«  男のケーキじゃぁ ! | トップページ |  断食3日目、ご報告申し上げます。 »

2009年2月 8日 (日)

 「ある」 か 「ない」 か。 再び・・・

 

 こんにちは! お元気ですか?

 

 厳しい寒さも日に日にやわらぎを感じさせ、なんとなく、春の予感を感じさせる今日この頃、皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。

 去る1月の26日は、今年の旧正月だったようですね。 私的にはなにか、2月の4日からまたひとつ流れが変ったような、新たなサイクルに入ったかのような、そんな感覚がしています。 何の理屈も根拠もありませんが・・・。 私にとっての新年が、ようやく訪れたような気がします。 ちなみに今年の1月1日の元日には、世間的には新年でしたが、私としてはまったくそのような感覚を覚えるような事は無く、ただただ前日の続きに過ぎず、悶々としていた事が思い出されます。

 そんな2月4日を含んだ今週一週間でしたが、私にとって、いろいろと考えさせられる一週間となりました。

 

 ”「ある」 と 思えばある。 「ない」 と 思えばない。”

 

 は、以前に私が記事として取り上げた題材( 遊んでみませんか?  ある か ない か?  意識 と 存在 )でもあった訳ですが、そんな事を想わされる事が沢山あった一週間でした。

 

 世の中には、本当にいろんな人がいます。 国内にとどまらず、世界に目を転ずれば、さらにいろんな人達がいます。 そして、陸には、さまざまな動物達、昆虫達、植物達、海にも、やはり数えきれぬほどの多種多様の水生物達がいる事でしょう。 未開の土地や深海等には、私達には未だ確認できていない生物もまだまだいるやもしれません。 これらの他に、無機物といわれている鉱物、そして、水や大気など(私は、このすべてが生きている、と思っていますが・・・)、この地球は本当に多くの見えるもの、見えざるもので構成されています。 そして、宇宙には、さらなる拡がりがあることでしょう。 

 さらに続けます。

 

 ”ある人が、見たり聞いたり匂ったり触れたり味わったりして感じ、観じている事は、紛れも無くその人にとっての「真実」であり、他人が、その人の感じ、観じている「真実」を否定する事は決してできない。”

 

 例えば、霊が見える、という人がいます。 実は私には霊は視覚としては見えないのですが、見える、という人にとって、それはまさに「実在」なのだと思います。 私はそれを否定する事はできませんし、その気もありません。

 しかし、見えない、という私を否定する事もまた、できないのではないかと思うのです。

 と言うのは、ある実在が、ある人の持っている波動(波長)と共鳴、調和しているかどうかによって、見えている世界が思いの他、異なっているのではないか、と私は思うのです。 「眼中に無い。」などという言葉がまさにそれを物語っているのではないでしょうか。

 

 この話をさらに進めます。

 

 例えば、ある光を見て、ある人は、「に見えた。」と言います。 また、ある人は、「に見えた。」と言ったとします。 また、「そんな光など見えない。」と言う人もいたとします。 これはわかりやすく説明する為の極端な例えです。 実際には青緑の色の光を見て、青とするか、緑とするかの違いのような、極々微細な違いだと思います。

 さて、その、「に見えた。」と観じた人にとって、それこそがまさにその人にとっての「真実」というか、「現実」であり、それは侵し難いものであり、また、それに即した人生が彼の目の前に展開されていくものと思うのです。 そして、一方、「に見えた。」と観ずる人には、青に見える人としての現実が目の前にまさに展開されていくのだと思います。 また、「そんな光など見えない。」という人にはやはり、それに即した、また別の人生が展開されていくものだと思うのです。 まあ、これは当たり前の事なのですけれど、この世に、その生から死まで、あなたとまったく同じ道をたどる人はいないと言う事を言いたい訳です。 この事は、動物や昆虫達を引き合いにだすと、もっと解かりやすいと思います。 例えば犬には犬の視点から見たり、聞いたり、匂ったりして、観じている現実があり、その現実に基づいた世界観を持っているでしょう。 あるいは犬は、嗅覚や聴覚が人間で言うところの視覚に近い感覚で観えているのかもしれません。 それはあきらかに人間のそれとは違うものでしょう。 そして犬は、いくら人と近いところにいたとしても、やはり犬の世界観に即した一生になっている訳です。 さらに、虫達は虫達で、それぞれの種が存在する分、それぞれに独特、固有の世界観があるはずです(紫外線領域まで、識別できる種もあるようです)。 そして、その一生もさまざまであろう事は想像に難くありません。

