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2009年6月

 リハビリ日記。 (感動)

 

 今日はほぼ一日沈んだ一日になってしまった。

 いったいなんなんだろう。

 訳も無く、何の前触れも無くそれはやってくる。

 こんな時だ。

 私は私が病人である事を自覚せざるを得なくなるのは。

 ポジティブ思考などと良く言うが、それが出来るのならば何の苦労もないのだ。 それができない何かがそこにはあるのだ。

 理屈じゃない世界、目に見えない世界の大きな大きな仕組みがきっとそこには働いている。 間違いなく。 体感からそう思うのだ。 無理なものは無理なのだ。

 深層意識の制御というものはほとんど無理なのではなかろうか。 おそらく、何らかの法則があるに違いない。 私達は、生きているのではなく、生かされている。 暗いなら暗いなりに、つらいなら、つらいなりに、そこから何かを学びなさいと、日々、手を変え、品を変え、宿題を出されているかのような気がします。 最近とみにその思いが強くなっています。

 

 今日も危なかった。

 5時前に一度目が覚め、そのまま寝て、浅い眠りを繰り返した。

 9時に目を覚まし、一度起き上がったが、不安がやって来る。

 その不安から逃れるかのように、しばらくしてまた横になってしまう。

 正午になってようやく外出出来た。
 
 また何者かに突き動かされるような感じだった。

 寝ちゃいけない、寝てちゃいけない、と。

 私は、これが私を守護してくれているもののお陰ではないか、と思っています。

 感謝しています。
 
 

 しかし何故こんなにもだるいのだろうか。

 何故こんなにも元気が出ないのだろうか。

 何もやる気が起きないのだろうか。

 こんなにも不安なのだろうか。

 

 今日は外に出て散歩をしていても終始体が鉛のように重かった。

 何なのか。

 やたらと体が重い。 公園一周も出来ない。

 何もかもがどうでもよくなって来る。

 何で私はこんな人間になってしまったのだろう。

 そんな思いにやられてしまう。

 スクワッドをしても、腹筋をやっても、腕立て、背筋をやってもダメ。

 ここ最近の反動が出ているのだろうか。

 そう思いたい。

 そうすれば、

 こんな日もあるんだ、

 明日はきっと今日よりはマシだろうと希望が持てるからだ。

 

 夢が遠のく思いがする。

 こんなことでは到底やってはいけないだろうと思ってしまうからだ。

 でも、あきらめたくない。

 

 今日は外食をしてしまった。 770円。 痛い出費だ。

 

 孤独も手伝って、今日は自立支援センターにSOSの電話をいれてしまった。

 とにかく話を聞いてもらいたかった。

 一人黙っていると、頭がおかしくなってしまう。

 

 

 ご飯は炊けてあったが、晩御飯はつくる気力が無かった。

 ロメインレタスをちぎって塩をかけて、さらにマヨネーズをかけて食べた。

 面倒だけど、これくらいは出来た。

Rimg4009

 

 塩をかけたのは、塩が体と心を引き締めてくれるような直感がしたからだ。 体が欲していたのだ。

 マヨネーズも体の事を考えると本当はこだわりたいのだが、お金の事を考えると贅沢はできない。 味の素のもので我慢している。 と言ったらこのマヨネーズに失礼だな。 安心・安全の松田のマヨネーズタイプは500円近い価格で、常食するものとしては高価でなかなか手が出せない。

 健康にお金がかかる世の中はおかしいと思う。

 お金持ちは安心安全な食材を自然食品店などで購入する事が容易にできるが、お金の無い人は、普通のスーパーで農薬のかかった、大量生産された、見栄えは良いが、元気の無い画一化された食材を買うしかないわけだ。 私などはさらにそこから閉店間際で半値に下げられるのを待って購入したりもしているのだ。

 基本の調味料や加工食品にしてもそうだ。 スーパーに大量に並ぶ安価なものは、その製造工程において、必ず不自然な化学処理がなされている。 おかげで保存も効くし、便利だ。 そして化学調味料は安価に手軽に大量に、旨味を”加味”する事に成功している。 しかし、これはにせものの旨味だ。 これにみんなだまされてしまっている。 本来旨味とは”引き出す”ものだ。 本来、元気に育った野菜はそのまま食べても旨いものなのだ。 味噌や醤油などの発酵食品はじっくりと時間をかけてこそ大豆本来の旨味が”引き出される”のだ。 HAARPや電磁兵器による終末の演出を危惧する以前に、闇の世界政府がどうのこうのと言う以前に、そして日本の政治を語る以前に私達はこの、食の世界の”演出”にだまされてしまっているのである! 微量に体内に蓄積されてゆく、真の健康を阻害するであろう要因は、なかなか数値で、そして一つのものさしのみで推し量りきれるものではないだろう。

