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2008年2月

 No More Chemtrail ! ノー・モア・ケムトレイル!

 こんにちは、お元気ですか?

 ケムトレイル関連で私のブログを訪ねていらっしゃる方も結構おられるようです。 ありがとうございます。 ケム関連の記事は最近ごぶさたしておりました。 と言うのも、私の中に於いては、このような恐ろしい事実があるという事はもはや当たり前の認識になってしまっているのです。 いわゆるマスコミから流れてくる情報はある部分真実も語られているのですが、本当の大事なところについてはほとんどあてにならないのではないか。 というのが私の認識です。 残念ながら、情報の捏造もあれば、隠蔽もごくごく当たり前に行われてしまっているようなのです。 これはパソコンに精通し、ネット環境になじんでいる方であれば、もはや言わずもがな。 なのではないでしょうか。

 ”ケムトレイル” で、検索をかけて頂ければ、私なんかよりももっと鋭く追及されている方が沢山おられます。 どうぞそちらの方で見識を深めて頂きたく思います。 ケムトレイル関連で言えば、私の記事は入り口程度で考えて頂いて、利用してもらえれば幸いです。 まあ、「ご近所ケムトレイル事情」 とでも言っておきましょうか。

 こういった情報は広く一般の方々に知れ渡ってこそ、意味を持つものなのではないでしょうか。 道は違えども、向かうところはひとつ。 そういった意味においても、私は私のスタンスで真実の探求を進めていきたいと思っております。 これからもどうぞよろしくお願い致します。 

 以下に紹介する画像は、私が昨年の秋頃より撮っておいたケム画像です。 

 では、ご覧下さい。

==~~~==~~~==~~~==~~~==~~~==

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こんなのがケムトレイルだよ。 と、あなたの周りの人達に

ぜひ、教えてあげてください。

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クリックで、拡大表示できます。

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私だけが知っている。 と、自慢してみても何の為にも

なりません。

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できるだけ多くの人に教えてあげてください。

こんな事があるんだよ。 という事を・・・。

それが、私の願いです。

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      すごいですね。 泣きたくなります。

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  おそらく、散布後、結構時間が経過したものです。

 

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 『三年寝太郎』 as my HERO !

Rimg0749 おはようございま~す。 お元気ですか。

 今朝の太陽です。

 さ~て、今日も一丁いってみるか!

 穴熊暮らし!

 今朝のMSN産経ニュースにこんな記事があった。

http://sankei.jp.msn.com/life/body/080227/bdy0802271822008-n1.htm

 「もっと働け、クズ!」   いや~。 世も末だ。

 女性から男性へのDVだ。

 悪い事は言わない。 こんな女とは縁を切っちまえ。

 人生いくらでもやり直せばいいのだ。 悪い関係にいつまでも執着している必要なんて無い。 良かったのは過去の事だ。 現在では無い。 今は今のあなたなのだから。 そしてこれからのあなたなのだから。 誰かの人生を生きていてはいけない。 他の誰でもない。 元々のあなたの人生があるはずなんだ。 早く気がついて欲しい。

 と、まあこれは今の自分に言い聞かせている様なものなのだが・・・。

 しばし一人になって考えてみるのもいいのではないでしょうか。 プラプラするのも良い。 引きこもって穴熊暮らしもイイじゃないですか。 自分で本当に納得がいくまでとことん悩んで、考えてみればいいじゃないですか。 今までの自分を本当に子供の頃からじっくりと見つめなおす・・・。 おそらく今までのあなたの人生の中で、そのような時間を持てた事は無かったのではないですか? 無理もないですよ。 この忙しい現代社会ですから。 この中で遅れをとるまいと自己を確立しようと懸命になって実は振り回されていたんですよ。 

 私の様な者でも、ほら、この通り。 今日もお天道様のもとに、しっかり息をさせてもらっていますよ。 なんとかなりますよ。 穴熊も悪くはないですよ。 と言ってあげたい。

 

 今日は皆さんにこんなお話をご紹介致します。 「三年寝太郎」 私の中のヒーローですsun。 

 とても良い話ですよ。

 携帯でこのブログに訪ねてきて下さっている方の為に、あらすじを紹介いたします。

 

 昔、昔ある村にいつも寝てばかりいる男がおりましたとさ。 村人たちや子供たちまでそんな寝てばかりいる男の悪口を言っていますが、男は一向に気にしませんでしたとさ。

 男は小さかったときは普通の男の子だったとさ。 けれどある日突然眠り始めてしまったとさ。 食べては寝て、食べては寝てばかり。 寝床から起き上がってくるのは、どうしても我慢できなくなってお手洗いに行くときだけだったとさ。

 村人たちはそんな男のことを、1年目は「一年寝太郎」、2年目は「二年寝太郎」、3年目は「三年寝太郎」、と言ってはからかい、陰口を言って嘲り笑っていましたとさ。

 寝太郎の住む村は毎年日照りで米の収穫ができずに困っていたとさ。 神様に雨乞いしても無駄でしたそうな。 

 ある時、恐ろしい事に村人たちはこう思いました。 「この凶作はきっと寝太郎が寝てばかりいて働かないから神様が怒っているのじゃ。」 と。 そしてある日村人たちはそんな寝太郎をこらしめてやろうと寝太郎の家までやって来ましたとさ。

 すると寝太郎は目を開け、寝床から起き上がりました。 「はあ~~っ」 とあくびをしてぶつぶつ言いながら家を出ていきましたとさ。

 何を思ったのか寝太郎は山の上にゆっくりゆっくり登ると、ぶつぶつ言いながら、大きな岩を押しはじめましたとさ。

 村人たちはそれをみてこう思いました。

 「あの岩を動かすのはとても無理じゃ。」

 それでも寝太郎は一生懸命岩を押しつづけましたとさ。 すると岩が揺れはじめ、とうとう谷に向かって転がっていったそうな。 そしてもっと大きな岩にあたり、そしてもっともっと大きな岩にあたり転がっていきました。 そしてそれはそれは見事に川の流れをせき止めたそうな。 川は流れを変えて田んぼに流れ始めましたとさ。

