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2008年7月 7日 (月)

 ある か ない か?

 

 

 このひろい宇宙すべからく、

 

 

 愛 (光)が ある か ない か、という

 

 ただそれだけのような気がする。

 

 

 それがタペストリー、あるいは蜘蛛の巣のように様々に織り成しあって

 

 物質が出来上がっているという・・・。

 

 

 目に見えない所にだって同様、

 

 光はあり、織り成しているんだ。

 

 やはりここも、

 

 ある か ない か だ。

 

 

 闇、

 

 それすらも、

 

 光の織り成し具合なんだ。

 

 

 

 過去も未来もいっしょ。

 

 つながっている。 そしてやっぱり・・・

 

 交差し、織り成しているという。

 

 

 

 今、この瞬間!

 

 あなたもわたしも、

 

 そのすべて、

 

 そのすべての代表選手なんだ!

 

 

 

 

 七夕の日に。 愛をこめて。

 

 またまた妄想通信でした(笑)。

 

 

 今、ここに感謝を。

 

 みなさんお元気で、

 いってらっしゃい!

 

 ありがとうございます。

 

 

 

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コメント

言葉も行動も、
「愛があるかどぅか」を指針にしています。
基準を決めたら余計な選択肢には翻弄されなくなる。

…とは思いますけれど、
犠牲感や傲慢さがつきまとうので、
自分にも「愛があるかどぅか」…

最近それをよく考えます。

投稿: micoち | 2008年7月14日 (月) 21時23分

 
 ご訪問ありがとうございます!
 
 私はこのメッセージをお伝えする際にとても迷った部分があります。 それは「愛」という言葉を使うべきかどうか? という点です。
 
 「愛」という言葉を表した時点で読み手の方々の中にあるそれぞれの「愛」に対する概念や価値観が表出してしまうのではないか? という懸念があった訳です。
 
 そのそれぞれの固定化された概念や価値観からの解放を私は望みたかったのです。 この世に存在しているだけですごいんだよ、奇跡なんだよ、と。 道端に転がる石すら愛おしい・・・。
 
 私自身そう思えた時に何と言うか世界がパーッと開けてしまった事があったもので・・・。
 
 私は今現在、社会的にみれば精神を患った病人であり、言ってみれば落伍者です。 自分を責めればきりがありません。 それこそ自死まで至ります。
 
 醜いものも嫌なものもすべてが愛(光)の為せる御技なんだよ、と思えたら素敵かな・・・。 なんて思えた訳です。
 
 
 これに懲りずに、またいらして下さいね。
 
 ありがとうございます。
 
 

投稿: 康彦さん | 2008年7月15日 (火) 09時44分

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