 なぜ不自然に保存をきかせるか。 それは経済的に効率が良い、究極ただそれだけの理由だ。 盲目的な利便性の追求だ。 化学調味料による旨味の加味も同様だ。 私達は加工食品の原材料欄にこれらの表示のないものを探し出す事は、今や非常に困難になってしまっている。

 経済的効率、人的省力、人的効率化、大量生産、大量消費を我々が標榜したとき、農薬や化学肥料、加工食品における添加物の使用は、おおいにそれに貢献してきたのです。

 また、生産者の立場からすれば、今の生産物の値段では生活がままならないのが現状のようだ。 今、日本に兼業農家が多いのは、そうせざるを得なかったからである。 国の行ってきた農業に対する政策や現在の農協という組織、そして流通システムに目を向け、見直してみる事はもちろん大切だが、野菜や穀物は本来もっと高く買ってあげなければ農家の方々は専業ではやっていけないのである。 ちなみに現在、有機生産農家の平均年収は120万くらいだという。 現状、専業で生き残っている農家は前述した、「効率」を標榜し、達成した大規模農家である。 あるいはニッチな視点を取り入れながら、なんとか経営をやりくりしている、という感じではないだろうか。 「効率」を標榜し、大量に、画一的に、”命”をもつ植物を扱う事がどれだけ人間や地球の環境に不自然な事であるかは、去年のたった2度の農業体験のなかで私は感じ取ってしまっている。 おそらくこれから、私が農業のフィールドに立ってから直面する問題となる事は想像に難くない。

 安価なものにはきちんと”理由”があるのである。

 強いものが、弱者を切り捨てたり、囲ったりしながら更に富み強大になり、弱いものはますます窮地に追いやられていく。 そんな傾向はここでも垣間見る事ができる。

 わかっていながら、高く買ってあげられない。 お金の無いものは、健康な食生活も送れず、病気になっても思うように医療が受けられず、人知れず苦しみ死んでゆく。 このつらさが、そしてこの世の中の矛盾がわかってもらえるでしょうか。 これが資本(お金)主義というものです。 人の健康や、心の問題など二の次でいいよ、というのがこの資本(お金)主義という世界の仕組み、宿命なのです。 私達の国は資本主義国家です、と宣言した時、それは、私達の国はお金第一主義国家です、と宣言したのと同じ事なのです。

 こんな世界に、私達は暮らしているのです。

 政治に問題がある、社会のシステムにも問題がある、いや、もっと大きな、闇の権力の陰謀もある。 でも、今の世界の諸問題の本質は、実はもっともっと身近なところにあるのではないでしょうか。 あなた と わたし。 両者の間にあるものは何でしょう。 実はそんなところから始まっているような気がします。 誰か具体的な人物、組織、あるいは対象となるシステムなりを悪者にして、それを叩き、消し去れば解決するような問題ではないと私は思います。 もはや対症療法で解決できる問題ではなくなってしまっているような気がします。 

 そんな中で、農業という世界に私は飛び込んでいこうとしている訳です。 農業、いや、農を主軸とした生き方への転換に、今はまだはっきりとはしていないのですが、なんというか、これからの世界の創造という希望を感じているのです。 と、言うか、理屈抜きで、「お前は農業へ行け!」という心の声が、奥深い所でいつもしている訳なのですが。

 

 

 ちょっと脱線してしまいました。 そうそう、この半値で50円に下げられたロメインレタスの話をしていたんですよね。

Rimg4010

 今日の晩はこれを食べたのみ。 虫さんになったかのようだ。

 

 しかし、これがうまかった。 感動した。

 今の心と体にぴったりと はまったようだ。

 よかった。 感動できて。 唯一これが今日の良かった事だ。

 

 きっと人間の体内では、元素転換等もっと高度な事をやってくれているだろうから大丈夫という事に今日はしておこう!

