「私達という存在があってはじめて物や色や音は認識され、意識されるのである。」
確かにその通りだ。 ・・・いや、待てよ。
なんかおかしくないか? 果たしてそうであろうか?
では、私達が存在する以前はどうだったんだろう?
物や色や音は私達(私)が存在していなくてもそこにあるではないか。 言い方を換えれば、既にそこに存在していたであろう。 と言う事ができる。
それを鑑みれば、上のかぎかっこの説明はおかしいという事になる。 そして、それは、他のすべての物たち(認識される側)から見ても言える事なのでは?、と気付く事ができる。 どっちが先か、という観点自体がおかしいのではないか。 上のかぎかっこは、あくまで”私”を主体にした、偉そうな(笑!)物の見方に過ぎない。
・ ・ ・ ・ 。
意識ってなんだろう。
存在ってどういう事?
私は考える。
大胆にも仮説を立ててみました。
「意識=存在」、「存在=意識」。 イコールで結んでみました。
意識するという事は存在を証明する(顕わす)という事であり、存在こそ意識なのだ。 と。
話がちょっと跳び過ぎていますね。 ここで少し補足します。 ゆっくり考えていきましょう。 右のサイドに配置しているポッドキャストでもクリックして一息つきましょう。 特に今週の the jazz suite の1曲目、クールです。
音は”波”です。 ”波”として存在しています。 色(光)もまた、同じく”波”です。 同じく”波”としての”存在”であると私は認識しています。 ここで大事な事は、音 も 色(光) も”波”として全く同じ物である、という事です。
私達は、波長が長めの物を私たちは”音”として、耳で”聴いて”いるのであり、波長が短めの物を”色(光)”として、目という感覚器官で”見て”いるのであります。
つまり、たまたま私達のからだの構造がそうなっている、という事に過ぎないわけです。 ちなみに こうもり や イルカ は私達とは違った感覚器官を持っていますよね。
”音” も ”色” もまったく同じ物、という事は理解してもらえたでしょうか?
では、次に、私達の”体”はどうでしょう。 私は、 ”肉体” も突き詰めれば ”波” である、と認識しています。 物質化された”波”である、と認識しています。 ここが、”音” や ”色” とやや違うところではあります。 この物質化の仕組みの秘密は私にもまだわかっていません。 ですが、同じく”波”の性質を持っている事には変わりはないと思われます。
つまり、この世のすべては、”波” でできている。 というのが、私の認識なのです。 この気付きは、既にその下地はあったのかも知れませんが、ほんのここ数年の間に急激に私の中に沸き上がってきたものです。
話を戻します。
「意識すれば存在はそこにあり、存在こそ意識なのだ。」
と、いう事。
うん。 これならば、なんとなくしっくり来る。 って、
あれ、これって、「色即是空」、「空即是色」 ではありませんか!
あれま~、おどろいた(笑)!!
今、とても大切な時間を過ごさせてもらっているのかもしれませんね。
存在するから意識ができる。 意識するから存在がある。
ちょっとだけ、神を感じているのです。
空想、哲学って、お金がかからないのがいいですよね(笑)。
ひとり、部屋で、小刻みに寝たり、起きたり、ぶつ切りの睡眠状態の中で・・・。 (私は放って置くと、このような半覚醒状態と半睡眠(浅い睡眠)状態を繰り返しがちになります。) 私はこんな事を想っているのです。
やっぱり何か大きな力を感じます。
これは、ただ事ではない気がしてしまうのです。
今、ここに感謝を
。
ありがとうございました!

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