 

 これは、「認知」、「認識」の世界の話であり、それぞれが持つ「意識」と密接なつながりがあるものと私は思うのです。

 

 同じ場所にいながら、UFOを見たという人と、UFOなどなかったという人がいる。 などという話も、今の私にとって、とても興味深い話なのです。 何と言いますか、ある事象について、引き寄せやすい体質というか、適性というか、その様なものは確かにあると思うのです。 「見え過ぎちゃってぇ、困るのぉ~♪」(古っ!)って奴ですかね・・・。

 

 先週の土曜日の1月31日は、宇宙塾の究極コースに出席してきました。 私は思いきって、以前から若干懸念していた”SEヒーリング”についての疑問をぶつけてみたんです。 それは、このSEヒーリングやSE骨格調整、はたまた、人生自体をイメージ通りに好転させうるこのエネルギーが、いったいどこからくるものなのか、霊的なものなのではないかという事。 そして霊的なものだとすれば、霊的貸し借りのような”邪”なものは存在するのか、という事を聞いてみました。

 答えは意外とあっさりとしたものでした。 このSEヒーリングは、霊氣や気功とはまた別のものだという事でした。 現に、SEヒーリングには、霊氣のようなシンボルやマントラといったものは存在しません。 ただ自分でイメージをするのみでOKなんです(そのイメージする、という所が実はなかなか難しいのですが・・・。 そして、このイメージの世界こそ、「ある」 と思えばある、「ない」 と思えばない、の世界なんです。)。 よって、霊的存在に、治療をお願いするものとは、根本的に違うものなのです。 実践する中で、若干気功に似たアプローチもありますが、気功は自分が溜め込んだ氣を使うのに対し、SEヒーリングは宇宙にあまねく存在し、充満している無限のエネルギーを使うもので、差し引きというものはまったくない(疲れない)のです。 つまり、施術者である私は、その無限の宇宙エネルギーと同調し、それを流すと言う事になる訳です。 それはある意味パイプ役という事なので、その点においては霊気に似ています。 無限の宇宙エネルギーについては、量子力学まで話が及びました。 さらに私は、そこに霊的貸し借りのような”邪”なものが入り込む余地はありますか?と聞いてみたのですが、そんなものは無いとの事でした。 それは4次元の世界ではないかな?と言っていて、それは見た事がないからわからないという事でした。  私も正直、いわゆる「霊」は見た事がないので良くわかりません。 が、しかし、目に見えない何らかのエネルギーが存在する事は、現に、実際に肌で感じる事ができます。 私は霊というものは、エネルギー体なのではないかと思っています。 そしてそれは、それを使う人、見る人、受ける人などの「意識」で、如何様にもなるものだと思っています。 それはまさに、「ある」と思えばある、「ない」と思えばない、の世界なのではないでしょうか。 つまり、霊的貸し借りのような”邪”なものが「ある」と思えばある、「ない」と思えば、その人にとって、無いに等しい、という事になると、私は思うのです。

 

 2月2日には、私の部屋に、整体の先生が遊びにきてくれました。 以前の日記で私は、整体を無料で教えてくれる人がいないかなあ・・・、と言っていたのですが、現在、それが実現しています。 私は今、整体も学んでいます。 この先生とは、実は運転手時代からの付き合いで、当初はお金を払って、施術を受けにお店に通っていたのですが、最近では先生の方から訪問し遊びにきてくれて、整体を私に教えてまでくれるようになりました。 これには本当に感謝です。 思わぬ形で思いが実現してしまいました。 思いが現実を引き寄せてしまった好例です。 これも「ある」と思えばある、「ない」と思えば無い、の世界かもしれません。

 

 2月4日は通院日でした。 この精神科の先生とは、もう、通い始めてから一年という事もあり、結構いろいろと話せる間柄になっていました。 そして、この医院では、皮膚科も併設されてると言う事で、今回、問診の流れの中で、ケムトレイル、モルジェロン症候群、そして闇の権力の存在の話を伝えてみました。 