 ありがとう。 ロメインレタス。 塩。 マヨネーズ。 他、すべてのもの達へ。

 

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 暗い話で御免なさいね。

 ありがとうございました。

 

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 リハビリ日記 (心の海)。

 

 こんにちは。 お元気ですか。 こちらは今日は梅雨の晴れ間が見え、蒸しています。

 とても暑いです。 あぢぃー。 あぢぃー。 皆さんいかがお過ごしですか。

 鬱からの社会復帰、心の快方を目指して今日も私は散歩に出かけました。 そして今、帰ってきたところです。

 今朝もマイナススタートでした。 朝から疲れています。 とても体が重く、心は沈み、というか、ここにあらずといった感じで麻痺していて(離人感と言うらしいですね)、当然感情も希薄で、愚鈍な朝を迎えていました。 6時半に目覚めて、床で先祖や亡き父母、大神様に感謝を述べた後(形だけになってしまった。)、気分に流されるまま誘惑に負け、再び寝てしまいました。

 再び目が覚めたのが8時半。 後悔の念で押しつぶされそうになります。 が、最近はこのような状況が続いていますので慣れています。 以前ならそのまままた眠ってしまう事も多かったし、そのまま目が覚めない日々が続いていた時期もありました。 「いかん。 まずいぞ。」 すばやく気持ちを切り替えて、というか、何かに動かされるかのように、軽く前屈などをして、重い心身のまま、それをスライドさせるかのようにして、表に出て、いつもの公園に向けて歩き出しました。

 とってもちぐはぐ(笑)! ミスマッチ! 歩いてはいけない人が外出して歩いている。 というような感覚に襲われます。 でも、そんな感覚を押し黙らせながら私は歩みを続けます。 当然人とすれ違いますが、受け入れる事ができません。 私一人が浮いているような感覚と戦いながら歩みを進めます。 ハリネズミが歩いているとでもいいましょうか・・・。 そんな時でも私は、受け入れよう、溶け込もう、と、心で努力はしているのです。

 公園に着きました。 緑を見ると若干心が留まります。 でも、心は暗いままです、多分。 いつも暗いところにいるので、果たしてそこ(私の心)が暗いかどうかも解からぬようになってしまっているのです。 いつもの目印の木に手を触れながら、「おはよう。 いつもありがとう。 きょうもよろしく。」と声を掛け、公園散歩の始まりです。

 今日は2週(約4キロ)しても、心も体も重いままでした。 溶け込めない感もそのまま。 滅入りそうになります。 ここのところ快調な日が続いていたので、ちょっとショックです。 ですが、まあ、こんな日も過去にはよくありました。 もっとひどい時もありました。 鬱ってなんだろう。 また考え込んでしまいそうになります。 いかん、いかん。

 ここらで休むか、と重い体をベンチに腰掛けさせます。 あ゛ぁ~。 束の間の解放を味わいます。 この時点で視野はまだ狭いままでした。 蝶々がひらひらと草花の上を舞っていますが、あまり心が和みません。 あまり何も感じませんでした。 しかし、今日はここからが良かったのです。 ここから先の私の行動の中に、私は気付きを見出したのです。

 さて、充分休んだ後、というかボーっと放心状態で過ごした後、なんとなく私は嫌々(本当に嫌々です。 仕方ないな、という感じです。)スクワッドを始めました。 まずは30回。 最後のほうは、「うっ、うわっ、うおしっ。」と声が出てきます。 あれっ? 終えてみると、私は体が軽くなっている事を感じました。

 よしよし。 まあ、無理はせず。 と、ベンチにゴロンと寝転がります。 しばらく(かなり)休み、またやってみます。 体がうっすらと汗ばんできました。 「うわしっ。 よしっ。」、そしてまたベンチに腰掛けます。

 緑が目の前に生き生きと息づいて広がって見え始めました。 シロツメクサの白が飛び込んできました。 ミツバチが花から花へ、らんらんと渡っていました。 二羽のモンシロチョウが時折交差し、楽しそうに生を謳歌しているではないですか!

 その後、私はベンチを利用して腹筋、腕立てなどじっくりと休みを挟みながらマイペースでこなしました。 汗がだらだらとでてきました。 額から汗がしたたり落ちます。 程よく疲労し、息が上がり、高まる体に、そよぐ風が心地良い。 青い空が広がっていました。 そのままゆっくりとヨガのポーズやひねり体操も軽くやりました。 なんだか周囲を思いやる気持ちも復活してきました。 

 

 「なんだ。 こんな事か! 体を使ってあげればいいんだ!」

 気付きました。

 

 しかし、私の場合、ちょっと酷使するくらいに使ってやらねばならないようです。 それでようやく普通の朗らかな心に回復するようです。 マイナスの海を人より少し深く持って生まれてきてしまったのかな、と帰り道で考えていました。 やっぱり農業が最適なのかな、と考えていました。

 

 私はそろそろ自分で自分の鬱のエピソードを断ち切らなければならない時が来ているのかもしれません。 鬱であるというアイデンティティーを手放す時が来ているのかもしれません。

 

 結局最後は自分で立ち上がるしかない。 最近は主治医も抗鬱薬投与を止め、あえて「頑張れ」という言葉を私に使っています。

 