 村人たちの田んぼは見る見るうちに水で一杯になりましたとさ。 それを見ていた村人たちはみんな大喜び。 これでもう干ばつに悩まされる事はありません。 毎年、この村には豊かな実りがもたらされる事になったそうな。

 この時以来、寝太郎を悪く言う人はいなくなりましたとさ。 

 そうです。 寝太郎はいつも寝てはいましたが、その心の中では干ばつで苦しむ村人たちみんなの事を考えていたのです。

 そんな寝太郎ですが、家に帰るとまたいつものように眠ってしまいましたとさ。

 でも、もう村人たちは悪く言いませんでしたとさ。

 「寝太郎さんがまた、わしたちの事を考えてくれているのじゃろう」 と。

 

                         めでたし。 めでたし。

 

 いや~。 良い話ですねえ。 とてもほのぼのしてきます。

 私もこうありたいと、誓うのでした。

 今も昔も変わりませんねぇ。

 

                         めでたし。 めでたし。

 

 

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 自己流瞑想は、どんだけ~!

 こんばんは。 お元気ですか。

 読んで下さる人がいるおかげで、このブログも、大学ノートとはまたひと味違った拡がりが出てくるかもしれません。 また、確実に励みにもなっています。 とても感謝しています。 これからも無理をせず、続けていくつもりです。 よろしくお願い致します。

―― ~~~ ―― ~~~ ―― ~~~ ―― ~~~ ――  

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 いや~、すごい。

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 昨日の風はすごかったですね。 まるでNASAが発表しているウソと言われている火星の赤い空のようです (本当は地球と同じ青ではないか、と言う話がある)。 私などはいよいよアセンションが近づいてきたかと自然の力をそのままに受け止めるしかありませんでした。

 何よりも前回の更新から三日間、私は、伏兵であるところの 痔 と 歯周病にすっかりやられていました。 特に歯周病の痛みはひどく、奥歯や顎の付け根あたりから響く鈍い痛みは頭痛まで引き起こし、ほとんどまともに起きていられませんでした。 しかし、衰弱が著しいので、栄養補給の食事と血行促進の入浴だけはなんとか行いました。 一人暮らしはここがつらい。 自愛するしかないんですね。 知人から勧められている高麗人参茶を4倍増し、家にたまたまあった西洋処方の痛み止めを服用しました。 東洋、西洋、両方からのアプローチ。 入浴時には、あまりに痛かったので、瞑想もしてみました (自己流)。

 ありがとうございます。 

 いつも力を頂き、お導き頂き、ありがとうございます。

 いつもお守り頂き、ありがとうございます。

 おかげ様で、良くなっております。

 わたしは光の存在です。 無限の光を頂いています。

 病を治しています。 だんだん良くなっています。

 ありがとうございます。

 ありがとうございます。 良くなっています。

 わたしは光の存在です。 あなたとつながっています。

 光に病は要りません。

 ありがとうございます。 光が注がれています。

 ありがとうございます。

 ありがとうございます。

      ・

      ・

      ・

 と、まあ、こんな感じです。 目を閉じて、合わせた掌を胸に持っていったり、眉間のやや上に持っていったりしました。 まったくの自己流です。

 気のせいでしょうか、頭ごと湯の中にもぐりこんだのが良かったのでしょうか、痛みは残っていたものの、一時ですが、激痛ではなくなっていました。 あとからまた、痛み出したのですが・・・。

 あとは、ひたすら寝倒しました。

 おかげ様で、今日の昼ごろになって大分楽になってきました。 痔 も 歯周病もまだ腫れはあるのですがどうやら快方に向かっているようです。 調子に乗って、たまっていた洗濯もこなしました。 さすがに少し疲れました。

 今日はこの辺で、眠りに就きたいと思います。

 おやすみなさい。

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 ここに来て・・・、 痔 。

 

 参った! まったく参った。

 ここに来て痔を患ってしまうとは! 痛たたた・・・! 動けないっ!

 だまっていても痛い。 あぐらがかけない。 片尻を浮かさなければ・・・。 う~ん、浮かしても痛い。 立っていてもジンジン。 しゃがんでもジンジン。 おまけに歯周病の右の奥歯のあたりも痛み出した。 ズキンズキン。 口を”ヒ”のようなかたちにして息をヒーっと吸い込む。 少しまぎれる・・・。 しかし何なんだ、この合わせ技はっ!

 たぶん昨日の不摂生だ。 腹を空かせたまま食事の支度が面倒でだらだらしていて、寝ては起きて、その都度タバコをふかしていたからだろう。 タバコは抹消血管を狭め、血液のめぐりを悪くさせると聞いたことがある。 そこにきて、トレドミンの副作用による便秘だ。 詰まり気味の便を無理に出そうといきんでしまったのだ。 紙は赤く染まっていたのだ。

 こんなときは風呂だ。 風呂に限る。 ほんわか~っとして、からだをあたため、血液をめぐらさせてあげよう。 からだを喜ばせてやろう。 だるいけれどこれだけはして置こう。

 まったく私は何をしているのか。 落ち込んでる場合じゃない。 いや、いつも落ち込んでるからこのままでいいのだ。 訳がわからない。 とにかく痛い。 養生せねばなるまい。

 しかし、からだは律儀だ。 やっている事がそのまま結果となって現れる。 これは間違いなく体からのサインだ。 ありがとう。 今、ここに感謝を・・・。 などと言ってる場合じゃない。 とにかく風呂だ。 あとの事はあとで考えよう。

 うつで、トレドミンを服用されている方は、便秘時のいきみ、に、くれぐれも気をつけて下さいね!

