなもん、浅い、浅い。

 

 

 日本には、日本の神様がいます。

 

 

 

 

 自己主張と、征服と、奪い合いの国の方々へ

 

 謙譲の国の人より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を。

 ありがとうございます。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月11日 (月)

 世間を憂う、その前に。

 

 

 

 傷つき、こんがらがって、疲れ果ててしまったのならば、

 

 いつでも、振り出しに戻りましょう。

 

 もう、無理。 と、白旗をあげちゃいましょう。

 

 無期限休業(笑)。

 

 とりあえず、楽になりますよ。

 

 途中、煩悶地獄も見ますがね。

 

 

 

 少し元気が出てきたら、

 

 まずは、きちんと自炊をして、

 

 ご飯を食べる、という所からやり直してみましょう。

 

 

 

 私はいつでも、ここを、基本にしています。

 

 いつでも、ここに戻ってきます。

 

 

 

 私と一緒に、始めてみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を

 ありがとうございます。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月10日 (日)

 うんこは微生物達の尊い諸行の化身である。

 

 

 

 見たくないものは、見なかった事にすれば良し。

 

 臭いものには、蓋をすれば良し。

 

 そんな考えの下に、非常に偏った発展をしてきた近代文明。

 

 今、その是非が問われている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ありがとうございます。

 今、ここに感謝を。 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月30日 (木)

 今日の一言。 ~2011年6月30日 (イメージメッセージ)

 

 

 

 

 叩いちゃ駄目だ。 壊しちゃ駄目だ。

 

 それじゃ、奴らのやり口と次元が一緒だ。

 

 その後、構築された世界で、人々は同じ過ちを繰り返してしまう。

 

 

 変換するんだ。 吸収、分解、還元を促すんだ。

 

 継承、転換が現実的なギリギリのライン。

 

 

 これは、とても忍耐の要る仕事。 微生物達の営みのように!

 

 これが出来る人が、次世代に生きる人。

 

 

 

 

 

 

 

 何を言っているのか、訳わからんかったでしょう?(笑)

 感性で捉えて下さいね。

 

 ありがとうございます。

 今、ここに感謝を

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