 夕方からは、またMEWに行って来ました。 到着し、息を切らしている私が、いっぱいいっぱいに映ったのでしょうか。 ケアサポーターさんに、「もっと楽にいきましょう。」と、諭されました。

 

 確かに。 でも、楽にいこうとするとなあ・・・

 

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 いつもありがとう。

 

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 大変、ご無沙汰しておりました。

 

 皆さん、お元気ですか。

 大変、ご無沙汰しておりました。

 皆さんのコメントに返事もできず申し訳ありませんでした。

 今日の記事を返事代わりに受け止めてもらえると幸いです。

 

 

 ここのところ、私の心はとても不安定です。 足元がぐらぐらとぐらついてしまっていて、なかなか落ち着かないのです。 それはあきらかに私のこの先の生活の不安から来るものでしょう。 上げ、下げの幅が尋常じゃありません。 その都度、ブログに状態を書き連ねる事が、同じように苦しんでいる人の支えになるかもしれないとは思うのですが、とてもこの心模様、移り変わりををうまく表現する事が私にはできませんでした。 一日の中でも何度も波はやってきますし、日によっても違いがあります。 ネット自体、憂鬱を引き起こす鍵になる危険性があるので、最近は距離を置いていました。

 放っておくと、油断するとすぐに不安がやってきます。 陰鬱、闇、無気力、死がやってきて、私をひきずりこもうとするのです。 よく、ブラックホールに吸い込まれるようだとか、蟻地獄のようだとか、奈落の底に落ちてゆくようだとか言いますが、まさにそんな感じです。 底の知れない恐怖でいたたまれなくなります。 負けて日中眠ってしまうと、さらに拍車がかかる事が多いです。 最近は、いよいよお尻に火がつきそうな感じがしています。 あるいは熱湯風呂の底に身体がつきそうな感覚があるのです。

 うわっ、これじゃイカン、やばい、まずい、と、すったもんだで、危機せまりながら、命からがら私は散歩に出かけているのです。

 一日一散歩。 これが今の私の生命線です。 これをしなければ、即、死がやってきます。 直面すると、死はやはり私にとって怖いものです。

 一歩一歩歩みを進めていると、なんとか、少しづつですが、気が紛れてきます。 心がほぐれていく事を感じる事ができます。  好調な時もあれば、なかなかほぐれてこない時もあります。 蒼白、暗冷の中を鉛のように重い体をもって歩み始めるのです。

 幸いな事に、日々の積み重ねは尊く、一日一回でも、毎日続けていると、歩いたりひねると痛かった腰や股関節、膝、足首、筋も徐々に定位置におさまり始め、ガタガタだった体力が少しづつ戻り始めてきます。 その戻りつつある体力が精神を支えてくれているなという実感を感じる事が出来るような日も最近は出てきました。 堕ちて行く日々の中で、私の足腰、肉体はすっかり弱ってしまっていたのです。

 歩く事は明らかに全身、そして精神に確実に良い作用をもたらすようです。 暗闇から糸をたどる様に、「生」の方向に導いてくれます。 もしもあなたが回復期にあられるのならば、おすすめします。 ついついだらだらしてしまい、夕方から、あるいは夜からになってしまってもまったく問題ないと思います。 朝の通勤時間帯などはかえって精神的なストレスになる危険性もありますのでね。 実はそんな失敗もしています。 その時気分は最悪でした(笑)。 逆に、まだすずしい夜明けの朝に気持ちよく歩く事ができたら最高ですね! 

 おかげさまで今日は午前と午後、二度の外出を達成できました。 午前中は公園二周、スクワッド、ベンチを使って腕立て。 午後はJRで二駅のところにある、障害を持つ人の為の就労支援センターあいる、そして一駅のところにある自立支援センターMEWへ。 この二つは、とても素晴らしいセーフティーネットだと思います。 今の私の心の支えとなってくれています。 感謝です。 そんなこんなで、今日は10キロ以上は歩いたと思います。 そして帰ってきて、風呂に入ってからこの記事を書いています。 ちょっと無理してしまったかな。 いや、かなりだな・・・。 反動が起きない事を願っています。

 

 明日は「有機ねっとちば」という、農家の連合組織の合同説明会に参加してきます。 まだまだ気持ちは揺れ動いています。 私は模索を続けています。

 

 早起きするぞー。

 

 ブログ書いてたら眠れなくなっちゃったよ。

 

 眠剤だ。 眠剤だ。

 

 

 ありがとうございました。

 では、また。

 

 お元気で。

 

 

 

 

 今、ここに感謝をsun

 

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