 

 先生は、私が突然突拍子もない話をするので、びっくりしたようです。 また、どうにかして私の話を否定しようとしていました。 ケムトレイルというものが、米軍主導で、ナノ加工された様々な物質を空から散布されていたとして、モルジェロン症候群のようなものがあるのだとすれば、どうして、皆にその症状が出て来ないのか、また、どうして手のひらなどの露出された部分に症状が現れないのかと、すぐに反論され、なかなか理解してはもらえませんでした。 さすがに医師である故、科学的、実践的な根拠に乏しいものは、なかなか受け入れられないんだなと感じました。 私の説明もいまひとつになってしまいました。 問診を終えて、私はちょっとさびしく、悲しい気持ちになりました。 そしてそれは、先生も一緒だったと思います。 また、仮に理解してもらえたとしても、この、ケム話は、やはり、人を悲しくさせる話だな、と思いました。 ただ、今回の問診は何らかのきっかけにはなったかもしれません。 あなたはそんな事を考え、勉強していたのかと、先生は驚いていました。

 

 病院から帰って来て、先生との言葉のやりとりを思い返す中で、私はいくつかの気付きを得ました。 先生の言う、「どうして、皆にその症状が出て来ないのか」、これは実際、大いに興味深い事です。 こんなケム空の下でも、まったく気にもかけず、意識下に無く、症状も出ず、元気にしている人が実際にたくさんいるのです。 それはまるで、こんな現代なのに、鬱にもならず、元気に働いている人が確かにいるという事実となんだかオーバーラップしてきます。 ケムトレイルなど「ない」と思っている人は、その人の意識下に、そんなものは、まるごと無いのであって、そんなものなど無いままに、それはそれで日常の営みが淡々と行われている、という事実がある訳です。 今度また、先生と話をさせてもらえる時には、「それは、こんな時代なのに、何故、すべての人が鬱にならないのか、と言っているようなものですよ。」と、伝えようと思います。

 

 やはり、「ある」 と思えばある、「ない」 と思えばない、なのか・・・。 私は「病」に、引き寄せの法則のようなものを感じています。

 

 その翌日、2月5日には、休職させてもらっている会社に、診断書を提出するのと、現状の報告をしに私は行って来ました。 ここでも私は、やはり、この、治りの悪い皮膚病に悩まされている事を伝えました。 そして、「これから、とんでもない、とんちんかんな事を話し出すかも知れないけれど、そんな事も、まあ、あるかもなあ、くらいで聞いて下さい。」と、前置きさせてもらった上で、ケムトレイルやアメリカという国と日本の話をさせてもらいました。 上司とは付き合いが長い事もあり、それなりの信頼関係もできているので、落ち着いて、かなりの説得力をもってきっちりと伝える事ができたと思います。

 上司は、「そんな事があるのかぁ。 俺達は、お前みたいにそこまで深く物事考えないで普段の生活をして、毎日を生きているからなぁ。」と、言ってくれました。 そして、「そんな事もあるかもしれないが、お前も、現実の生活というものを考えていかなきゃいけないだろ。」、「傷病手当もそろそろ終わるわけだし、その先は生活保護もあるかもしれないが、お前はそういう生き方をしていくのか、それとも社会へ出て前向きに生きていくのか考えなきゃいけないだろう。」と、話してくれました。

 

 これは、とても示唆に富んだ話でした。 そうなんです。 ごくごく一般の方々は、ケムトレイルやお金による支配のカラクリ、仕組みの事など知る暇も余地も無く、日々の暮らしに追われてしまっているのが現状なんだな、と思いました。 ここでも、「ある」 と思えばある、「ない」 と思えばない、なんですよね。 「ない」 と思えば、「ない」 ままに、暮らしてはいけるのです。 かく言う私だって、ケムトレイルには気付いていたものの、1年前までは、生活に追われて、日々の仕事に追われて、あくせく働いていた訳ですから。

 

 非難を恐れず、あえて申し上げさせてもらいますが、私は、今のお金本位になってしまったこの世の中を、目先の景気を回復させようと、そして、私的な利益をあげようとがんばる事が、果たして前向きなのだろうか、と思う事がしょっちゅうあります。 立ち止まり、ひきこもり、一旦じっくりと考えて直してみる事と、どっちがいったい人類として前向きなんだろう、と。