 

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性格異常障害・・・、気にしない。

 

            「性格異常障害」
 
 しかしかなり強烈な言葉ですよね。 取りようによっては、立ち直れなくなるぐらいきつい響きがあります。  だって、あなたは "性格" が "異常" で、 "障害" がある人です。 と言われているようなものですから・・・。

 しかし、私は、全く気にしていません。 これは、言葉の意味の取り間違いだからです。
 まずは、"性格異常"ですが、これは、いわゆる一般的な性格の偏り、ないし行き過ぎ、を表します。  これは、誰にでも有り得る事で、例えば、責任感が強い。 であるとか、忍耐力がある。 などという事も当てはまります。  感性が鋭い。 などもありますね。  そのままそれが良い方向に出ればそれは素晴らしい個性。という事になります。 ですが、その個性が行き過ぎて、社会生活になんらかの問題や芳しくない影響があると認められる時に、それは、"障害" と見なされる。  という事なのです。  私の場合で例えれば、それが原因で、会社に行けなくなってしまった。 などと言う事です。
 うつ病においても同様で日頃、なんとなく落ち込みがちなんだよなぁ・・。 なんていうような事は、特に現代社会においては、決して珍しくはなく、ごくごく当たり前にある事ですよね。  それが"病" となる境界線は、やはり、前述したように、それが社会生活においてなんらかの問題となっているのかどうか。 という点が境目になっているのです。

 これが、西洋医学における「性格異常障害」という言葉の意味合いとなります。

 どうですか? だいぶ気持ちが楽になったのではないでしょうか。  私は少なくともこの考え方でだいぶ楽になりました。

 しかし西洋医学はカテゴライズする事が好きですよね。 事物を分類し整理し納得させてゆく・・・。 そんなアプローチなんですね。 それでここまで発展してきたんですね。 昨日も述べさせてもらったのですが、やはりここにも限界があるものと思われます。 解釈の飛躍を恐れずに敢えて述べさせて頂きます。 曖昧な表現になって申し訳無いのですが、事物を分類して捉えていく中で、物事の連続性が失われているのです。 心がそれについて行くのには限界があるのです。 例えば、人にレッテルを貼って分類するような事はとても悲しい事ですよね。 こんな基本的な事を私たちは忘れてしまっているのです。 そんなこんながこの世の中には蔓延してしまっているのです。 この東洋の日本という国に於いてもです。

 皆さんここはしばし立ちどまって目を瞑り胸に手を置いて考えて直してみませんか・・・?

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 薬物療法、その経過報告と考察。

 こんにちは、お元気ですか。 また、お会いできてうれしいです!

 こちらは、まぁ何とか生きております。 おいしいご飯と味噌汁できちんと食事ができているので(リズムはバラバラですが・・・)、体は健康だと思います。 うつ特有のだるさは常にあります。 ブログが更新されていない日は、たいがい低調で悶々としている日です。 目安にして下さい(笑)。 薬の副作用と思われる症状があります(後で記します)。

 さて、先日(2月15日)、2度目の診察に行って参りました。 その報告を少々、

 私が現在通っている医院は、M市の I 公園のそばの住宅地にひっそりと佇んでいる○○医院です。 駅からも自宅からも近い立地でとても便利です。 メインストリートから少しはずれているのも良い点です。 内科や婦人科も併設されていて、先日は混雑していました。 突然の初診で訪ねられた方などは、やむなく後日に予約を入れてもらうという状況でした。 鉄筋コンクリートの古い建物で、昔ながらのお医者さん、といった風情です。 おそらく先代が建てられたものを、息子さんが引き継がれたものと思います。 ですから、いわゆる今風のリラクゼーション設備といったようなものなどはありません。 ですが、なにしろそのお医者さんがやさしい、のです。 その語り口はまるで、あの、俳優の森本レオさんのようなのです。 予約さえ詰まっていなければ、1時間も2時間も相手をしてくれそうな感じはあります。

 精神科と言うと鉄格子があって・・、などという古いイメージと偏見を持たれている方がいると思われますが、そのような凝り固まった考えは何の為にもならないくだらないものと思われます。 捨ててしまったほうが良いでしょう。 そのほうが互いの関係性において益となる事でしょう。

 しかしながら、現在のように、○○クリニックなどと称し、良いイメージを全面的に振りまき、あまりに安直に薬物が処方されてしまう経済優先の悪徳医院も中には存在するという現状も放っては置けない問題であると思います。 ここで大事になってくるのは、あなた自身の感覚と判断。 まさにこれに尽きる、と私は思います。

 

 「さぁて○○さんは・・・。」 と、カルテに目をやりながら、

 「いついつこれくらいの時期からこれこれこんな具合になってしまい、こんな状態になってしまった。 そして2月の一日に初めて受診にこられた訳ですよねぇ。」

 「はい、そうなんです・・・。」 と、私。

  

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 あらたなる胎動

 昨日はなかなか眠れなかった。 ネットでお気に入りのページや気になること(宇○塾、ルー○ー田中さんについて悪く書かれている事、クスリの事、食の安全、世の中の事etc・・・)を見ていたら、案外集中してしまい、気がついたら午前4時30分を回っていた。

 かれこれ6時間位やっていただろうか。 ふとんにくるまって寝ようとしたが寝付けない。 ここまでくるとしようがない。 眠くなるまで時間をやり過ごした。 やっと寝たのが、うっすら外が明るくなり始める午前6時半頃だと思う。 すっかり常識的な生活リズムとはかけ離れてしまっている。 だが、私はもうさほど気にしていない。 太陽のリズムといっしょになれていない事については気になっているが、それが必要だと思うときは、きっとそうしているだろう。 今は今、なのだ。 責めてもしかたがない。

 もう太陽も高い位置にある12時半頃だろうか、モヤモヤと目が覚め始めてすぐに布団の中からマウスに手がのびる (だらしない・・) 。 昨日の最後に読みかけていた 縄文人と書いてな○・ふ○ひとさんの ”2012年の黙示録”のサイトの中の「新約聖書の超解釈」のページが映しだされている。 うとうとした意識の中で横になりながらホイールでスクロールさせながらその文章を目で追っていた。