  

 私は鬱という病にかかり、幸いな事に、いったんこの社会から距離を置く事が出来ました。 そして、その間、インターネットや書籍による情報をたくさん得る事ができました。 また、宇宙塾にも参加できたおかげで、しっかりとこの世の仕組みを観ずる事ができるようになりました。

 やはり、世の中とは、つながりながら生きていきたい。 こうして長い間篭ってみて、良く良く、しみじみと感じられる事は、やはり、最終的には人とのふれあいの中で生きていきたい、という事です。 再び社会に出て、地味でも人様の役に立つような、そしてそれをしっかり実感できる生き方をしていきたいと思っています。 お陰様で、今世この世における、新たな私なりの青写真は既に出来ております。

 

 今週末、ふと立ち寄ったいつものタバコ屋の親父さんが言っていた言葉です。

 

 「細かい事気にしないで、気持ち良く吸えばいいんだよ。」

 

 これまた考えさせられました。 真理だと思います。

 

 

 

 「ある」 と思えばある。 「ない」 と思えばない。

 

 そんな事を再び考えさせてもらった一週間でした。

 

 

 

 とは言え、ケムトレイルなど、これからの地球にはあってはならぬ事で、この世からなくなって欲しいと思っている事に、変りはありません。 ケムトレイルについては、これからも”横目”で、しかしながらしっかりと見て、情報発信をしていきたいと思います。 皆さん、最近、空が、世の中がなんだかおかしいな、と思う方は、ぜひ、右のサイドバーにある、「ケムトレイル・気象操作 掲示板」に立ち寄ってみて下さい。 そして、意見等、お寄せ下さい。

 

 長々と最後まで、この私の、訳のわからん世界の話にお付き合い下さった方には、本当に感謝致します。 今日の話題について、ご意見、感想などコメントを頂けるとうれしいです。 目に見えない世界を始めとして、森羅万象について共に語り合えたら本望です。

 

 これからも当ブログでは、私の目に映る「真実」を、伝え続けていきたいと思っています!

 

 

 

 

 

 

 今、ここに感謝を

 ありがとうございました。

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ<< いつもご愛読下さりありがとうございます。 お元気で。 コメント、励まし等、お待ちしております。

 

|

«  男のケーキじゃぁ ! | トップページ |  断食3日目、ご報告申し上げます。 »

心と体」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

ケムトレイル」カテゴリの記事

うつ、うつ病」カテゴリの記事

精神世界」カテゴリの記事

コメント

最近(09.12.25)
東京多摩地区でケムトレイルを見つけ、
検索したところ、こちらのページを見つけました。

ブラックライトに反応ですが、
シリコンを鼻すじに入れている人や、
豊胸をしている人は、ブラックライトで青く発光するって、
たびたび聞いた事がありますが、
それと関係あるのかしら?

シリコンは・・ケイ素ですか?
ケイ素がブラックライトで発光するのかな。

わたしは科学の事がよくわからないので
そこまででごめんなさい。
ではではどうぞ宜しくお願い申し上げます。

投稿: つるむら | 2009年12月30日 (水) 00時10分

 つるむらさん、はじめまして。 こんばんは。
 
 多摩地区在住ですか。 あれまー(笑)! これからもよろしくです。
 
>ブラックライトに反応ですが、シリコンを鼻すじに入れている人や、・・・

 あなたがあの記事に関してコメントをくれた初めての人です。 ほんとに感謝します! 自分としては、ケムトレイルの存在を広く一般の方々にも知ってもらいたい一心で、当時書き上げたものでしたので。
 
 私も特に科学に詳しい訳ではなく、感性の方が鋭いタイプの人間なのですが、広く人々に解かってもらう為には、まどろっこしく、面倒な事ではあるのですが、やはり科学的な実証というものが必要だろうと思っています。 解かる人だけ解かれば良い、という姿勢にだけは陥りたくないと思っています。 そんな訳でのあの記事だったのです。
 
 なるほど、シリコンでも反応する訳ですね! これも、一つの大事な考察の材料になります。 感謝。
 
 海外のサイトなどを覗くと、ナノ加工されたアルミニウムやバリウムなどの、人体によろしくない、健康被害を及ぼすとされている微量元素、乾燥した赤血球、果てはインフルエンザウイルスまで撒いているという報告があるようです。 これが真実だとすると、とんでもない事なのは、おわかり頂けると思います。
 
 暮れも押し迫る中、貴重なコメント、ありがとうございますね!

投稿: 康彦さん | 2009年12月31日 (木) 10時37分

 シリコン、で少し調べてみましたが、なかなか面白い事がわかってきましたよ。
 
 整形手術等で使われているものは所謂「シリコ-ン」のようですね。 ”ケイ素”化合物を主成分とする合成樹脂との事。
 
 その、シリコーンが配合された製品は、現在、私達のごく身近な暮らしの中にも入り込んできているようです。
 
 特に、シリコーンオイルの用途は密接である事がわかりました(以下wikipediaより引用します)。
 
・消泡剤:表面張力が小さく水になじまない性質から、エマルションの形で食品産業をはじめ各種の溶液処理工程で利用されている。
・化粧品:低分子、特に環状分子の揮発性を利用し、伸びがよくべたつかない肌触りを実現するための分散剤として使われる。
・日用品:繊維表面によく馴染み、摩擦係数を小さくする機能から、ティッシュペーパー、リンス、柔軟仕上剤に配合されている。 (引用ここまで。)
 
 消泡剤は私達がよく食べている、私も大好きな「豆腐」の製造時に使われていますねえ。 スーパーから買ってくるお豆腐の中には、これが使われているものも相当数あります。 製造過程に於いて、省力化できるのだろうと思います。 う~ん、怪しいなあ。
 
 ティッシュペーパーかあ。 今や、暮らしの中で使ってない人はほぼいないでしょうね。 ちなみに、ブラックライトを当ててみると確かに反応しています。
 
 という事は、これらの製品を通じて、シリコーン成分が、私達の体内において、分解、あるいは排出されないまま、ある特定の場所に蓄積されたり、絶えず巡っている、という可能性が考えられると言えると思います。
 
 同時に、私の瞳がブラックライトに反応してしまうのは、必ずしもケムトレイルによって散布されていると言われている物質によるものばかりではない、という可能性も出てきましたね。
  
 あるいは、シリコーン自体が微小加工され、直接散布されている可能性もあり、実証を進めていけば、より、核心に迫っていけるかもしれません。
 
 う~ん。 これはちょっと記事にしても良いくらいの内容になってきましたね。
 
 さらに見ていくと、その研究、応用過程に於いて、アメリカがおおいに関与している事、そしてその利用への契機にGE社が携わっており、その利用は、軍需産業で拡大したとあるではありませんか! むむっ。 かなり匂うな(笑)。 軍産複合体ではありませんか。 
 
 つるむらさんのお陰で、今回、一歩も二歩も考察を進める事ができました。 重ねて感謝致します。
 
 正直申し上げますと、ケムトレイル関係の追及、実証などは、今現在の私にとっては、あまり重要な事ではなく(今為すべき、もっと大切な事がある、という事に気が付いたのです)、このような事の為に、私の人生の時間を割くのは難しく、実際、手が回らないというのが現状ですが(最後には、結局様々な事がひとつにつながってくるとは思っていますが、個人が担えるであろう事は、考えている事に比して、あまりにも少ないんですね)、このようなかたちで、コメントがあれば、皆様に推し進められるかたちでの考察、検証、実証は、続けて進めていきたいと考えております。 現代日本、そして、社会を生きる人たちに、たまにはボケ~っと、いっしょに空でもながめてみませんか、というのは、私からお伝えしたい事のひとつでもあり、皆と共に、真実を探求し、真理を体現し、共有できるとするならば、それはそれで、私の願いでもあるからです。
 
 これからも、よろしかったら、また、訪ねてみてください。 歓迎いたします!
 
 では、つるむらさん、良いお年を!

投稿: 康彦さん | 2009年12月31日 (木) 13時00分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です:  「ある」 か 「ない」 か。 再び・・・:

«  男のケーキじゃぁ ! | トップページ |  断食3日目、ご報告申し上げます。 »