 すらすらっと入ってくる。 乾いたスポンジに水がしみ込んでいくかの様だ。 一文言づつ反復し、噛みしめながら読み進めていた時にはもうすっかり目が覚めていた。 気付き、と言うものは、まったく 何処で、どんな形でやってくるかわからない。

 なにかわくわくする感じと安心感があった。 内容は新約聖書から抜粋されたいくつかの文言と、それを なわさんがわかりやすく解釈してくれている。 というものだ。

 神は、いついかなるときも、あなたとともにあるんですよ。という事。 そしてそれは、あなたが信じさえすればいつでもそれを感じる事ができるのですよ。 という事。 ただ信じる事ができれば、信念があれば、海の上を歩いて渡る事だってできるのですよ。 山だって動かす事ができるんですよと。 とても大きく、力にあふれた言葉だと思います。 以下に、今日のようなうつな状態になってみて初めて私の腑に落ちていった、感銘を受けた言葉たちを新約聖書より列挙させてもらいたいと思います。 興味をもたれた方は、なわさんのホームページへ行かれてみると良いと思います。 

  

   心をつくして神を愛しなさい。 

  ひとりの律法学者が、イエスを試そうとして質問した。「先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか」。イエスは言われた。「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛しなさい』。これがいちばん大切な、第1のいましめです。第2もこれと同様です。『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛しなさい』。これら2つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっています。」

 ここはあまり目に留まりませんでした。

 ここからです。

   自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい。 

 敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。こうして、天にいますあなたがたの父の子となるためです。天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからです。あなたがたは自分を愛する者を愛したからとて、なんの報いがあるでしょうか。そのようなことは取税人でもするではありませんか。兄弟だけにあいさつしたからとて、なんのすぐれた事をしているでしょうか。そのようなことは異邦人でもしているではありませんか。それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。

  あなたがたはこう祈りなさい。

 天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。
 御国がきますように、みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。
 わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えください。
 わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、わたしたちの負債をおゆるしください。
 わたしたちを試みに会わせないで、悪しき者からお救いください。
 もしも、あなたがたが、人々のあやまちをゆるすならば、あなたがたの天の父も、あなたがたをゆるして下さるでしょう。もし人をゆるさないならば、あなたがたの父も、あなたがたのあやまちをゆるして下さらないでしょう。

 人をさばいてはいけません。自分がさばかれないためです。あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるでしょう。

 だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにしなさい。これが律法であり預言者です。

 そのとき、ペテロがイエスのもとにきて言った、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、幾たびゆるさねばなりませんか。七たびまでですか」。イエスは彼に言われた、「わたしは七たびまでとは言いません。七たびを七十倍するまでしなさい」。

 それだから、天国は王が僕(しもべ)たちと決算をするようなものです。決算が始まると、一万タラントの負債のある者が、王のところに連れられてきました。しかし、返せなかったので、主人は、その人自身とその妻子と持ち物全部とを売って返すように命じました。そこで、この僕はひれ伏して哀願しました、『どうぞお待ちください。全部お返しいたしますから』。僕の主人はあわれに思って、彼をゆるし、その負債を免じてやりました。
  その僕が出て行くと、百デナリを貸しているひとりの仲間に出会い、彼をつかまえ、首をしめて『借金をかえせ』と言いました。そこでこの仲間はひれ伏し、『どうか待ってくれ。返すから』と言って頼みました。しかし承知せずに、その人をひっぱって行って、借金を返すまで獄に入れました。その人の仲間たちは、この様子を見て、非常に心をいため、行ってそのことをのこらず主人に話しました。そこでこの主人は彼を呼びつけて言いました、『悪い僕、わたしに願ったからこそ、あの負債を全部ゆるしてやったのだ。わたしがあわれんでやったように、あの仲間をあわれんでやるべきではなかったか』。そして主人は立腹して、負債全部を返してしまうまで、彼を獄吏に引きわたしました。あなたがためいめいも、もし心から兄弟をゆるさないならば、わたしの天の父もまたあなたがたに対して、そのようになさるでしょう」。

 悪人に手向かってはいけません。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。あなたを訴えて、下着を取ろうとする者には、上着も与えなさい。もし、だれかが、あなたをしいて1マイル行かせようとするなら、その人と共に2マイル行きなさい。求めようとする者には与えなさい。借りようとする者を断ってはいけません。

  この世での報いを求めず、 神の国に富を積みなさい。

 自分の義を、見られるために人の前で行なわないように、注意しなさい。もし、そうしないと、天にいますあなたの父から報いを受けることがないでしょう。だから、施しをする時には、偽善者たちが人にほめられるため会堂や町の中でするように、自分の前でラッパを吹きなしてはいけません。よく言っておきますが、彼らはその報いを受けてしまっています。
  あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせてはいけません。それは、あなたのする施しが隠れているためです。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるでしょう。

 祈る時には、偽善者たちのようにしてはいけません。彼らは人に見せようとして、会堂や大通りのつじに立って祈ることを好みます。よく言っておきますが、彼らはその報いを受けてしまっているのです。あなたは祈る時には、自分の部屋にはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるでしょう。

 断食をする時には、偽善者がするように、陰気な顔つきをしてはいけません。彼らは断食をしていることを人に見せようとして、自分の顔を見苦しくするのです。よく言っておきますが、彼らはその報いを受けてしまっています。あなたがたは断食をする時には、自分の頭に油を塗り、顔を洗いなさい。それは断食をしていることが人に知られないで、隠れたところにおいでになるあなたの父に知られるためです。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるでしょう。

 あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはなりません。むしろ自分のため、虫も食わさず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すことのない天に、宝をたくわえなさい。だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方を親しんで他方をうとんじるからです。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできません。

 「天国は、一粒のからし種のようなものです。ある人がそれをとって畑にまくと、それはどんな種よりも小さいが、成長すると、野菜の中でいちばん大きくなり、空の鳥がきて、その枝に宿るほどの木になります」。またほかの譬を彼らに語られた、「天国は、パン種のようなものです。女がそれを取って三斗の粉の中に混ぜると、全体がふくらんできます」。

 イエスは譬(たとえ)で多くの事を語り、こう言われた、「見なさい、種まきが種をまきに出て行きました。まいているうちに、道ばたに落ちた種がありました。すると鳥がきて食べてしまいました。ほかの種は土が薄い石地に落ちました。そこは土が深くないので、すぐ芽を出しましたが、日が上ると焼けて、根がないため枯れてしまいました。ほかの種はいばらの地に落ちました。すると、いばらが伸びて、ふさいでしまいました。ほかの種はよい地に落ちて実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなりました」。(中略)だれでも御国の言葉を聞いて悟らないならば、悪い者がきて、その人の心にまかれたものを奪いとって行きます。道ばたにまかれたものというのは、そういう人のことです。石地にまかれたものというのは、御言(みことば)を聞くと、すぐによろこんで受ける人のことです。その中に根がないので、しばらく続くだけであって、御言(みことば)のために困難や迫害が起こってくると、すぐつまずいてしまいます。また、いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言(みことば)をふさぐので、実を結ばなくなる人のことです。また、よい地にまかれたものとは、御言を聞いて悟る人のことであって、そういう人が実を結び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのです」。また、ほかの譬を彼らに示して言われた、「天国は、良い種を自分の畑にまいておいた人のようなものです」。

   この世では幼子のように自分を低くしなさい。

 そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国はだれがいちばん偉いのですか」。すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないでしょう。この幼な子のように自分を低くする者が、天国ではいちばん偉いのです。また、だれでも、このようなひとりの幼な子を、わたしの名ゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのです。しかし、わたしを信ずるこれらの小さい者ひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が、その人の益になります」。

 そこで、イエスは彼らを呼び寄せて言われた、「あなたがたの知っているとおり、異邦人の支配者たちはその民を治め、また偉い人たちは、その民の上に権力をふるっています。あなたがたの間ではそうであってはなりません。かえって、あなたがたの間で偉くなりたいと思う人は、仕える人となり、あなたがたの間でかしらになりたいと思う人は、僕とならねばなりません

 だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるでしょう。

 そのとき、イエスに手をおいて祈っていただくために、人々が幼な子らをみもとに連れてきた。ところが、弟子たちは彼らをたしなめた。するとイエスは言われた、「幼な子らをそのままにしておきなさい。わたしのところに来るのをとめてはなりません。天国はこのような者の国です」。

   神の力を疑ってはなりません。

 それからすぐ、イエスは群衆を解散させておられる間に、しいて弟子たちを船に乗り込ませ、向こう岸へ先におやりになった。そして群衆を解散させてから、祈るためにひそかに山へ登られた。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。ところが船は、もうすでに陸から数丁も離れており、逆風が吹いていたために、波に悩まされていた。
 イエ スは夜明けの四時ごろ、海の上を歩いて彼らの方へ行かれた。弟子たちは、イエスが海の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと言っておじ惑い、恐怖のあまり叫び声をあげた。しかし、イエスはすぐに彼らに声をかけて、「しっかりしなさい。わたしです。恐れることはありません」と言われた。するとペテロが答えて言った、「主よ、あなたでしたか。では、わたしに命じて、水の上を渡ってみもとに行かせてください」。イエスは、「おいでなさい」と言われたので、ペテロは船からおり、水の上を歩いてイエスのところへ行った。しかし、風を見て恐ろしくなり、そしておぼれかけたので、彼は叫んで、「主よ、お助けください」と言った。イエスはすぐに手を伸ばし、彼をつかまえて言われた、「信仰の薄い人よ、なぜ疑ったのですか」。

 それから、弟子たちがひそかにイエスのもとにきて言った。「わたしたちは、どうして霊を追い出せなかったのですか」。するとイエスは言われた、「あなたがたの信仰が足りないからです。よく言い聞かせておきますが、もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山に向かって『ここからあそこに移れ』と言えば、移るでしょう。このように、あなたがたにできない事は、何もないでしょう。〔しかし、このたぐいは、祈りと断食とによらなければ、追い出すことはできません〕」。

 朝早く都に帰るとき、イエスは空腹をおぼえられた。そして、道のかたわらに一本のいちじくの木があるのを見て、そこに行かれたが、ただ葉のほかには何も見当たらなかった。そこで木にむかって、「今から後いつまでも、あなたには実がならないように」と言われた。すると、いちじくの木はたちまち枯れた。
  弟子たちはこれを見て、驚いて言った、「いちじくがどうして、こうすぐに枯れたのでしょう」。イエスは答えて言われた、「よく聞きなさい。もしあなたがたが信じて疑わなければ、このいちじくにあったようなことができるばかりでなく、この山にむかって、動き出して海の中にはいれと言っても、そのとおりになるでしょう。また、祈りのとき、信じて求めるものは、みな与えられるでしょう」。(マタイによる福音書)




 日常生活の煩雑さや横に倣え的な今までの私の日々の生き方の中で、きちんと省みられる事の無かった言葉たちです。

 鬱で苦しかったり、悶々だらだらとしながらも、私の中で、今、確実に変化が起きているようです。 胎動のようなものを感じています。

 ありがとうございます。  今、ここに感謝を・・・。

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 長かった。 深かった・・・。

 

 長かった。 とにかく長かった。

 深いのがズドーンときた。

 

 起きてもふとんの上であぐらをかいて5分くらい。

 とりあえずパソコンの電源を入れてみるが、何も浮かばない。

 だるくてまた横になる。

 寝ながらマウスを動かし、ネットの閲覧、メールのチェック。

 特に何も無い。 頭が痛みだした。 圧迫感がある。

 すぐに寝てしまう。 苦しいから。 電源は入れっぱなし。 

 精気がない。 傍から見たらきっと廃人の様だったろう。

 「反省」 を書いた2月8日あたりから冴えない感じがして、

 9日にはその調子のままどうにかこうにか

 矢○さんの宇○塾だけは、と思い、なんとか出かけてきた。

 2月10日~2月12日の午後3時に目が覚めるまでが

 最もきつかった。

 今までに無いような低調子が続いた。

 

 やはり、クスリのせいだろうか・・・。

 

 2月1日に、人生で初めての精神科にかかり、

 あなたは性格異常障害、そしてうつ病の可能性が考えられます。 と診断され、

 トレドミン25mgを処方してもらった。

 吐き気など、消化器系に副作用が出るので、

 必ず空腹時を避け、食後に1錠飲んで下さい。との事だった。

 そして、夜更かしはせず、日が昇ったら起きて、

 面倒だったらパンでも何でもいいから

 とにかく一日三度きちんと食事をとって下さい。

 何もすることが無かったら、新聞を読んだり、音楽を聴いたり、

 散歩がてらに図書館に行くのもいいよ、と

 アドバイスを頂いた。

 

 何事も経験という事で、

 不本意ながら、

 私は薬物療法を始めました・・・。

 

                       つづく。

 

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 反省。

  

 感謝で洗い流したはずの心が、まだきちんと拭えていない。

 相手も納得してくれたところで、はじめて私の心は、落ち着いて着地ができるのである。

 いさかい、トラブル、というのは本当に嫌な物だ。 私はまだ全然完成していない。 ブログではしゃいで悟ったような事を書いてみても、やはりただの人間だ。

 実は、ある身近な人から、私の最近の行動、暮らしぶりについて、Web上にて強い批判があり、その字面から受ける印象があまりに一方的で、感情的な表現であった為、ついつい私はそれに対して応戦してしまったのです。 相手を傷つける決定的な一歩手前までやってしまったと思っています。 そのあとの返事がない・・・。

 今、冷静になって考えてみると、表現こそ荒いものではあったのですが、その指摘はほとんど外す事無く的確だったと思います。 裏を返せば、それだけ私の事を見てくれていて、気にかけていてくれたんだなあ、と思います。 私を思えばこその書き込みだったんだなあ、と思い、今、猛烈に反省しております。

 人ってむずかしいよなあ・・。

 感情の壷にはまってしまい、相手の愛情を見出せなかった。

 これでまた大事な人を失ってしまったかもしれない。

 そうでない事を祈る。

 

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 うつだから、わかる事。 (人文科学の入り口へ・・・。)

  おはようございます。   Rimg0674

  お元気ですか。

 昨日は、丸一日ずっと強いマイナスの想念にやられてしまって、そこに執着してしまい、それを取り払う事ができず、悶々とした、苦しい一日でした。 平たく言えば、人を悪く思ってしまう気持ち、とでも言っておきましょうか。 ”恨む” というのとはまた違いますが・・・。 そんなこんなで、表には一歩も出られませんでした。 また逆戻りです。 東京は寒い寒い雪の一日でした。

 今朝は、また新しい朝です。 多少執着が残っているようですが、昨日とは違う、わりとすっきりとした朝です。 感謝。 この感謝で、昨日を過去のものとして、洗い流そうと思います。 ありがとうございました。 おかげで、視野をひろげさせてもらう事ができました。

 よし! OK。 

 人は、それぞれがそれぞれの人格が形成されていく際に、生まれ育った土地の気候や環境といったものと密接な関係があるものと、私は思っています。 大いなる大地の波動のなかで、見守られ、育まれていくものと思っています。 そんなものは無い。 と思っている人も、知らず知らずの内に、影響されているのではないでしょうか。

 東北の日本海側の冬は厳しく、来る日も来る日も雪です。 太平洋側が晴れている時は、だいたいその反対です。 あの、重苦しい鉛色の空が四、五日続く事も珍しくありません。 もちろん吹雪の日もあります。 下から顔をめがけて吹き付けてくる雪・・・。 そんな中で私たちは、闘う事もしますが、その環境を受け入れていく事も学んでいくのです。 生きていく為にはそうするしかない・・・。 荒れる空を受け入れ、耐える中で、優しさも身につけていくのです。 子供は元気ですが・・・(笑)。

 御多分にもれず、私にも、多かれ少なかれその性質が備わっているようです。 つまり、マイナスの波動に対してもついつい受容してしまい、影響されやすい体質があるようなのです。 これは私のいままでの人生、そしてうつ症状とも密接な関連があるような気がするのです。

 「全ての答えは自分の中にこそある。」

 ここにヒントがある。 うつを解くカギは、どうやら自分の中に隠されているようです。

 うつは悪い事なのでしょうか、よくわからなくなってきました。

 悪い事として色づけして判断をし、疎外してしまうと、いつまでたっても平行線でそれは無くならず、同時進行で存在しつづける・・・。

 ならば、それを良いとか悪いとか判断せず、まずは、ただただあるがままを受け入れる。 ”あぁ、こうなんだなぁ・・・。” と。 闘っても勝てっこない(笑)。

 受容するという事は、心の広さがなければできない事であり、それは優しさ。 と言う事ではないだろうか。

 「優」 という字には、優れている。 と言う意味もある。 優れていなければ優しくはなれない。

 もしかしたら、それができるという事は、素晴らしい事なのではないか。 凄い事なのではないか。 天地合一。 陰陽共有。 自他合一。

 ちょっと妄想に入ってしまいました(笑)。 すみません。 癖なもので。

 今、なんとなくではありますが、理解し始めてきています。 理解、と言うと堅いかな。 解かり始めていると言ったほうが的確でしょう。 肉体的、精神的に、そしてそれ以外の感覚も含めてです。

 裏を返せば、うつになったおかげで、私は、このような事を考え、想えているのかもしれません。 感謝したいと思います。

 

 ちょっと疲れました。 少し筆を休めます。 最後はとりとめのない記述になってすみません。 

 

 では、また会いましょう。 お元気で。

 

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 日記 @ 2月5日。

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 朝だ~。

 

 今日は、9時過ぎ頃の目覚め。 しばらく意図的にまどろみを楽しんだ。 なんの縛りも無い休職中ならではの楽しみだ。 この眠りとも目覚めともつかない夢うつつの状態。 これがなんとも気持ちいい! 最近は10分~15分位だろうか、意図的にこの状態を保つ事ができるようになってきた。 夢を自分で操作する感覚。 と言ったらいいのだろうか。 しかし、これができるのは起床時のみで、就寝時は今のところできない。 体調に依るところも大きいようだ。

 ありがたい事に、今日は、無理のない、とても良い目覚めでした。 体内時計が順応してくれたのか、精神科で処方してもらった薬が効いているのか、だるさがあまり無かった。 明るさに対する鬱陶しさも無く、素直に起き上がれた。 それどころか、太陽を拝みに私は屋上にのぼっていったのだった。

 うん。今日はいい。 いける。 実感した。 太陽のまぶしさときちんと対峙できている。 そしてさらにそれを受け入れようと両足を少し拡げて開き、両手を広げ、直視を試みた。 さすがにまぶしい・・・(馬鹿)。 くしゃみが出た(汗)。 太極拳にも似た、自己流の動作をしながら呼吸を大きく整えて、再度挑戦。 だんだん目が慣れてくる。 体が順応してくる。 直視できている。 すごいエナジーだ。 目や肌で感じることのできる情報以上のものを、太陽は絶対に発している。 間違いない。 それを感受し、身につける事ができるかどうかは、修練の具合で、いかようにも開発していけるような気がする。

 その後は洗濯、炊事、食事、ベランダの掃除などを順調に楽しむ事ができた。 今日ぐらいなら、充分仕事もできる。 そう思った。 一日ひとつの事ができれば良い。 と言うのが今の目標だから、すでに、その目標は達成してしまった。 あとは無理せずに過ごした。 昼寝もした。 田舎の姉から、りんごや長いもや南部煎餅の入った宅急便が届いた。 ドライバーさんと軽い会話をしながら心地よく受け取った。 有り難かった。 こんな時だし、本当に助かる。

 夕方から夜にかけては、横になりながら、ある人が主催する宇宙○のホームページからストリーミングのボイスメールを聴いて過ごしました。 彼の言葉の一つ一つがそのままに、すう~っと体に入ってくる・・・。 私が今まさに知りたい事、身に付けたい事がどうやらここにはある様なのです。 さて、ここで発表しますが、私は今度の33期生として、宇宙○に参加いたします。 経過は、伝えられる範囲の中で、皆さんにお届けできる事と思います。 ご期待下さい。

 出会いとは、とても不思議なものです。 私が休職せずに、仕事を続けていたならば、この出会いは無かったと思います。 今からわくわくしています。 こんな気持ちは、小学生以来だと思います。

 

 今日はうつの晴れ間のような一日でした。 おだやかな、良い一日でした。

 ありがとうございました。

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 うつを受け入れて進む。

 だるくてなにもできない。 動かざること山の如しだ。 体内時計が狂ってしまって、自律神経がどう働いたら良いのかわからなくなっているものと思われる。 どうしてもおなかがすいた時に食事の為の行動はするものの、3時間ぐらい寝ては起きて、寝ては起きての繰り返しだ。 しばらくきつかった。 当然自分を責める気持ちもやってくる。 「何をやってるんだ。」 と。 その責める気持ちをやめようとするもう一つの気持ちもある。 「責めてはだめだ。」 と。 かくして自分の中で闘いが繰りひろげられるのである。 そしてまた寝てしまう。

 闘ってはだめだ。 いや、闘ってしまう事をも許す事で道がひらけてくるような気がする。 つまりは放って置く、と言う事だ。 ありのままを受け入れると言うのはこういう事かもしれない。 おまかせにしてしまうという事・・・。

 私はとことんまでこの症状と付き合うつもりだ。 あせらない。 無理はしない。 何と言われても良い。 しかたがない。

 何度か葛藤と睡眠を繰り返したのちの今日の夕方、バチッ、と目が覚めた。 急に自分に堰き立てられながら、自分の属する健康保険組合へ電話を入れた。 傷病手当金の手続きをするためだ。 生活費のためだ。 それをしなければいけないと、心の中で思っていたのだ。 私はそんな制度があるという事を病院に行って初めて知った。 もはや、みみっちい見栄も外聞も無い。 ありのままの私を受け入れる事にする。 それを非難する声があるのならば、それもそのまま受け入れようと思う。 うつは、わかろうとする人にしかわからない。 日本に、このような制度が機能していた事にありがとうと言いたい。 私の場合は、月に12万程度だと思うが。

 やはり、自分を放って置くのが一番良いようだ。

 ここから後は、冴えが出てきた。 湯船にお湯を張って、そこに精米機から出た糠を入れて風呂に入った。 やはりきもちがいい~!!!。

 こんな何気ない事にしても、うつの間はおっくうなのだ。 そこに至るまでの時間が異常に長い。 そして、動作は異常に緩慢だ。 それを冷静に感じている自分がいた。 それでいい。 私は受け止めている。 入浴後の浴槽の掃除も含めて、3時間位かけただろうか。 それで良いのだ。 しっかりと風呂につかった。 満足!! ありがとう。

 調子が出てきて、買い物にも行った。 里芋がとてもうまそうだったので、買った。 にんじんが部屋に残っているので、これとこんにゃくを合わせて、煮物をしようと思う。 ここに、しいたけやごぼうも合わせたくなるのだが、今はぜいたくはできない。 食材の一つ一つのありがたみを噛みしめるような買い物だった。 もやしと卵も買っておいた。

 この後、ご飯と味噌汁とほうれん草のおひたしで、きちんと食事をした。 もちろん大好きな納豆とたまご付きだ。 一汁一菜。 素材にはこだわっています。 しみったれた食事とお思いかも知れないが、私には至福のひとときです。

 そして、このようにブログを書いています。 そんな一日でした。

 この世には、やってみなければわからない事があります。 そして、なってみなければわからない事もあります。 私は、今はこんな状況だけれども、こんな状況だからこそ見えてくるもの、感じている事が確実にあります。 私はそれをこれからも大事にしていきたい。 そしてブログに記していきたい。 夜明け前はもっとも暗い。 暗いながらも日々、新しい体験をさせてもらっています。 昨日と違う今日にある意味好奇の心を持って確かに前進しています。 寝ても寝てもまた目が覚めてしまうたびに、なにか大いなるものに生かされている。 という感覚を持たずにはいられません。

 息をしている事に。 そして、 今、ここに感謝を!!

 

 ありがとうございました。 

 

Photo

    画像提供:彗姐 (Hui-jie)さん。    ありがとう。 

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 私は駒です。

  

 ちょっと書きたくなりました・・・。

 

 私は駒です。

 何かをしに今世に生まれた駒です。

 どんな時に、

 どんな事象、どんな人の駒になるかは、

 全く自由です。

 自由が与えられています。

 何をしても良いのです。 したいことをします。

 愛 と 呼ばれていることを、

 するかもしれません。

 しないかもしれません。

 あの世に、

 この世の価値判断などありません。

 ただ、ある。 か、

 ない。 か だけです。

 あの、 

 ロックフェラーや、

 ロスチャイルドでさえも、

 大いなる時空からすれば、駒です。

 彼らは私達の事を

 奴隷だ と思っていますが、

 大いなる時空からすれば、

 彼らですら、

 ただの駒に過ぎないのです。

 ただそれだけの事・・・。

 

 もう一度言います。

 私は駒です。

 駒としてこの世に生まれてきました・・・。

 ありがとうございます。

 今日も息をしています。

 

 

 

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 性格異常障害。

 

 今日、病院に行って来ました。

 

 私は、

 性格異常障害。

 うつ病。

 この二つが考えられる。

 との事です。

 今日はこれ以上書く気力がありません。

 寝ます。

 

 お医者さんは、

 とても優しい方でした。

 

 西洋医学では、

 私はそういう位置づけのようです。

 

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 日記 @ 1月31日。

 今日で1月も終わりだ。 とても早い。 今年は2008年。 少し先取り感のある人たちの間では、2012年というのが人類のひとつの節目になるのではないかと話題になっている。 私はこの2012年という数字にはこだわらないが、何かこれから大きな変化が起こるのではないか、という予感は以前から持っている。 ここで、ホピの予言やひふみ神示の話をしても良いのだが、それはまた今度に置いておいて、あくまで、私たちの日常。今、ここにあるあなたと私の魂が感じている事を共有していきたい。

 皆さんの中で、今の貨幣経済というものはどんな認識でしょうか。 このまま続いていくと思いますか?

 私はもう右肩上がりなどと言う事は当然ありえないと思っていますし、そういったものの見方自体がもはやおかしいと思うのです。 なぜなら、一方で右肩上がりの人たちがいれば、他方では貧困で苦しむ存在が必ずあるからです。 右肩上がりと言うときに、その人たちは、自分たちの事しか頭にありません。 そういったものの見方、捉え方自体がもう古いのではないか、と思うのです。 5年、10年前に持っていたイメージとはもはや全くと言っていいほど変わってしまったのではないでしょうか。

 では、次に、アメリカと言う国は、皆さんの心の中でどんな印象でしょうか。

 私は以前はこの国に対してはとても良い印象をもっていました。 なんてったってカッコ良かった(笑)! 自国に誇りを持ち、自己をきちんと主張し合うことのできる国民性を有し、権利の為に戦い、自由というものをを尊重する。 人々は明るく、フレンドリー。 チャンスが平等にあり、皆に夢がある。 開拓精神にあふれ、たくましく、そして強く、やさしい。 そんなイメージがありました。 若い頃は憧れました。

 ところが今ではどうでしょう・・・。 私の中では大分変わってしまいました。 アメリカ、もうわかったから少しおとなしくしてくれという感じです。 世界には歴史をもったいろんな国があるんだよ。 お互いもっと謙虚になってまずは相手の話しに耳を傾けようよ。 声にならない声を聴いてみようよ。 そして共に歩める道をさがしていこうよ。 頼むよ・・・。 そんな感じです。

 もはや今までの価値観に基づいたシステムは、その存在意義を失いつつあるのではないか。 大きな歯車は至る所でその綻びを隠しきれず、その処置をあやまると、とてつもなく大きな事故となって私たちの生命に襲い掛かってくるのではないか・・・。 そんな漠然とした、しかしながら確かな感覚が私の心の中には芽生えており、日に日に成長しております。 皆さんはどうでしょうか。

 できれば軟着陸を・・・。 そして今までのシステムに替わるものを・・・。 それを提示できるのは、実は私たち日本人なのではないか。 そう思うのです。 そしてそれは私たちの日々の暮らし、小さな小さな日常の積み重ねの上にこそ、表出してくるものなのではないか。 などと想っているのです。

 可能性は無限大です。

 足元を固め、感覚を研ぎ澄ませ、いつも自分の内なる声を聴く・・・。 深く、深く。 宇宙まで深く。 その上で何かおかしい、ずれていると感じる事はしない。 そしてあくまでも日常の中において自分のできることを、等身大のことを、ただただ淡々と積み重ねていく。 そんな事を想っています。

 

 今日あったことを普通に書こうと思ったのですが、 深夜の妄想日記になってしまいました (笑)。 御免下さい。 眠くなったので寝ます。 お付き合い頂きありがとうございました。

 

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